追憶のヴェールヌイ(先行公開+未完成版)
名無シング
1.身代わりによる冤罪
その日は突然にやってきた。
世界の北方に位置する氷人族と呼ばれる亜人国家氷人国との境目にあるシルメニア小国にて、定例の社交宴の最中に王太子であるアムラス第一王子が声を上げた。
「エルミア・ローレライ子爵令嬢、我が国の財政を横領した疑いにより処罰をする。衛兵、この者を捕らえよ!」
ローレライ子爵の次女、エルミア・ローレライは我が耳を疑った。
自分がシルメニア小国の財政を横領したなど、普通は有り得ないはず。
咄嗟に同席していた両親と姉に目線を向けた時、肉親達全員がエルミアの目線から逸らしていた事により悟った。
自分は
エルミア自身は両親達に問い詰めたかったが、王夫妻が外遊で不在の中ではいずれも言い訳になると思い、大人しく従う事にした。
「身に覚えの無い罪で御座いますが、ここは淑女らしく大人しく受けましょう。衛兵殿、そんなに引っ張らなくても宜しいです。自分の足で牢まで歩きます」
「ふん、白々しい…が、ここで乱暴を働けば各国の来賓に我がシルメニアが粗暴な国と見られる…衛兵、くれぐれもエルミア嬢を逃げぬように見張れ」
王太子の言葉に、衛兵は短く返事を返した後にエルミア嬢に剣を突きつけながら牢へと誘導した。
「さて、お騒がせてして申し訳御座いませぬ。今宵の宴は不正なる者への処罰の洗い出しの為の芸の一つでございます。我が国では、不正なる者は決して許す事はありません。ローレライ卿、肝に銘じてくれたまえ」
王太子の言葉に、ローレライ子爵は「ハハッ」と短く返答し、頭を下げ続けた。
自分達子爵家の汚職を娘一人に押し被せたとはいえ、王族には筒抜けであるという事に恐れを抱いて…
そして、シルメニア王城内の牢を一夜明かしたエルミアは、両手を縄で縛られたまま数人の男達と共に粗末な木造の船に乗せられていた。
「本来なら横領は死罪だが、貴様は仮にも貴族。貴族籍を剥奪後に海への流刑に処す」
禄な裁判をせずにいきなりの流刑を求刑されたエルミアは、王太子の暴走に何も言えずにただ呆れていた。
これが、いずれ国の未来を動かす者になろうという嘆きを込めて…
「最後に何か申したいか?」
「いいえ、何も御座いませぬ。国から受けた罰を真摯に受け止めましょう」
「ふん、最後まで強情だな…謝罪が一つでもあれば刑を軽くしようと思ったが…船を流せ」
王太子の命令の元で兵達は船と波止場に繋がれた縄を切り、船は帆が受け止める風の流れと共に進み始めた。
エルミアは、自分の最後の姿を見届けに来なかった両親達を余所に、一部の領民の嘆き悲しむ姿を沖へと流れる舟の甲板上で眺めるしかなかった…
港を出て沖に着いた時、乗っていた数人の男達も船に取り付けられていた小型船に乗って港に引き返していった。
残されたエルミアは、男達の情けで置いていかれた短剣を手に取り、両手に縛られた縄を切ってから船の中を調べた。
しかし、船倉には食料どころか水一つも無く、全くと言っていいほどの空っぽであった。
その上、船底からは海水が染み出していることから、王太子から生かす気が無いという事をエルミアは悟った。
(せめて、陛下と王妃がおれば…いえ、あの国はもう駄目ですね…)
エルミアはシルメニア小国の現状を知っていた。
度重なる氷人国への戦争、及び西の帝国と東の王国との小競り合い、その上に他の亜人国家との軋轢により国の内政はガタガタに来ていた。
その上、小国内の領主である貴族達は保身に走り、貴族の義務であるノブレス・オブリージュを放棄した上で私服を肥やしながら国の財政を手を出すほど汚職に塗れていた。
エルミアの家系であるローレライ子爵家は騎士などの武には長けてなかったが、エルミア自身は貴族が前線に立って動き、領民のために動くべきだという考えを持っていた。
それゆえに、両親や姉からは疎ましく思われ、今回の冤罪を擦り付けられたのは分かっていた。
その上、いくら賢王といわれた国王でも、老い先短い夫妻の前に腐敗した貴族達と祀り上げられる王太子と王族に、明るい未来はないことを、エルミアはただ悲観するばかりであった。
(恐らくは、汚職の件は見逃す代わりに見せしめで処刑しろというのを、宰相あたりの公爵家が唆したのでしょう。ローレライ家は公爵家には逆らえないし、王太子を意のままに操っておられる…)
今回の自分に科せられた流刑は、恐らく両親達と公爵家による計らいであり、王太子の力を見せ付ける為の云わば寸劇と言えよう。
エルミアはそう考えながら、徐々に沈み行く船の上で冬間近の海風の冷気に当たりながら最後を迎え続けた。
―――――――――――――
―見ツケタ―
―アドミラール、何ヲ?―
―私達ノ創生ヲ引継グ志ノ者ガ―
―私ニハ、タダノブルジョアニシカ見エマセヌ―
―私ニハ分カル。カノ魂、我等古キ者ヲ理解スル―
―ロマノフ時代以前ノ、本来ノ王ノ意思ヲ持ツ者…―
―ソレモアルガ…その前に、我等古き大和魂を理解してくれるかもしれない。御国を害する、あの化外を相手し続ける意思もあるかもしれない―
―…提督。では―
―拾いにいくぞ。あの戦争から続く怨嗟から護る
――――――――――――――
新月の夜…
暗闇が支配する海の上にて、エルミアは船内が海中に没して残された上甲板の上で身体を冷たくしながら海を眺めていた…
そんな暗闇の世界の中、濃霧と共に一隻の船がエルミアの船を光を当てながら接近してきた。
しかもそれは、エルミアが見た事のない、鋼鉄で出来た軍艦であった…
その鋼鉄の軍艦から放たれる照明を受けたエルミアは、眠るように気絶した。
あの軍艦からの光の後、エルミアは夢を見ていた。
その夢は、自分が見たことの無い世界であった。
あたり一面は海が広がっていたが、そこは異様に静かであったが…物凄い
自分が見た事に無い鋼鉄の軍艦の艦隊…
その軍艦達が隊列を組んで航行中に、エルミアが聞いた事のない
それと同時に、今夢の中で立っている軍艦と同じ大きさで同じ形の軍艦が、煙を上げて警告音を鳴らしていた。
そして、乗っていた乗組員の軍人達が声を荒げて伝令を告げていた。
―『
―敵、潜水艦の魚雷、被弾!!爆雷投射用意急げっ!!―
―『電』が沈みます!!―
―『電』、乗組員、退艦せよ!!退艦せよ!!―
―艦載艇降ろし方用意っ!急げっ!!―
―駆逐艦『電』、轟沈!駆逐艦『電』、轟沈!!―
その伝令と共に、電と呼ばれた軍艦は後部を二つに折りながら、冷たい海の底へと沈んでいった…
その光景を最後に、エミリアの意識は現実へと引き戻されていった。
「はっ!?な、何でしたの…あの夢は…」
エルミアは、自分が見ていた夢による恐怖のあまり、全身に汗を掻きながら息を荒くしていた。
しかし、所詮は夢…気にする必要はないと割り切って忘れる事にした。
「しかし…何故私はベッドの上に?ここは何処なのでしょう?」
エルミアの疑問通り、彼女が寝ていた部屋は異常を極めていた。
塗装されているとはいえ、壁一面が鋼鉄で出来ており、窓は分厚いガラスで出来ていた。
狭いながらも、船の中とは思えないほどの寝心地のいいベッドで、毛布やシーツはきちんと洗濯されていて清潔であった。
窓から見える景色は霧が張っていて遠くまでは見えないが、海の上だというのは理解できた。
(やはり、あの時の軍艦は夢ではなかったのですね…しかし、この船は何処の船なのでしょう?)
そんな疑問の渦の中、部屋の扉からノック音がなり、静かに扉が開かれた。
「ヤー、目覚められましたか?
そんな掛け声と共に、男物のコートらしき軍服を着た女性が着替えを持って入ってきた。
女性騎士は見かけた事があるエミリアにとって、軍人の女性は居ても不思議には思わなかったが、まるで美男子みたいな女性を見て、思わず言葉を失っていた。
が、向こうから問いかけて来て答えないのは失礼に当たると思い、すぐさま返答した。
「え、ええ…大丈夫です…あの、助けて頂いてありがとうございます…ええっと」
「失礼、名乗るの忘れてました。私の名はアナスタシア。アーニャと及びください」
「アーニャさんですね…私はエルミア…元貴族で追放された娘です」
「ダー、それは
アナスタシアと呼ばれた女性軍人の言葉通り、エルミアは彼女が持ってきた服に着替え…
「…申し訳有りません。この服の着替え方、教えていただけませんか?」
「ヤー…やっぱり、
「本当に申し訳有りません…」
呆れながらも手伝ってくれるアナスタシアを余所に、自分で何とかしようとエルミアは決意した。
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