キャンディがパイを焼いたら
『キャンディ・キャンディ』のヒロイン「キャンディ」ことキャンディス・ホワイトは、12歳で孤児院「ポニーの家」から大金持ちのラガン家に引き取られます。
そもそもは自分と同い年の令嬢イライザ・ラガンの話し相手の名目でしたが、実態は使用人としてこき使われ、超絶性格の悪いイライザとその兄ニールにいじめられはめになります。
しかし、それでもくじけず、常に明るく前向きなキャンディは、使用人たちからは愛され、かわいがられていました。
ある日キャンディは料理人のダグに教わって見事なパイを焼き上げるのですが、これをラガン家の本家に当たるアードレー家のエルロイという老婆に差し上げたいと言います。一族の中で今のところ実質的に一番偉い人で、みんなから「大おばさま」と呼ばれていました。
キャンディは少し前、あるパーティーの席でエルロイに無作法を働いて怒らせてしまったことを気にしており、おわびにパイをプレゼントしようとしていたのですが、読者の大半がここで「うわあ、要らんことを」と思ったことは想像に難くありません。
多分、何をしてもキャンディがエルロイ大おばさまの歓心を買うのは無理だろうなと、読み進めると分かるからです。
それはそれとして、パイの出来に気をよくしたキャンディは、庭師のおじいさんからもらったライラックの花も飾り付け、愛らしく仕上げました。
気のいいタグはそれを見て、「年食ってても女だ。きっと喜ぶぜ」と、キャンディのアイデアに「イイネ」します。
***
ところで、エルロイはニールとイライザをかわいがっており、この
こういってはナンですが、どうやらうわべの敬意や優しさにコロっとだまされているチョイい人のようです。
厳格だけれど身内には甘々のようで、同じ一族の子供――性格が良く外見も美しいステア&アーチーのコーンウェル兄弟やアンソニー・ブラウンのことは、当然のようにラガン兄妹以上にかわいがっていました。
アンソニーたちが孤児院育ちのキャンディを気に入って仲よくしているのが気に入らないというのも、キャンディのパーソナリティーそのものを全く見ていないからでしょう。
***
さて場面はかわり、アードレー家の午後のお茶シーン。
ちなみにアードレー一族はスコットランド系だそうですが、私はスコットランドのお茶事情はよく知らないので、「日本人が考えるイングランドっぽいやつ」程度で理解することにしました。
なぜかキャンディの焼いたライラックのパイを前に、エルロイが「あなたもすっかり女らしくなって…こんなすてきなパイを…」みたいなことをイライザに向かって言い、調子こいたイライザが「飾りつけに苦労した」とか、腹の立つ笑顔で答えています。
はあっ???
やはりこいつは人の手柄を奪うことなど屁とも思わぬ人間のクズです。
お茶の席には、エルロイの一番のお気に入りであるアンソニーがいました。
実はイライザはアンソニーが好きなのですが、アンソニーの方はキャンディが好き(両片思い状態)なので、イライザに「君のところの愉快な女の子は元気?」と尋ねます。
むっとしたイライザがキャンディの悪口を並べ、それにニールが便乗し、「やはりあの子は問題だ」とエルロイも表情を曇らせました。
そしてたいへん間の悪いことに、この場にキャンディがびしょ濡れの姿で現れました。
発明好きのステアが「水上を歩けるブーツ」なるものを開発し、ノリのいいキャンディが実験台になったばかりに…(略)です。
ステアとその弟アーチーが「アードレー家ならうなるほど服があるから、あそこで着がえよう」と、楽天的に屋敷にキャンディを連れてきた結果、「
キャンディにしてみれば、詰めの甘いお坊ちゃんたちのせいで踏んだり蹴ったりという、本当に涙なくしては見られないシーンです。
しかし、キャンディが(多分)それよりも悲しかったのは、エルロイのために焼いたパイが、なぜかイライザが作ったことになっていて、しかもイライザがパイの背後で「ドヤァ」という顔で腕組みしていたことでした。
***
話は大分長くなったのですが、書き起こしの仕事の中で、このときのキャンディの気持ち「分かる、分かるよ!」となることがあります。
今まで2度ほど、雑誌とWebサイトで「協力」として名前が載ったことはありますが、音声の書き起こしなど基本的に裏方仕事ですし、そもそも好きこのんでそうしているので、それは構いません。
それでもやるせなくなるのは、例えばこんなときです。
インタビュー後、「○○日頃アップ(掲載)予定ですので、その前にいったん原稿に目を通していただけますか」的な打ち合わせをしている状況まで録音されていることがあり、まあ普通は「承知しました」で済むのですが、「本日録音したものを書き起こして、それをもとに原稿を作ります」という説明に対して、「いっぱいしゃべっちゃったし、専門用語も多いから大変でしょう?」みたいなお気遣いを見せる方がいます。
そこで「書き起こしは専門の人に依頼します」と言う方もいますが、作業自体は誰がやっても変わらないので、そこまで明らかにする必要はありませんから、大抵「いえいえ、大丈夫です」くらいな感じで流されます。
【本音】そーだよっ。バッキバキにしゃべり倒してくれるから、チョー大変だよ!▼1時間のインタビューで、こちとら毎度毎度2万字打ち込んでるわっ!(しかもこれ、そこまで早口でなくても発生する字数です)▼専門用語というか、録音が悪いから音を正しく拾うのがまず大変だったし!
大分手前勝手な理由を含みつつ、内心はこんな感じになっております。
それも仕事なので致し方ないとはいえ、それでも、それでも時には…
「そのパイを焼いたのはイライザじゃない!私よ!エルロイ様聞いて!」
という心境になるわけです。
「こういう音源、AIとかで自動的に起こしたりできるんでしょ?」とおっしゃるインタビュイーも時々いて、これもまたストレスです。
それが本当にできるなら、それを「その場で」やった方が効率よくないっすかね。
いずれは飛躍的に技術が進み、そういうことも可能になるのかもしれませんし、現在でも条件さえそろえば何とかなることもあるでしようが、生身の人間が恣意的に発するライブ感のある「声(話)」というのは、「こういうニュアンスだろうな、これの言い間違えかな、前の音とリエゾン状態になって全く意図しない言葉として認識されちゃいそうだけど大丈夫かな」といったあたりし、まだまだAI的には「知ったこっちゃない」話のようです。
AbemaやYou Tubeの自動生成字幕を見て、大したものだと感心する反面、「知ったこっちゃない」をお感じになる機会もあるのではないでしょうか。
***
とはいえ、インタビュアーもインタビュイーも私に仕事をくださる皆さんも、イライザみたいに性根が腐っていたり、エルロイみたいに尊大だったりするわけではないのが救いです。
そんなこんなで文字起こし人・
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