あの虹は梅の後味がしていた
雨瀬くらげ
#01 不思議な烏
朝七時。大学へ行くために家を出た。一限目の授業まであと一時間半ほどある。同棲している彼氏と顔を合わせたくなかったため、彼が起きる前に早く家を出る必要があったのだ。
そんな日に限って朝から雨が降っている。しかもそれなりの。梅雨もいよいよ本格化というわけだ。ポエムなら「まるで私の心模様を表すようだ」と形容したいところだが、別段悲しいわけではない。昨晩、彼と喧嘩をしてしまったが、彼に対する呆れの感情が強い。正直天気には同情をされるよりも、背中を押すように協力して欲しかった。晴れてくれ。授業までの時間も潰し辛いだろう。あと可愛い水色のスカートが泥跳ねで汚れる。いやそのスカートを選んだのは私の責任だが。
この時間であれば食堂も図書館も開いていない。コンビニで温かい飲み物でも買って、研究室で課題でもするのが無難だろう。
そう思い、大学の向かい側にあるコンビニへ向かう。八時半からの授業のために七時に家を出る大学生はまずいない。早起きの習慣がついていたであろう一年生ももう入学からニカ月。高校生の頃の生活習慣は失っている。そのためコンビニの中は私以外の客は一人もおらず、商品棚も充分に陳列がされていた。
ブースが狭くなったホットドリンクコーナーから小さなほうじ茶を取る。そしてその横の棚に並ぶおにぎりに目が行く。基本的に朝ご飯は食べない派だが、早起きしたせいでお腹が空いていた。迷わずに高菜おにぎりを手に取り、会計を済ませる。
もらったお手拭きとおにぎりを鞄にしまいながらコンビニを出ると、当たり前だが雨は降り続けていた。ほうじ茶を片手に傘を開こうとすると、入り口近くにあったゴミ置き場に動く影が見えた。
「え、何」
と、思わず声が出る。
よく見てみると、その影の正体は小柄なカラスであることがわかった。どうやらネットに羽か足かが引っかかってしまったらしく、身動きができないようだ。
私が見つめていることに気づいたのか、カラスもこちらに顔を向け、情けない声で「かあ」と鳴いた。なぜ私がお前を助けなければならないのかと思うが、私は心優しい女子大生なのでほうじ茶も鞄にしまった。しかし、流石に野生のカラスを素手で触る勇気はなかったので、ネットを軽く上げ、カラスが動きやすいスペースを作ってやる。すると、カラスは忙しなく羽を動かしながら、見事ネットから抜け出す。そのまま飛んでいくかと思いきや、一度羽を折り畳み、こちらを向くと丁寧にお辞儀をしてきた。カラスは賢いと聞くがここまでとは思ってもみなかった。驚きながらこちらも会釈を返すと、
「ありがとう」
と、カラスが口にした。気のせいではない。嘴が動くと同時に確かに「ありがとう」と聞こえたのだ。周囲には私以外誰もいない。どう考えてもカラスが口にしたとしか思えなかった。
そのカラスは感謝を言い終わると、黒い空の向こうへと飛んでいく。
いくらカラスが賢いとはいえ、さすがに人語を喋るはずがない。では私の耳に聞こえたものは、見たものは何だったのだろう。
「疲れてたのかなあ」
と、もうカラスの見えない天を仰いでみる。
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