不当解雇された雑用係は凄腕コミュ障魔術師ヒロインと共にダンジョンを攻略するようです

ぴよぴよ

第1話 不当解雇

「剣護、隊を抜けろ」


 会議に呼び出されて早々に言い放たれたその言葉に俺は固まった。

 こちらに無機質な目を向けて返事を待つ隊長の女鳥羽郁人と、その後ろで隊員の皆とトランプを楽しむ副隊長の芦川淳也。

 頭の中は困惑でごちゃごちゃなのにも関わらず、そんな光景が嫌と言うほど鮮明に見える。

 自然と手足が震え始めながら


「待てよ、何で急に……」


「スキル持ちが見つかった。しかも【異空間収納】……わざわざお前を雇ってる必要が無くなったんだよ」


 ダンジョンが世界中で現れるようになった日――俺が生まれる四年くらい前だ――から、極稀にスキルを持って生まれる人間が現れるようになった。

 強豪の探索隊がスキルを持つ人間を積極的に雇用するようになり始めた辺りでこうなるのは予想していた。

 だから転職活動を始めていたのだが……こんなにもいきなりだとは思わなかったな。


「……そいつ、雑用できるのか?」


 せめてもの反論を試みるが、後ろで聞いていた芦川が鼻で笑う。


「お前さあ……雑用なんかちょっと教えりゃ誰でも出来んだよ。それならスキルの有無で決めるってだけだ」


「安心しろ、今月と来月分は払っといてやる。まあ、出来高制だからあんま多くねえけどよ」


 そう言いながら女鳥羽は書類を差し出し、それを受け取りながら。


「……分かった」


 全員の迷惑そうな顔に対する苛立ちと、手を出したら自分が悪者になるとする理性の板挟みになりながら、俺は会議室を出た。

 確かに俺の探索者としての腕は並だ。

 精々、他より多少タフで怪我の治りが早いくらいの取り柄しか無い。

 そんな俺がこの探索隊に入れたこと自体が奇跡だったのかもしれない。


 暴れたい衝動を抑えるため必死に自分へ言い聞かせながら、雑務室の私物を回収した俺はエレベーターに乗り込む。

 本当は労働者の権利を振りかざしてやりたいが、そういうことをすると恨みを買ってダンジョン内で……なんてことも珍しくない。

 今後も探索者としてやっていくためには黙って引き下がるしか無いのである。

 と、天井近くに設置されているテレビが映像を流し始め、チラとそちらに目を向ける。


『今流行りの探索隊、『スネークバスターズ』! ダンジョン省も認める社会貢献度最高位の探索隊に強さの秘訣を――』


 その秘訣とやらが流れる前に一階へ着いてしまった。

 短い時間しか乗らないエレベーターで長い広告を流そうとするのはバカだと思われるから辞めた方が良いだろうと思っていた。

 しかし、今後ここを訪れる人間が鼻で笑うだろうと思うといい気味だ。言わなくて正解だった。


「さて、どうすっか」


 赤い絨毯の敷かれた無駄に煌びやかなロビーを抜けて外へ出た俺は、仕事道具を詰め込んだバッグを片手に立ち尽くす。

 これからダンジョンへ向かうのであろう鎧を身に纏った人もいれば、忙しそうに電話をしながら足早に進むサラリーマンもいる光景。

 ふと、この光景を見た婆ちゃんが驚いていた記憶が蘇りながら、一先ず駅の方へ向かって歩き出す。

 午前の十時だというのにのんびりと歩いている高校生カップルを追い抜かそうとすると。

 

「ショウ君は高校卒業したら何になりたい?」


「探索者一択だろ。あんなスーツ着てパソコンカタカタしてる人生なんてダセエから」


 ああ、俺も三年前はこんな会話をしていた。

 こんな風に興味津々な問いかけをしてくれたあの子は他の男と結婚して二児の母……。


「やべぇ……」


 ダンジョンの出現による大幅な景気の回復と、国の少子化対策が合わさった事で、初婚年齢が二十歳前後にまで急落した。

 高校卒業する前に式を挙げる奴だって珍しく無くなって来ているし、このままでは行き遅れ待った無しだ。


「どうすっかな……」


 焦りを覚えるが、そもそも職が見つからなければ結婚だの子育てだの、そんな事をする余裕が生まれない。

 でも俺のような雑用くらいしか経験の無い探索者を雇ってくれる所があるのかと言えば疑問である。

 そんな事を考えているうちに駅が見え始め、その近くには緑色の看板が建物の影から顔を覗かせている。


『ハローワーク』


 失業保険を受けるのである。

 

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