第2話 システム起動。



『苦痛耐性+3が発動します!』



「何寝てんだぁ!? アァ!? 昨日言ったよな。俺は腹が減ってるってよ、オラ!」

「がふっ、お、おぇ……」


 痛え。何が起こった? 何が起こっている? 強烈な腹の痛み。鼻をくすぐる砂埃にすえた体臭の匂い。俺は一体、どこに。


「なあ。お前になんの価値がある? なにもできねぇ、禁獣一匹もころせねえ、俺の飯の用意すらもできねぇ。何の役にもたたねぇグズが! ええ!? なんか言ってみろよ!」

「がぶ、おぇ、ぶ、ふっ__!?」


 髪の毛を掴まれ、ずるずると引きずられたあと、顔面に蹴りを入れられる。痛いには痛いが、何故か不思議と思考は冷静に回る。


 連続で蹴り飛ばされ、正直死にそうだが、ようやく状況が掴めてきた。


「はぁ、はぁ……妙に死なねぇしよぉ。あーだる。てめぇ二度とこの家に来るんじゃねぇぞ。次顔みたら本気でぶっ殺すからな」


 ぺっと唾を吐き捨て、俺を家の外に蹴り出して中に戻っていくやせ細った男。


 みすぼらしい家の中からは、無駄な買い物をしちまったなぁ! 誰かさんのせいでなぁ!? と大きな声で喚き散らしているのが聴き取れた。


 とりあえず、逃げなくては。このままでは本当に死んでしまう。今は、この頭に溢れ出る奴隷としての記憶を、整理しなくては。


 ゆっくりと立ち上がり、音を立てないように慎重に歩き出す。特にあてはない。


 ただ、あの男から離れたかった。









「いっ、イツキ……? 大丈夫……?」


 歩いている途中で、声を掛けられた。みすぼらしい藁と枯れ木でできた家が沢山ある。


 腫れ上がった顔で声の方向を見ると、そこには同じ年齢の女の子__同じ年齢なのか? この幼女と? 俺は高二の誕生日が来てない16歳だったのに? あぁ、頭が痛い。


 名前はレイラ。薄暗い濁った深海のような瞳が俺を見つめる。卑屈な笑みが絶えない。顔は痩せこけ、まるで野犬だ。


「……ああ。いつも通りだよ」

「で、でも、さ? 今日のコルクおじさんはすごかったよね。あんなに機嫌が悪いのは初めてだよね?」


 ちらちらとご機嫌を伺うように話しかけてくる。何でだ? こいつに対して無性にイライラする。


 落ち着け、俺。俺は16歳だぞ。どう見積っても10歳未満の幼女にどうしてそこまでイライラする。これは、俺の感情なのか?


「……そーだな。死ぬかと思った」

「えへ、えへへ、そう、だよね……! あ、まっててね。い、いま傷に良い葉っぱ、もってくるから」

「あー、ありがとう」

「う、うんっ! まかせてね!?」


 俺が感謝を伝えると、卑屈な笑みがようやく嫌な印象を与えない綺麗な笑顔に変わった。小走りで去っていく姿を眺める。


 何でこうレイラは卑屈なんだ。堂々としろよ気持ちわるい__は?


 いま、俺が考えたのか? マジで? いや、違うだろ。流石に俺でもわかる。横道一樹という思考に何かが混じってきた。これは……


 今までの人生がフラッシュバックのように流れ始める。俺は奴隷階級で生まれた。物心ついたときには既に親の姿はなく、俺を育てた__いや、生かした奴隷商人が嫌な笑みを浮かべ、


『父親は禁獣のエサ、母親は……今頃どうなってんだかなぁ? 良かったなガキ。家族が増えてるかもしれねぇぞ? 薄汚ねぇ野良犬の血が混じってるかもしれねぇがなぁ! ひひ、ひひひひ!』


 とブツブツ呟いていたことを今でも覚えている。そこから、1年。砂漠と廃墟を渡り歩き続け、奴隷としての生き方を仕込まれた。


 2年目に俺は売られ、あのコルクとかいうクソ野郎に買われた。仕え始めてもう1年になる。


 俺はそのうち死ぬつもりだ。あいつを殺して、ギタギタにして、指の爪を1本ずつ剥がして、そして__っ!


 自分が恐ろしい形相をしていたことに気付く。なるほど、な。何となくだが理解はできた気がする。


 俺は、荒廃し、既に滅んだドゥームダウンの世界に迷い込んでしまったようだ。それもキャラクリしたキャラに入り込む形で。


 なんで奴隷なんて選んじまったんだ俺。最悪すぎる。ズキズキと頭は痛いし、身体も全て痛む。腹が減って喉も渇いた。


 間違いなく、最悪。


 だが、この世界がゲームだってんなら、ステータス画面くらい出るよな。



「ステータス、表示」



★名前 [イツキ]

★種族 [人霊]

★職業 [開拓者]

★レベル 0

★所持システム [ドゥームダウン][耕作ファームランド]

★生まれ [奴隷]

★才能 [開拓の才][浄化の才][逃走の才]



 目の前に出現した、あの黒い空間にあったウィンドウ。やはりここはゲームの中だ。



『条件達成。システム:ドゥームダウンを起動します』

『より適した表示形式に最適化します』



★名前 [イツキ]

★種族 [人霊]

★職業 [開拓者]

★レベル 0

★才能 [開拓の才][浄化の才][逃走の才]

★PERK


『コツ系』

[採取のコツ+2][労働のコツ+2][工作のコツ+1]


『行動系』

[開墾+2]


『体質系』

[腹持ち向上+1][秘められた才能+2][自然感応+1][大地の恵み+2][殺害適正+1][鉄の胃袋+2][苦痛耐性+3][貧者の瞳+2]


★BAD PERK [瘴気耐性-1][自然補正-1][人間恐怖症][不信]


★起動中システム [ドゥームダウン]

★待機中システム [耕作ファームランド]



 なんか知らねぇマイナスPERK増えてんだけど。ええ? 奴隷生活で手に入れてしまったPERKってやつか。



『チュートリアル! まずは木を手に入れましょう!』



 視界に黄色い矢印が生まれる。矢印の先は、ぼろっちい民家たちだ。いやいや、それは壊しちゃアカンでしょう。コルクと仲がいいジジイ共の住処だし、壊したら今の俺では殺される。


 壊すか、壊すまいか悩んでいると、レイラが帰ってきたみたいだ。



「ふ、ふぅ……お、お待たせっ! 大丈夫だった? ま、またおじさんたちに虐められたりしてない?」


 汗を流しながら、心配そうに俺の顔色を伺う。俺と違って親も居て、その日に生死が決まらないやつは呑気でいい__否。自分を助けようとしている恩人だぞ? 皮肉交じりに何考えてんだイツキ。それを許しちゃ、親友に向ける顔がない。


「ああ。大丈夫だ。心配してくれてありがとう」

「……っうん!! はいこれ! あ、つけてあげようか……?」


 不安げに揺れる瞳を他所に、伸ばされた手の先にある何かの葉っぱを貰う。枯れたような茶色の葉っぱだ。微かに紋様のような葉脈が見える。



『貧者の瞳+2が発動します!』

★ヌカ草-8

 付けないよりはマシだろう。瘴気に侵され、もはや雑草に等しい。毒はない。


 ヌカ草の情報がポップアップし、ウィンドウに表示される。


 貰った草の品質は著しく悪いようだ。記憶を見てもこの世界でまともな植物が生えているとは思えないし、これくらいが限界なのかな?


『傷薬のレシピを思いつきました!』


『クラフトテーブルを開きます』

★傷薬

★必要な材料

 清涼な水?? ヌカ草×3



 ほう。問題は清涼な水とやらだな。記憶によればまともに飲める水なんてほぼ存在しない。限られた人間しか受けられない洗礼の儀にて、水魔法のギフトが与えられたら、手に入るのだろうか。



『工作のコツ+2、自然感応+1、大地の恵み+2、浄化の才が発動します!』

★傷薬

★必要な材料

 ヌカ草×1




 作れるらしい。作ろう。


『傷薬を作成します!』


 脳内に木を切るような音や、釘を打つ音が聞こえたと思えば、手の中のヌカ草が白いヌルヌルとした塗り薬に変わった。


 お、おおおおお! すげぇぇええええ! ちょ、楽しくなってきたよお!?



「い、イツキくん……それ、村長の持ち歩いてるツボに入ってるや、やつ……だよね?」


 ハッとレイラに振り向き、真剣な表情でお願いする。


「最近作れるようになったんだ」

「……すごいっ! そんなことができるなんて! これでイツキくんも」

「誰にも言うなよ、レイラ」

「えっ……ど、どうして? 価値があるってわかれば、おじさんたちもきっと優しくして……」


 狼狽えたように口を噤む。きっとレイラもわかってるはずだ。


「ねぇよ。100パーありえねぇ。あのじじい共は自分が気持ち良くなることしか考えてねぇんだ。監禁されてずっと傷薬を作らされるか、それとも俺を禁獣扱いして殺しにくるか、2択だ。あいつらは頭が悪いからな」

「で、でもっ……」


 泣きそうな顔でこちらを見つめる。きっと奴らは殺すか取り込むかしてくる。これは確信だ。


 奴隷として虐げられてきたからこそわかる。今のこの世界で、善い人なんてほぼ存在しない。自分より弱いものから、限界以上に搾取する、ただそれだけの世界だ。


 ふざけやがって。きっと、俺の父さんは餌に、母さんは薄汚い盗賊の慰み者になって死んでいった。何故だ? なぜ俺はここまで苦しまなければならなかった。


 ストレス発散に殴られ、蹴られる日々が脳裏を過ぎる。足の指の骨が折れたこともあったな。


 それも全部あのじじい共のせいだ。殺す、殺して__それよりも先にやることがあるだろうが。


「頼むよ、レイラ。お前だけが頼りなんだ」

「……ぅん」


 小声で返事をするレイラ。どろりと歪んだ深海の瞳。ただの視線のはずなのに、変な温もりすら感じさせられる。少しぞくっとした。


 さて、俺はこれからどうすべきだ。


 視界に映るのは未だに家屋を指す矢印。流石にやめといた方がいいのは明白。とりあえずこの傷薬の効果でも試して……


「おい、おいおいおい! てめぇそりゃあ何だ? 白くて粘っこくてよぉ〜? まるで村長の秘密のツボの中身じゃあねぇか?」


 後ろから声が響く。完全にやらかした。俺はこの場に留まるべきではなかった。


 声の主はズビという荒くれだ。この総数20人にも満たないカスみてぇな集落で、間違いなく一番の暴力を持った存在。村長とも懇ろな関係にある。


 だがしかし、まだこの傷薬が俺の作ったものとはバレていない。逃げなければ。村長から物を盗んだなんで思われたら、拷問されて見せしめにされるに決まってる。


 俺は踵を返し、走り出した。


「あっ、テメェ!! おいみんなァ! コルクの奴隷が村長から癒しの膏薬を盗みやがったぞォォォオ!!!!」


 記憶が正しければ、俺の年齢は9歳。意味わからんくらい幼い。対してズビはどう見たって20後半はいってる。


 どう足掻いたって逃げきれない。だが走るしかない。俺の傷薬がバレてしまった以上、俺はここで逃げ切るか、死ぬかの2択。



『労働のコツ+2、逃走の才が発動します!』



 脳内と視界に表示される、システムメッセージ。


 全力で民家の間を駆け抜け、瘴気に満ちた荒野へと走り抜ける。



「ちょ、 なんだあのガキ、速すぎんだろォッ!? だがあの方向は……へっ、自分から死にに行くとはな」



 後ろから響く声すら耳に入らない、極限の逃走。妙に身体が軽い気がする。息切れに対して疲労も少ないような……。


 付いてきてるのか、どうなんだ? 酸欠になりかけながら走っていると、後ろを確認することすら儘ならない。


 そのまま走り抜けていると、とうとう村の端まで辿り着いた。この先の荒野から、禁獣たちはやってくる。


 だが行くしかない。薄汚い人間に、笑いものにされながら拷問されて死ぬより、禁獣に食い殺された方が100万倍マシだッ!


 微かに残った躊躇を踏み潰し、俺は禁獣の荒野に足を踏み出した。




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