4.水棲生艦

水棲生艦と呼ばれる異形の軍艦が海賊船を破壊し終えると海に投げ出された海賊達に接近し、黒い光沢を放つ艦体壁が海賊達を取り込み始め、中に飲み込まれていった。


「相変わらず食欲旺盛だな」

「でしょうね。しかしまぁ、戦後生き残って武勲艦が多いされるフレッチャー級の末路があれですとは、米国の連中の浪費っぷりはせわしない物です」

「全くだ。アレを生み出す元凶となった”シスター・サラ”が怨霊となるのも、奴等が処分という名の破壊を行ったからに過ぎんからなぁ…来るぞ」



アレクサンドルはミハイルと語り合った後、敵の軍艦からの砲撃が飛んできた。

幸い、砲弾は手前に着弾し海の中に消えていった。


「初弾、手前1000で着地。次弾装填まで僅か20秒」

「やはり、駆逐艦同士の打ち合いではこちらが不利になるな。舵を切って反転、魚雷装填急げ。同航戦では二隻相手は無理だ」

「ダー、転進。反航戦に持ちかけます」


ミハイルが操舵手に指示を送り、艦の舵を切らせて反転させて敵艦とは逆方向にし始めた。

すると向こう側の艦も気付いたのか、向きを同じ様に切って追いかけてきた。


「ちっ、しぶといな」

「どうやら、相手は予想外の獲物を逃がすつもりはないみたいですな。爆雷の火薬量を減らしてから水面に浮ばせましょうか?」

「やめとけ。あれは対潜用の爆雷だ。減らすにしても減らして浮ばせるだけの時間が惜しい」

「会計を泣かす事になりますが、魚雷を巻きますか」

「そうするとしよう」


アレクサンドルの承認を得て、ミハイルは砲撃長に魚雷発射とその後の艦砲射撃の指示を出し、操舵手に再び反航作戦に移る様に指示を出した。

そんな様子を、エルミアは沈黙しながらもジッと観察をしていた。


(シルメニアの海軍の軍人達は、先程の海賊船団と同じく大半は旗艦にいる大将である提督の指示通りに動く反面、旗艦が撃沈された後は烏合の衆になる事が多かった。逆に、こちらの異世界人達の場合は旗艦が倒れた後でも次の指示系統の艦になる様に訓練されている…今は1隻しか居ませんが、恐らくこれが艦隊と呼べる数になれば物凄い統率された艦隊になるわ…)


エルミアの考察通りに、アレクサンドル達の行動は軍艦1隻だけの行動ではなく、1隻でも艦隊と名乗れるぐらいに統率されていた。

無論、自分達の世界の人間を蔑ろにするつもりではないが、先程の海賊船団みたいな烏合の衆になって統率取れなくなるほど指揮が低いのは否めなかった。

事実、これは海に限らず、陸専門である騎士団でも同じ物であり、例の氷人族の統率された軍隊に押されて撤退してくる騎士団の帰還を見た時、現場の責任者である騎士隊長を置いて逃げてきた若輩者が多く見られるほど、シルメニアの軍人達の指揮力は低迷していたのだ。


それも、例の騎士団の長である騎士団長が小国の王城から出ずに魔法による通信ばかりを行い、海軍に到っては港の実権握る地方貴族と支配下の提督にまかせっきりな現状として、これほどの統率取れた軍人達を相手には出来まいと思っていた。

ただ、心配すると所といえば、これほどの統率力と高火力の兵器を持っていたとしても、人数と軍艦の数で押されれば敗北するのも理解していた。


「ミーア。今、私達の軍力を考えてましたね?」

「はい。今はあの禍々しい異形の軍艦2隻と相手しておりますが、その後にシルメニア小国に徘徊する海軍達がやってきた場合は、流石にきついのではないでしょうか?」

「ヤー、その心配はありません。アドミラールが援軍もなしに作戦を立てることはありません」


援軍という言葉を聞いて、エルミアは首を傾げていた時である。

敵の水棲生艦一隻が魚雷に命中して中破し、残りの一隻がヴェールヌイの砲撃にかすり傷を受けて小破しながらも砲撃しながら追いかけて来た時、反対側から砲撃の嵐が飛んできた。

その砲撃の嵐により、迫っていた水棲生艦二隻は砲弾の一発が胴体部分に命中し、爆発炎上して沈没していった…


「来てくれましたな」

「予定通りだ。流石、我等の同志であるな…」


アレクサンドルが砲撃を飛んできた方角に双眼鏡を向けながら呟き、隣に居たエルミアに双眼鏡を渡してその方角を見るように無言で指示を出した。

エルミアもまた、どんな軍艦が砲撃したのか気になり使った事のない双眼鏡を始めて触りながら遠くに映る軍艦を眺め、その姿を見て震えた…


どう見ても、今乗っているこの軍艦よりも遥かに大きい軍艦が、此方に迫ってきてるのだから…


「なんですか…あの軍艦は…」

「あれは、戦艦・榛名はるな…大日本帝国海軍、金剛型三番艦の戦艦榛名だ。終戦後、解体処分される時に、駆逐艦ヴェールヌイと同じく此方の異世界にやってきた亡霊軍艦だ」


戦艦という言葉に、エルミアは茫然と眺めるしかなかった。

この軍艦が鋼鉄の船となるなら、迫り来る軍艦は鋼鉄の島と呼べるぐらいに大きかった…


「時に、エルミア嬢よ…」

「は、はい!?」

「あれで驚いて悪いが…あともう1隻これ以上の大きい軍艦と特殊な軍艦も何隻かある。その軍艦達が居る場所まで航行する事になる。覚悟しておられよ」


アレクサンドルの言葉に、エルミアは唖然としながらも同航するために接近し終えた巨大な軍艦を眺め続けた…









場所は変わり、中央海域と呼ばれる場所…


五つの大陸が囲み、魔王が住むとされる中央大陸の間にあるこの海域…普段は人魚と半魚人が占める人魚族が海を支配する中で唯一人魚族が禁忌とされる海域の深海にて、怨霊が蠢いていた。



「偵察艦ガ沈メラレタ」

「アノふれっちゃー級ガカ?」

「ヤハリ、戦中量産サレタ程度ノ軍艦デハ期待出来ナイナ。魂ガ篭ッテナイ」

「同感ダ。ソレニシテモ、アノソビエトノ赤ドモニ渡ッタ亡霊ドモメ、忌々シイ限リダ」


頭部がたこ状に肥大化した人間、下半身が烏賊いか状に足を生やした人間、頭部以外を海鼠なまこ状にした人間の三人が互いに語り合いながら、異世界で蘇ってもなお人の形を保ち続ける亡霊軍艦達に忌々しく思っていた。


その三人を余所に、王座の形で沈む軍艦の塊の上に座る白い肌をした頭に海月くらげ状帽子を被った女が座っていた。


「何時マデ、同ジ話シ合イヲシテイル?」


女は声をあげ、水圧に振動を与えるほど苛立たせていた。

それに気付いた異形の人間達は慌てて視線を向けた。


「ヤヤッ、姫様オ許シヲ」

「別ニ許シヲ求メロトハ言ワナイ。ソンナ奴等ヨリモ優先スルベキ事ガアルデショウ?」

「仰ル通リデ…今ノ所、現世ウツシヨニ向カウ方法ハ見ツカリマセヌ…」

「相変ワラズ、何時通リネ…期待ハシナイケド、余リ私ヲ待タセテハ…」


姫と呼ばれた海月帽子の女は、軍艦の横に沈んである戦闘機の残骸を握り潰し始めた。

それに慌てた異形の三人はのらりくらりと答弁しようとした。

だが、その空気の中を全身珊瑚状の突起に覆われた男が姫に近付いてきた。


「オオ、オイゲンヨ。戻ッテキタカ」

「只今戻リマシタ、我ガ姫…シスターサラ」


オイゲンと呼ばれた男に、姫は抱きついてはしゃぎ始めた。

その様子を異形の三人はヒソヒソしながら後ろに下がり始め、残った姫と従者の男のみになった。


「アノ古狸達ノ進展ノナイ話ナド、オ忘レニナラレテクダサイマセ」

「分カッテオル。…戦後、同ジ老朽艦トシテ処分サレタ爺ドモナド、マトモニ政ヲシナイ議員ト変ワラン」

「ソレハ、私ノ祖国ト同ジデショウ。総統閣下ト一部親衛隊ガ良クテモ、残リガヨロシク無ケレバ台無シニナリマス」

「ソレモ分カッテイル。ダカラコソ、ジャップノ艦隊ニ負ケタ”レキシントン”姉様ヲ指揮シテイタ将軍ト同ジダワ」


姫は過去の事を思い出しながら愚痴り始めた所を、オイゲンは浅海で取れた海葡萄等を姫に差し出した。


「オオ、気ガ利クナ…スマヌ、敵国デアルナチス生マレノソナタニ、個々マデ施シテクレテ…」

「構イマセヌ。ムシロ、今ノ我等ハ同胞デス。アノ灼熱ノ太陽ノ実験ニシタ。人間達ノ業ニ恨ミ抱ク者同士。共ニ分カチ合イ、現世ニ住ム人間達ニ復讐ヲ立テル身トシテ、私ハ姫ト共ニ歩ミマス。シスターサラ…イエ、航空母艦サラトガ…」


オイゲンがそう呼んだ時、海月帽子の姫ことサラトガは目を紅く光らせ、本体である航空母艦の艦体を深海の中で揺らしていた…








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