2.鋼鉄の軍艦

アナスタシアから支給して貰った服…男物の海兵軍服を着たエルミアは、アナスタシアの案内の元で艦内を歩いていた。


(船内の壁も鋼鉄…どう見ても我が国、いえ、この世界の技術で作られた物ではないわ)


エルミアが知っている軍艦という物は、艦外壁の装甲に鉄板を付けた物で、中の殆どは木造で出来ていた。

その上、船の側面には50から100以上の砲台を出す穴も設けられており、こんな分厚い装甲では沢山の砲台が乗せられないと理解した。


「…?何かありましたか?」

「い、いえ…あの、お聴きしたいのですが…この艦は一体何なのでしょうか?」


エルミアの質問に、アナスタシアは「んー」と少し唸りながら考えた後に口を開いた。


「難しい質問ですね…ですが、アドミラールとお話すれば大丈夫かと思いますよ」

「そうですか…なら、せめてこの艦の名前を…」

「そうですね…この艦の名前は『ヴェールヌイ』。私達の昔住んでいた国の言葉で、”信頼に値する”という意味だったそうです」

「ヴェールヌイ…聞いた事のない発音の言葉ですね。それに、さっきから貴方の言っている言葉も」

「ダー、それは私達がこの世界とは別の異世界からやって来たのです。貴方達で言う、異世界人ですね」

「やはり…」


アナスタシアの答えに、エルミアは確信した。

この軍艦は異世界で作られた物だと…


「ですが、このヴェールヌイは過去の亡霊とも言われております…」

「亡霊?最新鋭ではないのですか?」

「ヤー。何せ、この船が建造されたのは80年以上前で、26年以上前に沈んでますからね…」

「ちょっと待って、貴方達は…」


エルミアが言おうとした瞬間、アナスタシアの体が半分透けて見える様になった。


「ダー、私達は亡霊です…ミーア、貴方もまた…」

「そう。やはり私も…」


エルミアが亡霊だと意識した時、アナスタシアと同じく身体を透けさせていた。

あの日の夜、凍える寒さに体が耐え切れなかったのだと…


「ですが、今こうやって意志があるというのは、別の意味があるのです」

「別の意味とは?」

「その答えは、アドミラールにあってからお話しましょう…着きました。お入りください」


目の前の扉をアナスタシアが扉をノックした。


「アドミラール、ガスパージャが目覚めました」

「入りたまえ」


中から男性の声が返り、アナスタシアと共に扉を開けて中に入ると…そこには黒色光沢の机を前に椅子に座るアナスタシアと同じ高官軍服を着た中年の男性と、秘書官らしき青年男性が立っていた。


「アドミラール、お連れしました」

「ご苦労であった、アーニャ。待機したまえ」

「ハッ」


先程とはうって変わり、アナスタシアは真面目な顔をして中年男性に海軍式敬礼をし、扉の隣へと立った。


「さて…そちらのソファーにかけたまえ。エルミア元ローレライ子爵令嬢殿」

「私の事を…知っておられるのですか?」

「この艦に乗った者の記憶や略歴は直ぐに分かるのだからな。秘書殿、お茶にしようか」

「承知しました」


秘書官の青年は短く返答した後、直ぐに隣の部屋へと入っていった。

エルミアは緊張しながらも元貴族令嬢らしく軽く会釈をしてから静かにソファーに座り、中年男性もエルミアと対面側のソファーに座った。


「さて、まだ名乗っておりませんでしたな…私の名はアレクサンドル。階級はソビエトの元少将で、このヴェールヌイの艦長であり、提督をやっている。先程の秘書官は私の部下であるミハイルだ」

「改めまして、エルミアと申します。既に貴族の籍は御座いませぬ」

「それは助かる。この間に乗っている者の殆どは貴族と富裕層を嫌っているのが多いからな」


アレクサンドルが語っている合間に、秘書官のミハイルがお茶を煎れたポットを持って、アレクサンドルとエルミアにカップにお茶を注いで出した。

その出されたお茶を、アレクサンドルがどうぞと手でサインを送り、エルミアは厚意に甘えてお茶を一口飲んだ。


「…いいお茶ですね。身体も冷えてましたから、丁度温まりました」

「それは良かった。既にアーニャから聞きましたと思うが、我々が貴方を救助する為に乗り込んだ頃には、貴方は既に息絶えておりました」

「でしょうね。あんな薄着ドレス程度では、冬間近の海の上では生きてはいけませぬ」

「全く、かの小国は何を考えておりますやら…領民の為に色々と試そうと政に尽した娘を生贄といわんばかりに断罪され、私服を肥やす富裕層に媚びる貴族に忙殺されるのは、何時の時代も変わらぬな…」

「昔の帝政ロシアの末路話を思い出させますな。民の信頼を裏切り、紅き血潮の革命によって貴族と王族が滅んだ事に」

「全くだ、秘書殿…と、話を脱線しましたな」


二人の会話の内容を、エルミアは唾を飲み込むほど緊張しながら聞いていた。

この二人の真実ならば、今のシルメニア小国内の国民は怒り爆発状態であり、二人の話のような事が起きれば徴兵された平民兵士などは反旗を翻し、騎士団程度などを簡単に蹂躙するだろう。

もっとも、今の国民が反旗を翻すというような抵抗の意思を奪っている現状では難しいと思えるが、誰か統率できる人間が一人でも居れば、それは大洪水のように起きる可能性もあると示唆できる。


「さて、話を戻そう。何故、貴族令嬢であった貴方を亡霊でも助けたのかと言いますと…貴方の魂がこの艦が引かれたのだと理解したからです」

「私が、この軍艦にですか…それはどういう?」

「貴方は民の為に行動を起こそうとし、その無念から亡霊となった。しかしそれは、かつてこの艦が”大日本帝国”と呼ばれた国で、国民の為に命がけで守ろうと戦い続けた者達の魂を引き継いでいるからである。私みたいに、父や祖父が”日本人”の血を引く者や、戦後も守ろうとした者を引き入れて…な」


アレクサンドルの話を聞いて、エルミアはもう一つの国の言葉を耳にして、考えながら答えた。


「貴方達は、何と戦っているのですか…?」

「…我等ハ、守リ続ケテルノダ。夢、幻ナル世界カラ、ウツツノ世界ヲ害ナス災厄ナル神カラ護ル為ニ」


突然、アレクサンドルの肌が灰色の様に染まり、目を赤黒く光らせながら握り拳を作っていた。

そんな姿になるほどに脅威となる得体の知れない物と戦う為に蘇っていたのかと、その時のエルミアはそう理解するしかなかった。


その時である。

艦内から機械的な警告音と共に天井に備え付けてある管から男の声が響き、アレクサンドルは元の意識に戻しながら管に向かっていった。


「何事だ!」

<南六時方向、敵影確認!距離7000!ガレオン船10隻!!海賊の模様です!!>

「…何時もの海賊狩りか。奴等ではなかったようだな。向こうの様子はどうなんだ?」

<敵海賊、接近!攻撃を仕掛けてきます!!>

「舐められた物だな…良いだろう」


アレクサンドルは別の管の蓋を開け、管に向かって伝え始めた。


「砲撃長、我等二つの国の人間の魂を、野良海賊に見せ付けてやれ」

<了解!艦の砲撃であんな木の板の軍団に穴開けてやりますぜ!!>


伝え終えた後、アレクサンドルは船長帽を被った後、手袋を填めて立ち上がった。


「ソ連海軍駆逐艦:ヴェールヌイ…いや、特型駆逐艦:響。発進!!」


伝令が走った時、艦全体が響くほどの蒸気の排出する音が鳴り響き、艦が動き出したのが肌に感じる程の振動が伝わってきた。


「移動するぞ。エルミア嬢、貴方も私と共に艦橋に来るのだ。そこで、どんな戦闘をするのかをじっくりと見られるといい」


アレクサンドルの言葉通り、エルミアは指示に従う形で立ち上がり、部屋で控えていたアナスタシアと共にアレクサンドル達の後を追うように艦橋へと目指していった。





―――――――――――――――




シルメニア小国の王城では、王の怒りの声で支配されていた。


「この…馬鹿息子がっ!禄に取調べをせずにエルミア嬢を海へと流刑にしたのか!!」


王太子アムラス王子を殴り飛ばし、地面に座り込む息子に王は怒りを込めて蔑視していた。

一方、王太子に付き添っている貴族達は王太子を看護する合間に王に対して進言をしていた。


「しかし陛下…エルミア嬢は我が国庫の財を横領をしたという証拠が…」

「その証拠が何処にあるというのだ?財務に聞いてみたが、帳簿に不正は無かったと申したぞ。無論、虚偽報告をすれば重罪だと申しつけてな」


財務の方への根回しが足りなかったのか、王に対しての報告に虚偽をせず証拠隠滅もしなかった担当官達が居た事に、貴族達は内心焦っていた。

しかし、中には想定していた貴族もおり、直ぐに王への進言を行っていた。


「陛下。幾らなんでも官吏如きの証言を優先するのはいかがなものかと…?」

「それだから、貴様らは間抜けと言えよう。以前からエルミア嬢は実家の不正を王族に話していた。シルメニアに忠義を示さない貴族が増え、やがては腐敗するとまで進言していた。子爵家の身分でありながら、我が王族に対する忠義が一番であった娘を、貴様等は謀殺した。それに、民の不満が限界に来ているのは、理解していないだろうな?」

「陛下…それはどういう…?」

「儂が国内外遊していたのは何のためだ?国内の政を視察の際に民の生活の様子を見させて貰ったが、殆どの貴族領で重税を課せられ、農奴となった民も居るのも知ったぞ。…今はその農奴となった民を力づくで抑えているようだが、これがもし儂以上の強い指導者が民から生まれた時は、この国は終わるぞ」


王の終焉とも呼べる発言に、貴族達は焦りながら使いの人間に指示を出した。

恐らく、戒厳令を出すつもりだろうが、それも時間の問題だろう…と、王は口に出さずに思っていた。


その時、一人の衛兵が謁見の間に入り、王の前に跪いた。


「報告いたします!エルミア嬢の乗せた船の残骸が沖合いで見つかりました!」

「そうか…遺体はあったのか?」

「いえ、既に…」

「やはりな…遺体のない葬儀を行う様に手配しよう」

「はっ。それともうひとつ…夜間に出ていた漁師達の話でありますが…」

「なんだ?」

「エルミア嬢が乗っていたらしき船の近くに、濃霧から現れた暗闇の中を光を照射する巨大な鋼鉄の船が近付いてきたとの事ですが…」


その衛兵の言葉を聞いた瞬間、王は突然狼狽させた。


「それは真かっ!?」

「は、はっ!確かに漁師達から驚いた声を上げながら報告をするのを、港町の伝令兵がはっきりと確認されました!!」

「何と言う事じゃ…」


王は衛兵の報告を受けたショックなのか、力なく王座まで歩き始め、座った後は項垂れていた。

それを見た王太子は疑問に持ちながら王に話しかけた。


「父上、一体どういうことですか…?」

「お前はとんでもない事をしてくれた…エルミア嬢は贄となった。終わりなき闘争の世界のな…」

「意味が…分かりません。何を知っているのですか?」


事の話が理解できない王太子達に、王は呆れながらも口を開いて答えた。


「”古より、天と地の底によりし、覇の座を争い、創生を繰り返す…これ、乱の時なり…”。我等シルメニア王族がこの地に建国する前に語られた言葉だ…乱の時が起きる前兆に、我々以上の技術で作られた物や異世界人が増える事が多い。そして、それらの中には災いの厄を招き、世界を滅ぼす神となる者もおり、それらを狩る者達もいる。このシルメニアには、何十年も前から海の出た者が鋼鉄の船に乗り、その船と共に海に潜む魔物の神と永遠と戦い続ける話があるのだ…此度のその鋼鉄の船こそが、紛れも無くその話に出てくる船なのだろう…」


王のその言葉に王太子を始め、貴族達も唖然として聞いていた。

しかし、その貴族の内の一人が空笑いをしながら口を開いた。


「は、ははっ…何を申されますか陛下。そんな御伽噺みたいな話が真実がなわけありませんでしょう。その上、鋼鉄の船など海に浮かべたら沈むんじゃないですかね?もしそんな船がありましたら、我が海軍の力をお見せしましょう」


そう言いながら、貴族の男は傍に控えていた使いに耳打ちをした。


「…おい、艦船30隻を出して沖合い全てで探せ。もし鉄の船が出たら砲弾全部打ち込んで沈めろ」

「承知しました」


使いは短く返事をした後、すぐさまに謁見の間を急いで出ていった。

そんな様子を王は再び項垂れながら頭を抱えて…口を出した。


「…今宵は休むとしよう。アムラスの件は後日言い渡す」

「父上、まだ話が…!」

「くどい。それに儂は疲れた…近い内に隠居をしようと思う…では下がれ」


短く伝え終えた王は静かに立ち上がり、王太子の事は構わずに王座に控えていた衛兵を引き連れて寝室へと向かっていった。

それを見た王太子アムラスは内心怒りに満ちながら、父親である王を静かに見送った…





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