来訪者その2 元バンドマンの兄ちゃん


 2人目に召喚されたのはタバコを咥えた茶髪の若い男だった。少女の時とは違い、金色の眩い光の中から男は現れた。


「うおっ!」


 日常生活から突然呼び出された男は驚きの声を発した。


「いきなり何なんだよ! あ、なんだこいつら。何? 小人なの?」


 小人たちは、また新しく現れた勇者に群がる。「キター! 勇者さまー!」「やっと出た」「3回目でしたな」などと言っている。どうやら少女を召喚してから続け様に召喚の儀を行ったらしく、2度失敗してしまったようだ。当然捧げた2回分の供物はオジャンである。

 

「勇者? ‥あー、これってアレか。最近よく漫画とかアニメで流行っているヤツか」


 男は辺りを見渡してニヤニヤし始める。自分がやって来た世界のものとは違う見慣れない物が沢山あった。確かにここは異世界だ。ますますニヤけてしまう。

 この茶髪の男の額にはSRと書かれていた。


「マジかよ。ヤベー、ついに選ばれちまった感じか。で、お前ら俺になんかくれんの? 超能力的なやつ?」


 とニヤつきながら男が言うと、

「違いますぞ。くだされ、くだされ!」「勇者さまの御業をくだされ!」「勇者さまのお力を我々にー!」

 小人たちの熱気が男を取り囲む。その必死な様子を見て、男は自分が呼び出された意図を理解した。


「‥‥なんだよ、こっちが渡すのかよ」


 男は気怠い感じで咥えていたタバコを地面に擦り火を消した。そうして、つまらなそうに小人たちを見渡すのだが、あるものを見つけて、少し嬉しそうに表情を変える。


「ラッキー。千円札じゃん」


 鶴を掲げていた小人から、むんずとそれを取り上げ、折りたたまれた鶴を元の紙幣に戻そうとする。


「ダメですぞ!それは先ほど召喚された勇者さまから頂いたものですぞー!」「やめてくだされ」「ヤメテー!」「勇者さま、いじめないで〜〜!」


 と小人たちは悲鳴を上げ、泣き出す者もいる。

 男はチッと舌打ちをし、「悪りぃ」と言って、鶴を小人たちに返す。バツが悪そうに頭を掻く男は、そんなに悪い人間ではないようだ。


「で、お前ら俺から何が欲しいわけ?」


 気を取り直して男がそう言うと、


「何んでもいいですぞ」「プリーズ、プリーズ」「勇者さまのプリーズ」


 小人たちは声を上げてねだり出す。男はまた気怠い感じの顔つきに戻り、ポケットからタバコを取り出して火をつける。そしてタバコを吸って、煙を上空に吐き出した。

 男は自分の吐き出した煙をぼんやりとした表情で眺めながら言う。


「‥何にもねーよ。俺なんかにはさ」


 心底つまらなそうな顔でぼやく男。その表情から今の吐き出した言葉は本心から出たもので、何も持っていない自分に失望しているかのような態度だった。

 小人たちはそんな男の機微を察する事もなく、鶴を掲げて、大喜びでドンチャン騒ぎをしている。彼らは男が何か良いものをくれると信じきっているのだ。


「なあ、お前ら。その鶴ってそんなに嬉しいものなの?」


 小人たちは待ってましたとばかりに統制なく一気にそれぞれで話し出す。先ほど来て下さった勇者さまへの感謝と鶴の素晴らしさを、誰もが嬉しそうに勝手に喋りまくるから、騒がしくてまともに話を聞けやしない。

 そして、こんな風に無遠慮でキラキラ輝いた笑顔で迫られたら、さしも不貞腐れたような態度を取っていた男も尻込みせざるを得ない。


「‥‥ふーん、じゃあ。俺もお前らにくだらないものをくれてやるよ」


 そう言うと、男はタバコを捨てて、アカペラで歌を歌い出した。

 小人たちは驚き、最初は騒いでいたが、次第に声を潜めて男の歌声に耳を傾け出した。

 一曲歌い終わると男は言う。


「今のは俺が憧れていたバンドの曲。俺が来た世界では知らない人間なんて誰もいない有名な歌さ。ま、控えめに言って最高だろ?」そして、少し間を置いてから静かに話し出す。「次はさ、‥そうだな。くだらない歌さ。夢見たバカがいてさ。憧れたあのバンドみたいにステージに立って、同じように歌えるって身の程を弁えなかったバカの歌だ」


 男は再び歌い出す。

 自嘲していたけれども先ほど歌ったよりも、熱心に、強く強く、思いを込めて彼は歌っていた。つまらなそうにタバコをふかしていた表情と打って変わり、とても凛々しく、本物の歌手の顔をしていた。

 先ほどのメジャーな曲に負けじと声を張り上げ、彼は自分の歌を歌いきった。


「‥‥売れなかったんだよ。無視された。それだけで何もかも嫌になっちまった。通用しねーんだって。次もチャンスがあったはずなのに、それなのに俺はさ」


 男は再び情けない表情になってそう呟く。

 すると、


「褒美を取らせよ! ポポンガの勇者さまへの褒美を!」


 小人たちは一斉に動き出す。少女にしたように男にも花冠と腕輪と首飾りを身に付けさせる。茶髪の男は、すっかり随分な格好になってしまった。


「‥はは、なんだこれ」


 男が戸惑っていると、小人たちは合唱を始めた。その歌声を聞いて、男の何処か濁っていた目が輝きを取り戻してゆく。小人たちが突然にみんなで歌い始めた歌。それは男が先ほど力強く思いを込めて歌った、彼のオリジナルの方の歌だった。

 小人たちはとても歌が上手く、男の歌は小さな演奏者たちによってオーケストラのように荘厳に歌われている。


「‥マジかよ。‥‥何でだよ。俺はお前らにゴミを渡したんだぜ」


 小さな歌い手たちは妖精のように、とても楽しそうだ。歌い踊り、輪舞が形成されている。小人たちは男の歌で喜びに満ち溢れていた。


「はは‥、は」


 これほどまでに自分の音を愛してくれた者がいただろうか。かつて時代を作ったあのバンドを追い抜こうと、流行している売れ線の曲はダサいと言って、自分が本物だと思う音にこだわって、こだわり抜いて作り上げた渾身の作品だった。結果、誰も聞いてくれずチャンスを逃してしまった。

 その見捨てられた音楽を愛してくれる者たちがいる。

 男はその光景を目に焼き付けてから、静かに目を瞑った。

 

「‥‥あー、声が出ねぇ。タバコやめるか。あいつらにも謝って、もう一回、全部仕切り直すか」


 男は小人たちの歌い踊る姿を心に刻んで、何かを決心したようだった。

 仰向けに転がり、その後もブツブツ言っている。

 両手で顔を隠してしまったので男の表情はもう分からない。


「歌じゃ。歌を貰えたぞーー!」

「ポポンガの国歌にしましょう!」「ああ、勇者さまに感謝を!」

「勇者さま、ありがとー!」「ありがとー!」


 たくさんの感謝の言葉を聞きながら、男は消えていった。


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