#02 憂鬱な朝

 一限の授業は早起きして受けた割には眠くならなかった。おそらく今朝の出来事が衝撃的すぎて目が冴えていたのだろう。あのカラスの声が何度も脳内再生されて教授の話を覚えていないまである。学生の声で騒がしくなった講義室で授業が終わったことに気がついたくらいだ。


「ほら弥生行くよ。二限の子たちが入ってきてる」


 と、私を席から立たせようとするのは一年生の頃からの友人である桃沢万智だ。


「ああ、ごめん」

「どしたの。元気ないね」


 彼女の声で私はようやく机の上に散らかっていた文房具を鞄にしまい始める。一方、万智は白いフレアパンツの脚を開き、私の横で仁王立ちしていた。天気と真逆で彼女は元気そうだ。薄桃色のカーディガンの下からは健康的な肌色の腕が透けて見える。耳にぶら下がる少し大きなゼラニウムのピアスは彼女のお気に入りだ。


 そのピアスを揺らしながら、万智は講義室の前の方にいる男子の集団に目をやる。すると一人の男子から目を逸らされたのが私にも見えた。


「何? はじめと何かあったの?」


 田口初とは私の彼氏の名前である。無駄に察しの良い彼女はそう言って、立ち上がる私の方を見た。


「まあねえ」


 と、濁すように答え、私たちは席取りをし合う下級生の間を縫って講義室を出る。


「何々、何があったの」


 目を輝かせながら食い気味で聞いてくる万智。顔の横に顔という距離感で聞いてくるので、彼女側にある左腕で「密です」と何年か前のネタを言って突き放した。


「いいじゃあーん。聞かせてよお」

「人の悩みを笑顔で聞こうとする人には話せません」

「それは誠に遺憾。万智カンカン」

「朝からすごいな、そのテンション感」

「お〜。何だノリいいじゃん」

「あ、違う。別に今のは韻踏んだわけじゃない」

「で、何なの? 別れ話?」


 と、再び万智が距離を詰めてくるが、実は万智は一年付き合った彼氏と先月別れている。まるで自分側へ私を引き摺り込もうとしているようだ。しかし残念ながら実情は万智の想像とは違う。そこは否定せねばならない。


「別れ話ではないのよ」

「でもポジティブ系じゃなさそうだよね?」


 ここでも勘の鋭さを見せる万智。そこに関しては本当に感服する。まあ今まで色々相談して来たのも万智だし、大学生活において一番の親友と言っても過言ではない。彼女に愚痴をこぼしみるのも良いかもしれない。


「万智、二限、空きコマよね」

「もち。一回目でやめた。食堂でも行く?」


 彼女は思惑通りと言わんばかりに、ニッと歯を見せる。しかし朝の高菜おにぎりのせいでお腹はさほど空いてなかった。そう思っていたが、


「昨日からベトナムフェアやってるらしいよ。フォーあるって。フォーする?」

「フォーなら行けるなあ。フォーするかー」


 と、いうことで量も多くなくヘルシーなフォーで早めのお昼にすることにした。


 万智は「右折フォー!」と言いながら、私よりも早足で食堂へ向かっていくので、急いで彼女の背中を追いかけた。

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