第3話 ダンジョン

 初めて入ったあの日から変わらない埃臭さに不快感を覚えながら、スマフォに表示されている地図を元に歩き出す。

 今日は初の探索という事もあり、スネークバスターズが定番としていたルートを歩く予定である。


「アンタ、確かスネークバスターズの雑用だよな?」


 声を掛けられて見上げると、通りに面した民家からこちらを見る迷彩服のおっさんと目が合った。ダンジョンに駐在する自衛隊だ。


「今は違う。何か用か?」


「いや、一人で行って大丈夫かよ。銃弾もまともに効かねえ相手がうじゃうじゃいるんだぜ?」


 そんな事を言う彼のすぐ傍には対物ライフルがあり、その言葉はとても説得力がある。


「ああ、何とかなる。これでもまあまあ強いからな!」


 そう言って笑って見せると「死ぬなよ」とおっさんは心配そうながらも手を振ってくれた。

 誰かに心配されているという事実が不思議と気持ちを昂らせ、緊張で震えていた体に力が漲り始める。


「頑張るか」


 呟きながら頬を叩いて気合を入れ直し、スマフォに表示されているルートを参考に、滅びた中世風の街へ侵入した。

 ダンジョン内の建物は壊れても勝手に修繕されるのだが、元から壊れた状態の民家なども複数存在している。

 待ち伏せ型や知能の高いモンスターはああ言った建物や瓦礫の中に隠れている事があるため、近付く時は注意が必要だ。

 しかし、稀であるがこういった民家にも宝箱が出現する事もあり、民家だけ漁る探索隊も多い。

 かく言う俺も、今回は民家や細々とした建物を狙っていく予定だが。


「ん?」


 どこからか物音が聞こえ、立ち止まり周囲の様子を伺う。

 右斜め前の民家から聞こえる事に気付いてそちらへ目を向けると――兎の頭が瓦礫の影からひょこっと現れた。


「クソウサギかよ……」


 こちらをじーっと見つめるその頭は、見た目こそただの兎。

 しかしはみ出た首元をよく見れば、血管の浮き出るぶっとい筋肉があり、モンスターなのだと分かる。

 

 と、俺が警戒しているのを察したのか、苛立った様子でそれは民家の中からノソノソと出て来る。

 ムッキムキのボディビルダーが如き体躯に、銃弾の貫通を防ぐ白い体毛を生やしたそれは、丸くてふわふわしていそうな尻尾をフリフリさせながら俺を睨み付ける。

 

「俺に勝てると思ってんのか?」


 言いながら剣を抜き放ち、邪魔くさい荷物をその場に落とす。


「来いよクソウサギ!」


「ブルルァァッ!」


 到底兎とは思えない雄叫びを上げたそれは逞しい足で地面を蹴り、石畳を粉砕しながら飛び込んで来る。

 体毛があるのに血管が浮き出ているのが分かる極太な両腕を体の前部でクロスさせ、ラグビーのタックルのような姿勢を取ったそれは、赤い目で俺を睨み付ける。

 同じ行動しかしないんだなと呆れながら、ワンパターンなその攻撃を避けながら足を引っ掛ける。

 盛大に転けた事で無防備な背中が顕になり、剣を突き刺すと慌てたように立ち上がろうとする。


「手遅れだっつの」


 突き刺したままの剣を上下左右に動かして中身を抉る。

 地面に倒れたまま背中に手をやろうとするクソウサギだが、筋肉同士がぶつかって背中を触れないらしく、ジタバタと暴れるだけに留まる。


「ガフゥゥ……グォォフッ!」


 唾液や鼻水を飛ばしながら大声で叫び藻掻いていたそれはやがて大人しくなり、血管の浮き出る極太な腕の力が抜けた。

 戦い慣れている相手ではあるものの、勝てた事にほっと溜息を吐きながら剣を抜き出し、血を払って鞘に納めた俺は。


「こんくらいのモンスターだけなら良いのにな……」


 単純なフィジカルだけ見れば象すら殺せるほどの力を持ち、大抵どこのダンジョンにもいるコイツだが、動きがワンパターンで知能も低いため脅威度は低い。

 自衛隊と省庁が定めたランクでも最下位の危険度として指定されるほどで、一般人でなければ大半の人間は勝てる相手だ。

 戦闘そのものは何度も体験しているが未だに慣れない自分に対する呆れを感じながら、討伐報酬をもらうため左耳を切り落とす。これで千円の稼ぎだ。


「無いよりマシか……」


 今回持って来た飲料分の金は戻って来たと思えば悪くない。割に合わないとは思うが。

 そんな事を考えながら俺は死体に背を向けて再び歩き出す。


 ダンジョンにはそれぞれ特色がある。

 完全に水没した現代都市、砂漠の神殿、ジャングルの木々に跨るツリーハウス群などなど様々だ。

 しかしどこのダンジョンにも共通している点がいくつかある。

 一つ目は人類の滅んだ痕跡が存在することだ。死体はあっても生存者が見つかったことは未だに無く、一説では滅びたパラレルワールドに繋がっているのでは無いかと言われている。

 二つ目は宝箱が出現することだ。そこには神器と呼ばれるとてつもない力を秘めた武具や魔道具、特殊な武具、金銀財宝などなど金目の物がよく入っている。中でも神器は最安値でも五千万円を超え、ここ最近では戦車砲すら無効化する盾が二百億円で売買されたと聞いている。

 そして最後がダンジョンの中央に行けば行くほど敵が強くなり、出現する宝が良い物になる点だ。まるで人間が欲に釣られて奥へ奥へと入り込ませようとしているかのようで気味が悪く、探索者の間では『ダンジョンは生き物なのでは?』なんて囁かれている。


「ねえな……」


 三時間ほどモンスターを討伐しながら定番のルートで歩いてみたが、いつもなら一つくらい宝箱が見つかる頃合いなのに一つも見つからない。

 中でも裏路地のコーヒーショップや市場、温泉付きの宿のどれかには宝箱が出現するのだが、今回は運が悪すぎるらしく何も見つからない。


「どうなってんだ……」


 今のところ稼げた金額は七千円。携帯食と飲料分のコストは取り戻せたが、その程度の稼ぎで帰るのはマズい。

 隊を結成してしまったため税金がかなり重く、そして貯蓄の大半を装備の調達に使ってしまった。せめて装備代の半分は稼いでおきたい。

 休憩も兼ねて適当な民家に立ち入った俺は、荷物を床に降ろして木の椅子に腰かけ、腕を組んでどうすべきか考える。


「ん?」


 視線を感じて上を向く。

 すると細長い目と目が合い――


「やべっ」


 慌てて立ち上がるより先に巨大な尻尾が振り下ろされ。

 椅子と共に呆気なく叩き潰された。

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