第2話 ソロ

 三ヶ月が経ち、雇用保険が終わってしまった。

 探索者という職業は雇用主である探索隊を転々と移動したり、自分で隊を結成して個人事業主になる事がよくあるため、期間が短いのである。

 そんな中、俺は今何をしているのかといえば、就職活動――ではなく筋トレだ。


「九十九……百……」


 床を睨みつけ、汗をぼたぼた垂らしながら、自分の腕の力だけで体を持ち上げる。

 高校生の頃は百回もやれば腕の感覚がなくなって倒れ込んだものだが、今や千回までは行けるようになった。

 

「こんなもんか……」


 呟きながら天井へ向けて伸ばしていた足を床に下ろし、程良く感覚が無くなってきた腕を見る。

 ひたすらトレーニングをやった甲斐あって、以前よりも引き締まったような気がする。

 

 この三ヶ月間、ずっと遊んでいたわけではない。

 最初の一ヶ月は知っている強豪探索隊の求人に応募してみたが、『雑用はスキル持ちがいるからいらない』と断られてしまった。知らぬ間に雑用係としてのイメージを持たれていたらしい。

 次に中堅や無名な探索隊にも応募してみたが……実技試験の時に並みの探索者よりも俺の方が強いという事に気付いてしまった。

 それからの二ヶ月間はどこかに属する事は考えず、一日の休みも入れずにトレーニングと戦闘訓練を続け、とにかく体を鍛え続けた。


「よし、行くか」


 呟いた俺は書類の入った鞄を片手にジムを出る。

 ――探索隊を結成する事にしたのである。


 一週間後、俺はドーム状の大型施設の前までやって来た。

 昔は有名なイベント会場としてその名が知られていたのだが、七年前に突如としてダンジョンが出現し大惨事を引き起こした事で、今となっては口に出すのも憚られる存在になってしまっている。

 そのため探索者の間ではここを『レプティビス』の隠語で呼んでいる。滅びた中世風の街並みと、爬虫類っぽいモンスターが多く生息していることが由来だ。


 生きて帰る事が出来るだろうかと、そんな不安を胸に入口を警備している自衛隊へ探索証を手渡す。

 それは政府機関であるダンジョン省が発行する許可証で、機械に読み込ませることで誰がどのダンジョンに入っているかが分かるという優れモノだ。

 

「ご武運を」


「どうも」


 いつものやり取りをして建物の中へ入る。

 大人数の人間が出入りする前提で作られただけあって建物は広く、それなのにここを歩くのが俺だけなせいで殺風景に感じられる。

 いつもなら誰かと一緒にここを歩く事もあり、少し寂しく感じながら歩いて行くと、『関係者以外立ち入り禁止』の文字が掛かれた白い扉が見えて来る。あれが休憩室だ。

 戸惑いなくその中へ入ると、これから探索へ向かう様子の若い五人の男たちと、仲間を失ったのか暗い面持ちの六人組がいた。

 

 アレを気にしているとこちらまで死にそうなため、なるべく存在を無視して空いているテーブルにリュックを置いた俺は、忘れ物が無いか確認を始める。

 リュックには食料と治療キッド、鑑定石、地上と連絡するための無線機、携帯トイレなどが詰め込まれていて、必要なものは全て揃っているのが分かった。

 腰に下げている剣を鞘から引き抜いて刃こぼれしていないか見た次に、体を守る複合鎧も穴や目立った傷が無い事を確認する。

 腕のホルダーにスマフォを取り付けてマップを表示させた俺は。


「よし」


 リュックを背負い直し、五人組の探索者たちにだけ軽く挨拶した俺は部屋を出て、ダンジョンの入り口へ向かって進む。

 ダンジョンが出現してからすぐさま立ち入りが規制された事で施設内はほとんどが当時のまま放置されている。

 グッズの販売を行っていたブースなんかはそのまま放置されているし、イベント告知のポスターだってそのままだ。

 

 施設の中央に位置する一万人以上を収容可能だったホールに入ると一気に様相が変わる。

 ロケットでもぶちかましたのだろう、あちらこちらの座席が吹き飛ばされていたり、モンスターによって破壊されたのか二階席が崩落していたりと、激戦があったことを物語る。

 事件後に遺品回収は行われたのだが、今でもハイヒールや飲み掛けだったであろう紙コップ、何かの血だまりの跡などはあちこちに残っている。

 何度歩いてもここは気分が重くなり、きっとこれからも慣れる事は無いのだろうと、そう予感する。


「ビビるな……」


 自分に言い聞かせながら緊張で震えてきた手で頬を叩く。

 スネークバスターズに所属していた間は荷物持ちや飯の用意なんかの雑用ばかりで戦闘に参加する機会は少なかった。

 しかしこの二ヶ月間、一人でも探索できるようにトレーニングと戦闘訓練を欠かさずに行って来た。

 魔法の練習が出来なかったのは心残りであるが、そこは鍛えたこの体でカバーしよう。


 自分に言い聞かせながら奥側に位置するステージの方へ向かって歩く。

 ステージの上ではダンジョンの入り口である石造りの門が堂々と佇み、その先には中世風の街並みが薄っすらと見える。

 どうでも良いが、裏側から中を覗いても同じ景色が広がっており、新米の探索者は少し驚くのが定番だ。


「ん?」


 一人の女性がゲートをくぐって現れ、その後を追いかけるようにして男たちが追いかけて出て来た。

 事件かと思いこっそり近付いてみるが、ヤツらの顔には見覚えがあった。


「なあなあ、俺らのパーティ入らん? 丁度、無能な雑用蹴って【異空間収納】持ち雇ったから、そんなデカい荷物背負う必要無くなるぞ?」


「い、いや……」


 しつこくナンパする芦川たちに、柳眉をへの字に曲げて困った顔をする美女。

 彼女の名は三毛谷雪音、女性でありながらいつも一人でダンジョンへ潜る上に、アイドル顔負けなルックスを持つため、かなりの有名人だ。

 そのせいでスネークバスターズの面々は彼女を見かけ次第ナンパと勧誘を仕掛けるため、俺が毎回止めに入っていたが……。

 あの様子だと俺がいない間はしつこく声を掛けて困らせていたのだろう。

 

 哀れんでいると彼女は何かの魔法を唱えて姿を消し、困惑するバカどもの横を影が通り、ダンジョンの入り口へと消えて行った。

 俺がいた時は透明化の魔法を使うところを見た事なんて一度も無かった事を踏まえると、あいつらがしつこすぎて新たに習得したのかもしれない。

 そんな事を考えつつ、あいつらに絡まれたくない思いから、近くの座席の陰に隠れて様子を見ていると、逃げたのだと勘違いした様子の彼らは外へ向かって駆け出して行った。


「大変だな……」


 三毛谷に同情しながら立ち上がった俺はアイツらが戻ってくる前にと、階段状の通路を小走りで進み、梯子を伝ってステージに上がる。

 埃を被り蜘蛛の巣が張られたボロボロの楽器がノスタルジックな雰囲気を醸し出している。

 石を組み合わせただけにしか見えない門の前に立った俺は大きく深呼吸して。


「生きて帰らんとな」


 死んでも肉体の損傷具合によっては魔法で蘇生も出来るのだが、大半の人間が精神を病んで結局自殺すると言われている。

 嫌なことを思い出してしまいながら、俺は門を通ってダンジョンの中へ入った。

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