第12章ー2
「喜べ弥紘。お前に素敵な婚約話を持ってきた」
それはとある休日の早朝のこと。
珍しく朝から呼び出されたかと思えば、笑顔で待ち構えていた隆成はそんなことを告げてきた。
弥紘はくるりと回れ右をして、部屋を出ようとする。
「あっ、こら。待て」
弥紘が掴みかけたドアノブが消失する。ドアは壁と同化し、瞬く間に密室が完成した。
苛立ちを隠す気にもなれない。弥紘は振り返って隆成を睨みつける。
「冗談は顔だけにしてくれ」
「ひどいなあ、もう」
椅子を軋ませ、隆成はふんぞり返る。
「何度も言うけど、僕ここの当主よ? お前は感覚が麻痺してるかもしれないけど、門廻の当主って本来滅茶苦茶偉いんだからな?」
「ならそんなふざけた話で人を呼び出すな。俺の休日を潰すな」
はあー、とため息を吐かれる。
「ふざけてないよ。むしろ大真面目な話だ。なあ、弥紘。お前最近また強くなったろ」
ふっ、と宙にモニター画面が出現する。
映し出されているのは、月白学園における弥紘の成績の一覧だ。
それらを見つめ、隆成は言う。
「成長自体はとても喜ばしいことだ。お前をスカウトした身としても、鼻が高いよ。ただ……最近のお前を見てると、力の成長速度に心の方がついていってないように思える。お前はすぐ歯止めが効かなくなるからなあ」
隆成の顔から笑みが消える。
「はっきり言うぞ。このままだと、そのうちレベルAに格下げされる恐れがある」
強いだけではレベルSでいられない。力を制御できてこその、レベルS。
弥紘はふんと鼻を鳴らした。
「下げたきゃ下げればいいだろ。好きにしてくれ。俺は島の外に出たいとも思ってないし権力にも興味ないから、何も困らない」
寧ろ面倒な仕事をまわされなくて都合がいいのではと思えてくる。
レベルSは重役候補。そのせいで自由な時間を奪われることも多々あるのだ。
「それだとこっちが困るわけ」
隆成は腕組みして弥紘を見つめる。
「お前は貴重な人材だ。優秀で、能力だけならいずれフェンリルの座につけるだけの素質があると僕は思ってる。だからこそ、危なくもある。いくらオオカミ社会が自由主義で実力主義だといっても、あまり度が過ぎると危険分子とみなされて排除されるぞ。
僕はね、将来有望な若い芽を摘みたくはないんだよ。お前はちゃんと幸せになれ。あと長生きしろ」
弥紘はしかめっ面になる。高成は真面目な顔で真面目な話をしているが、
「なんでそれが婚約どうこうって話になるんだよ」
さっぱり意味が分からない。
すると隆成は笑って、
「ああ、それはね。お前のことお気に召してるオオカミのお嬢さんがいるっていうから。ちょうどいいんじゃないかと思って。
とりあえず色々試してみてさ。どうするのがいいか、一緒に探っていこうよ。パートナー設けるのは、あくまでそのうちの1つ。お前は他人に興味がなさすぎるからな。ついでにそこも改善されれば儲けものだし。……ああ、別にそのまま結婚しろって言ってるわけじゃないよ。合わなければ解消していい。けど、物は試しということで、しばらく付き合ってみてよ。いいだろ? 減るもんじゃないんだから」
減る。俺の個人的な時間が。
弥紘は苛立つ。
正直なところ、納得しかねる。が、こういう顔をしているときの隆成は、下手に反抗すると余計面倒なことになると経験で学んでいる。
「どうしても嫌なら僕にする? 僕ならお前が暴走しても止められるし。いいよ? コントロールできるようになるまで四六時中傍において、弥紘のことたっぷり可愛がってあげる」
……ほらきた。
「僕も立場があるから、仕事中は流石に遠慮してほしいけど。2人きりの時は前みたいに『お兄ちゃん』って呼んでくれても――」
「……分かった」
額に青筋を立てながら、弥紘は言葉を絞り出す。
「いい。婚約する」
隆成はさもご満悦そうに微笑む。笑うな。
彼を目一杯睨んで、弥紘は続ける。
「ただ、婚約しろっていうなら相手はもう俺の中で決まってる。あんたは余計な口出しするな」
「えっ? なになに、もしかして好きな子いた?」
誰? 誰? と隆成はウザ絡みしてくる。本当に鬱陶しい。
話は済んだ。弥紘は隆成を無視し、オオカミ化して。
元々ドアがあった辺りの壁を異能で破壊し部屋を出る。
「だから壊すなって」
嘆く隆成の声が遠ざかる。
「それでなんで俺のとこ押しかけてくるのさ……」
部屋を訪ね、爆睡していた飛鳥を叩き起こし、先ほどの隆成とのやり取りを話して聞かせると、飛鳥は唖然として言った。
寝起きでぼさぼさの頭を掻きながら、困り果てたように眉を下げる。
「たしかにね、俺弥紘のことは好きだけど。でも恋愛感情はないんだわ。全くもってタイプじゃないんだわ。ごめんなあー、気持ちだけは有難く貰っとくから。これからもいい友達でいようなー」
「阿呆。何勝手に勘違いしてんだ」
ベシッと弥紘は飛鳥の頭をはたく。
「そうじゃなくて。いいか、隆成が笑顔で勧めてくる相手なんて絶対碌な奴じゃないに決まってるだろ。期限付きだとしてもそんな奴と行動を共にするのは嫌だ。頼む飛鳥、探してくれ。誰でもいい、ヒトの女1人教えろ」
隆成はヒト嫌いだから。ヒトなら奴の息がかかってないだろう。
「あー、そういうこと」
合点がいった様子で、飛鳥は枕元に手を伸ばし、充電されたスマホを掴む。
「じゃあー……とりあえず、弥紘の好み教えてくれる? 適当に条件言ってくれれば合いそうな子探してあげるよ」
弥紘は少し考えて、
「美人で頭良くて俺のやること邪魔しない、言うこと全部聞いてくれる女」
「うっわあー……」
飛鳥はドン引きする。お前が言えって言ったんだろ。
「ええと、そうだなあー」
飛鳥はしばしスマホをいじり、
「……あ。この子とか頭良くて可愛くていいんじゃないかなあ。1年の十六原絃那さん。それから――」
「いい。そいつにする」
話を終え、立ち去ろうとする弥紘を、飛鳥は慌てて引き留める。
「ちょっ、顔も見ずに決めちゃっていいの?」
「誰でもいいって。飛鳥が勧めてくれるなら問題ない。お前の他人を見る目は俺も信用してる」
飛鳥から苦笑いが返ってくる。
「嬉しいけどさあ。なあ、この子で決め打つつもりなら絶対本人に『誰でもよかった』とか言うなよ? 機嫌損ねて受けて貰えなくても知らないぞ」
「分かったよ。俺のスマホにデータ送っといてくれ。学園長と保護者に話をつけてくる」
はいはい、と半ば呆れ気味の飛鳥の声を聞きながら、弥紘は部屋を出る。
話は滞りなく進み、その後、弥紘は十六原絃那本人と対面を果たす。
弥紘としては、婚約者が存在すればそれでよかった。
隆成に従う素振りはみせたものの、言うとおりにする気は一切なかった。
だから、これがお飾りの婚約者との、最初で最後のまともな会話らしい会話になる予定だったのだが。
時間にして十数分。
たったそれだけの間に、十六原絃那は弥紘の心を奪った。
なんかもう、自分とは全然違うのだ。
弥紘よりずっとずっと弱くて、そのくせ弥紘にはない強さを持っていて。弥紘が持っていないものをたくさん持っていて。
見ているとつい意地悪したくなるような、でも、うんと優しくどろどろに甘やかしたくなるような、よく分からない気分になる。
(十六原絃那……絃那……)
よく分からないけれど。また会いたいし、もっと話がしたい、と。
柄にもなく弥紘はそう思ってしまったのだ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます