3.二つの海戦
その日の海は霧が掛かっており、視界はあまり良くなかった…
漁師達はこんな天気の日は沖合いには出ずに近場で漁をするのが当たり前で、武装した商船でも通るのは控えていた。
それは、霧の掛かった日には海賊達の奇襲が多かったからである…
港より40海里(約75km)離れたあたりに、ガレオン船の10隻が複縦陣(二列による縦長隊列)で組んで航行していた。
「頭、今日はシルメニアへの商船が通りませんぜ…?」
「ふん、こんな霧が出てる日には陸の上で震えているんだろう?我等、赤髭海賊団を恐れているに違いない」
赤髭海賊団と呼ばれる海賊一派は、このシルメニア小国付近の海域に限らず、魔王が住むと言われる世界の中央にある小さな大陸を除いた海域に出没する海賊団で、世界各国で名を知られていた。
一隻に付き数百の大砲を積み、商船を襲っては物資と奴隷を略奪し、富を貪っていた。
無論、それだけではなく、海に住む魔物も狩って生計を立てている一面もあり、一部の地域では彼らみたいな海賊を受け入れる所もあった。
「しかし、お頭…魔物達も出ない日になりますと、噂の鋼鉄の船が出てくるとか言われますぜ」
「そんなもん、噂ところか嘘話に決まっているだろ?第一、海の水につかっていたら錆びる鉄の船を、どうやって浮んでいられるんだ?外壁の木の板に貼り付けるならともかく、鋼鉄で出来た船なんかどうやって浮んでいるんだっての」
海賊船の船長である赤髭は、鋼鉄で出来た船など想像する事が出来ないと断言するほど、信じていなかった。
仮にそんな船があったとしても、風を自由に読める海賊の船団に逃げ切れるわけがないし、どうやって動かしているのか分からんものに、存在するわけがないと信じていたからである。
それが、命運を分ける事も知らずに…
その海賊船団から北より4海里付近にて、エルミアが乗っている駆逐艦ヴェールヌイが速度を上げて接近していた。
「は、早いですね…」
「そういえば、木造でよくある帆船では風の影響も多少数値があるものの、大抵は10ノット(約19km/h)。この駆逐艦の海中にあるスクリューによる速度は最大で35ノット(約65km/h)で進む事が出来る」
「は…?ガレオン船よりも三倍から四倍の速さですか?」
艦長であるアレクサンドルの説明に、我が耳を疑った。
通常、風も煽られずに航行するこの船の技術は驚いていたが、まさかあの大きな帆船よりも更に早く進む事が出来るとは、思っても居なかった。
「でも、この船でも最速の座はありませんでした。ミーア」
「どういうことですか?アーニャ」
「この船が日本国にあった頃には、これよりも早い軍艦がありました。しかし、それも時代には追いつけなかったのです」
「その話は今度にしよう、アーニャ。記録を頼むぞ。甲板長、目標は?」
<距離4000!東三時方向に航行!!>
「よし、照射光照準!!脅しで怯んだ所で連装砲を威嚇射撃!!」
アレクサンドルの指示通り、艦全体に戦闘体勢の
そして、ヴェールヌイの船体に取り付けてある
一方、海賊船団は混乱していた。
突然、霧の中から唸り声のような音が鳴り響いたと思ったら、自分達の船団の横から例の鋼鉄の軍艦が姿を現し、船団の長である赤髭の乗った船に強烈な光が当てられたと同時に大砲の音が鳴って、自分達の船を掠めてから少し離れた所で着弾した。
「頭!あれが例の鉄の船では!?」
「うろたえるな!あんなデカ物、ただのデカイ的だ!!取り舵(左)にいっぱい!奴の船に体当たりをするぞ!!」
赤髭は声を荒げながら、船員に奴隷達を使って帆を動かして操舵主に舵を切らせる様に指示を出した。
しかし、それも束の間であった…
「アドミラール。奴等、体当たりをしてきますな」
「だろうな。魚雷を発射しろ」
「了解。魚雷発射用意!!」
<了解!魚雷発射よーい…撃てっ!!>
アレクサンドルの命令通り、ミハイルは砲撃長に魚雷発射の管を通して指示を出し、向こうからも指示が飛んだと同時に、三連装の魚雷三発が海中に向けて飛んでいき、そのまま真っ直ぐ海賊船へと向かっていった。
そして、10もある海賊船のうち3隻が魚雷に命中し、水柱を上げた後に船を真っ二つに折れて海に沈んでいった…
「三発ともに全弾命中。しかし、相手は戦闘意欲あり」
「流石は海賊だな。近付けば何とかなると思っているようだな」
「やりますか?」
「ああ。機銃掃射!及びに、連装砲一斉射撃!!」
仲間の船を3隻も沈められながらもなお接近する海賊船に、アレクサンドルは容赦なく砲撃と機銃掃射を行った。
赤髭は完全に我を失っていた。
あんな鋼鉄の船なのに、大きい大砲が少ないくせに、何故こっちが勝てんのだ…?と。
最初に沈んだ3隻の船を皮切りに、あの3門だけの巨大な大砲が休まずに飛んでくることで、数百もある大砲の射撃できる距離に近付く前に何発も命中し、次々と僚艦が沈んでいく光景に思考が停止するしかなかった。
「な、なんだのだあの船は…!こちらが帆を張って追い風で進んでいるのにも拘らず速度は落ちずに進み、あんな長い棒みたいな大砲の弾が海に沈んだと思ったら海中を進んで俺の船達を沈ませ、その上接近しようとした船に休み知らずに砲撃と銃弾の雨を降らせるとは…!!」
「か、頭…ここは逃げましょうぜ…!」
部下である男が赤髭に進言するも、既に赤髭は耳にしなかった。
この怒りをぶつけるには、何処にぶつければいいか…?
我を失った赤髭は、部下に命令を出した。
「全員、あの船に取り付け!!何としてでもな!!」
「頭!それでは!!」
「うるさい!俺の命令に聞けない奴は鮫の餌だ!!」
半狂乱になりながら、曲刀を抜いた赤髭に部下の男は言葉を詰まらせながら他の船員に全速を出すように指示を出した。
それを見た他の生き残った2隻の船は団長である赤髭を無視して別の方向に帆を向けて逃げ出した。
「頭!逃げ出した奴等が!!」
「構わん!生きて帰ったら殺してや…っ!!?」
赤髭が最後まで言おうとした瞬間、鋼鉄の船から放たれた大砲の榴弾が火薬庫がある第二甲板に直撃し、一気に爆発を起こして水柱と轟音と共に黒赤の火柱を上げ、燃える船の残骸と共に海に沈んでいった…
「旗艦、撃沈。及び退却した2隻以外の残存艦はなし」
「よし。漂流者はいるか?」
「いえ、確認出来ません」
「そうか。あれだけの砲撃と最初の魚雷で鎮圧出来たな」
アレクサンドルは呟きながら、艦橋にある艦長席に座り、コートに仕舞っていたパイプを取り出して煙草に火を点けていた。
一方で、エルミアは今回の艦隊戦で、この鋼鉄の軍艦の性能に驚きを隠せなかった。
「これが…これが異世界の技術による戦闘力」
「言っておくが、当時の艦同士の戦いはこんな物ではなかったな。これで最低限の装備とも言われ、艦隊戦となれば敵味方問わずに巨大な砲弾と銃弾の雨が海の上で飛び交い、魚雷のような水の中を泳ぐ爆弾が交差するほど危険な物であった」
「これで最低限の装備…ですか」
その言葉に、エルミアは言葉を詰まらせる他に無かった。
こんな兵器の装備を使った軍艦同士の戦いなど、想像も出来ないほどに。
と、その時であった。
艦全体に再びあの警告音が鳴り響き、甲板からの声が届いてきた。
<新たな敵影を確認!距離9000!!北西10時方向より水棲生艦が接近!!>
「敵艦種類は何だ!!」
<敵艦判明!フレッチャー級駆逐艦2隻!!偵察艦です!!>
「遂に来たか…総員!戦闘配置に着け!!これからが本番だ!各装備装填を急げ!!」
アレクサンドルの指示通りに、艦内にいた船員達は一斉に動き出し、「ウラー!!」の掛け声と共に作業を開始した。
エルミアは恐る恐るしながら、隣に居たアナスタシアに質問をしていた。
「あの、アーニャ。敵艦って…」
「…ミーア。私は亡霊になってでも、この世界で戦い続けてるのはその敵艦を狩る為なのです。そして、その敵艦とは…」
アナスタシアが答えようとした時、霧の中に入って影ぐらいにしか見えなくなっていた逃亡した海賊船2隻が突然爆発を起こし、海に沈んでいった…
そして、新たにやってきた黒い光沢を放ち、無機物の生物とも言えるような生々しい艶めきの放つ鋼鉄の軍艦2隻が此方に向かってきた。
「奴等は、水棲生艦…かつて、我等がいた世界で軍艦として戦い、戦没した者達が怨霊となって深き海の底から蘇りし邪神達だ…」
「あの二度に渡る世界大戦によって生まれた恨み・憎しみが怨霊達に溜まり、”ある軍艦”に宿っていた精霊の創生によって、軍艦の化け物としてこの世界の海で生まれ、外へと出ようとしている…」
「そんな話が…」
「あるのだよ。我々、事故などで海に沈んだ亡霊が何故この世界にやってきたのかも、海の底へと眠っていたヴェールヌイをこちらの世界に呼び込まれたのかも、全ては”ある男”の書いた筋書きであり、この怨嗟の渦に抗わせているのだ…現の世界から流れる悪しき
「聞きなれない単語が有りすぎて追いつけません…一体何が起こっているのですか…?」
エルミアの一言に、艦長であり提督であるアレクサンドルは答えた。
「我々は、あの世界大戦…いや、人類が起こした全ての戦争の怨嗟が続く戦いに抗い続けてるのだ…もう一度戦い、恨みの怨嗟を浄化するためにな。
アレクサンドルの言葉に、未だに理解できないエルミアであったが…彼の言葉にある死神がこの広がる海に居るというのは分かった。
そして、その死神が人間の悪意によって生まれたと言うのも…
艦橋の外から三門の二連装砲が一斉発射された時、エルミアにとって初めてとなる異形の鋼鉄軍艦と蘇りし鋼鉄軍艦の艦隊戦が始まった…
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