自己肯定感ゼロのボクっ子陰キャちゃんを全肯定してみたら激重ヤンデレになりました

崖の上のジェントルメン

1.始まりの雨




ザーーーーーー……



……2025年6月2日。僕はバケツをひっくり返したかのような大雨の中、学校帰りにとあるマンションへとやってきていた。


四階までエレベーターで上がり、真っ直ぐに伸びた廊下を歩いていく。僕が持つ濡れた傘から雨が滴り、地面にポタポタと落ちていく。制服も湿気で蒸れていて、背中にピタッと白シャツが貼り付いている。


「………………」


そして、廊下の一番突き当たりである、405号室の玄関前についた。インターホンを鳴らすと、玄関の向こうから「はーい」という声が聞こえてくる。


ガチャガチャと鍵を開ける音が鳴り、ギィ……と音を立てて扉が開く。


そこには、上下黒色のスウェットを着た女の子が立っていた。


黒い髪は長く伸びており、顔の前にも垂れていた。目の下の涙袋が目立つ人で、目を見ようとするといつもその涙袋に視線が行ってしまう。


……黒影 彩月さん。


それが彼女の……僕の恋人の名前だった。


「し、白坂くん、いらっしゃい」


黒影さんは、ぎこちなくも可愛らしい笑顔で出迎えてくれた。僕は「お邪魔します」と告げてから、玄関を上がった。


傘を傘立てに入れて、靴を脱ぐいだら、黒影さんに連れられて、仄暗い家の奥へと進んでいく。


奥には、彼女の部屋があった。黒影さんは扉を開けて、僕に向かって「どうぞ」と告げる。


僕は「ありがと」と一言返してから、その部屋へと入った。


部屋には、ベッドにテーブル、本棚、勉強机、そして壁に時計がかけられていた。本棚に入っている本はすべて漫画で、勉強机の上にも漫画のキャラクターのグッズなんかが陳列されていた。


僕がベッドに腰かけると、黒影さんも右隣へ腰を下ろした。そして、彼女は僕の右腕をぎゅっと抱き締めた。


「今日も、“ボク”のところへ来てくれて、ありがと、白坂くん」


「うん、僕も黒影さんに会えて嬉しいよ」


「え、えへ、へへへ……」


彼女は顔を赤くしながら、照れ臭そうにはにかんだ。


そして、僕の肩に顔を埋めて、すーっと鼻で息を吸い込んだ。


「白坂くん、い、いい匂い……」


「ええ?そうかな?」


「うん、お、お日さまみたいな匂い」


「雨降ってたのに?」


「うん、白坂くんはいつだって、お日さまだよ」


黒影さんはくんくんと、可愛らしい子犬のように僕の肩を嗅いでいた。僕はその間何もせずに、肩がくすぐったいのをじっと堪えていた。


「黒影さんは、今日は何してたの?」


「今日は、1日ずっと寝てた。雨が降ってるから、頭痛くて」


「そっか、黒影さん偏頭痛あるもんね。大変だね、気圧が変わるだけで頭痛くなるなんて」


「うん。でも、白坂くんが来てくれたから、もう大丈夫」


「ははは、そっか」


彼女からそう言われて嬉しかった僕は、声を上げて笑っていた。



ザーーーーーー……



外からの雨音が、部屋の中に満ちていた。


「そうだ、ボクね、漫画読んだよ。し、白坂くんから、前に教えてもらったやつ。ネットでちょっと、無料公開されてたから」


「おお、ドラゴンボーイ読んでたんだ。どう?面白かった?」


「うん、ネットのミームの元ネタがたくさん出てて、お、面白かった」


「ははは、確かにネットでよく上がってるもんね」


「ボクは、ナンバー18さんが好きだった。かっこよくて、でも可愛くて。こんな感じの人になりたいなって思った」


「あー、ナンバー18さんはいいよね。僕も好きなキャラだな」


「あと、御飯くんもいいなって思った。強くて優しくて。まるで、白坂くんみたいだなって」


「ええ?いやいや似てるかなー?」


「うん。あ、で、でも、もちろん白坂くんが一番、素敵だよ?」


「あはは、ありがとう」


彼女との雑談は、楽しかった。友人たちとのわいわい騒ぐ話ではないけれど、とても落ち着くものだった。ちょっと気を抜くと思わず微睡んでしまうような、そんな穏やかさがあった。


「………………」


ふと、壁かけの時計を見てみると、17時30分を表示していた。いけない、そろそろ出ないと、17時42分のバスに乗り遅れてしまう。


外はまだ雨が降っていて、少しも止む気配がない。またこの土砂降りの中帰るのかーと、そんな憂鬱な気持ちになって、ため息をついた。


「じゃあ、黒影さん。僕そろそろ帰るね」


僕はそう言って、ベッドから立ち上がった。


「え?も、もう……帰るの?」


黒影さんの表情が、一気に曇った。さっきまでのはにかんだ笑顔が一瞬にして消え去り、見捨てられた子犬のような眼差しで僕のことを見つめていた。


「うん。ごめんね、そろそろバスの時間なんだ。今日は雨も酷いし、ちょっと早めに帰るね」


「……お、怒ってる?」


「え?」


「白坂くん、も、もしかして、怒ってる?」


「………………」


黒影さんからの問いかけに、僕は思わずきょとんとしてしまった。一体、何を怒ることがあると言うのだろう?


そんなことを思っていた矢先、彼女は僕の腕をがしっと掴んだ。そして、眉をひそめてまた尋ねてきた。



「ボクが、男キャラのこと、“いいな”って言ったの、怒ってる……?」



「……男キャラって、さっき言ってたドラゴンボーイの御飯のこと?」


黒影さんは、こくりと頷いた。


「白坂くん、ため息ついてて、ちょっと、顔……怖かったから」


「………………」


「ご、ごめんね?ほ、ほんとに白坂くんが一番だよ?こ、この世の誰よりも、白坂くんが、い、一番、だから……」


「………………」


「か、勘違い、させちゃって、ご、ごめん、なさい……」


黒影さんは悲痛な表情を浮かべながら、懇願するようにそう語っていた。


まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。漫画のキャラに嫉妬しているように思われたのか。


彼女の思い込みに少し面食らったけど、僕はなんとか気を取り直して、彼女に向かって微笑んだ。


「大丈夫だよ、黒影さん。僕はちゃんと、君の一番だって分かってるよ。さっきため息をついたのだって、この雨の中帰るのが億劫だったからだよ」


「そ、そうなの?」


「うん。だから、黒影さんのことを怒ってなんていないよ」


「ほ、ほんと?ほんとに違う?」


「うん、もちろん」


「………………」


そう伝えたら、黒影さんは目にいっぱい涙を浮かべた。そして、僕の腰の辺りに抱きついて、静かに泣き始めた。


「ぐす……っ、うう……よかった……」


「………………」


「め、面倒臭い彼女で、ご、ごめんなさい……。ボク、き、君にだけは、嫌われたく、ないんだ……」


「………………」


「い、いつも、怖くて……。白坂くんがボクに愛想尽かしたら、ほ、ほんとに、ボク、独りになっちゃうから……」


「……黒影さん」


「ボクには、し、白坂くんしかいないんだ……。“ボク”っていう一人称を許してくれるのも、ボ、ボクみたいな、価値のない女の子を気にかけてくれるのも、君しか……君しかいないんだ」


「………………」


「白坂くんの言うことなら、な、なんでも聞くからね。し、白坂くんが死ねって言うなら、死んでもいいから……」


「止めてよ黒影さん、そんなこと……」


「白坂くん、き、気持ち悪い彼女でごめんなさい。お、重たくて、嫌だよね。うざいよね。でも、でも……」



───もう二度と、独りになりたくないんだ。



……黒影さんは、肩を震わせて泣いていた。どんよりと暗い部屋の中に、彼女の嗚咽が小さく響いていた。


僕は静かに、彼女のことを抱き締めた。そして、頭を優しく撫でていた。


「黒影さん。君を独りになんて、させないよ」


「………………」


「大丈夫、僕がいるよ。大丈夫……」


「……ありがとう、白坂くん」


「うん」


「好き、大好き……」


「……うん」


時計を見ると、もう18時50分だった。僕は目をぎゅっと瞑って、己の本心に問うた。


(……違う、違うよ。白坂 風太、お前がやりたかったのは、こんなことじゃないだろう?)


僕は、彼女を助けたかった。彼女の抱える孤独感を、なくしてあげたかったんだ。


でも、僕と付き合いはじめてから日を増すごとに、彼女は僕への依存度を深めている。昔に比べたら笑ってくれるようにはなったけど、でもこれは……前以上に危うい状態なんじゃないだろうか。


彼女は、自己肯定感がほとんどない。最早ゼロと言って差し支えない。そんな彼女を見ていると、本当に不安定で心配になる。僕のちょっとした挙動で、下手したら自ら命を……なんてことも危惧してしまう。


どうすれば彼女が……自分のことを肯定できるようになるんだろう。自分のことを愛せるんだろう。どれだけ頭を捻っても、その答えは出そうにない。


「………………」


……それに、それに僕は。


この、依存されている現状を、少し嬉しいと思ってもいる。


自分が必死に求められていることに、快感を覚えている節がある。必要とされていることに、喜んでしまっている。


つくづく、僕は嫌なやつだなと思う。彼女が本当に好きなんだったら、彼女が成長できるように頑張るべきなのに。そこを曖昧にしようとしてる。


罪深い人間だ、僕という男は。



ザーーーーーー……



雨音が、僕の鼓膜を揺らしている。


雨音を聞くと、黒影さんとの始まりを思い出す。僕も彼女もまだ1年生で、今から半年以上も前になる。


あの日も、今日と同じように、外はバケツを返したような雨が降り注いでいた……。













……2024年10月1日。


残暑がようやく落ち着いて、風がだんだんと冷え始めてきたこの時期。僕のクラスである1年4組、席替えがあった。


今回、僕は窓際の一番後ろの席となった。自分の席からクラスメイトみんなの背中を一望できる、そんな場所に座っていた。


「よーし、11月まではこの席順でいくからなー」


教卓に立つ先生が、僕たち生徒に向かってそう告げた。


「おっ!純一!席近いじゃん!」


「うっすリョータ!」


「かなっちー!よろしくねー!」


「やったー!桜ちゃーん!」


自分の席の近くに親しい友人が来て、喜び合うクラスメイトたち。そんな彼らを眺めていると、全然関係ない僕もなんだか嬉しくなって、いつの間にか口許が少し緩んでいた。


「……………………」


クラスメイトたちに向けていた目を、今度は隣の席の人へと向けた。


黒影さんだった。


(黒影さん、か……。一緒のクラスになって2ヶ月経つけど、まだ一回も話したことないな)


今回、僕は親しい友人とではなく、彼女が隣の席となった。正直に言うと友人が来て欲しかったなという思いもあるが、こういう席替えが知らない人と仲良くなるためのきっかけになる。これを機会に黒影さんと仲良くなれたらいいなと、そう僕は思っていた。


「……えーと。こんにちは、黒影さん」


僕はとりあえず、最初の挨拶をしてみた。


黒影さんはびくっ!と肩を震わせて、おそるおそる僕の方へ視線を向けてきた。


「ああ、驚かせてごめんね。僕、白坂 風太っていうんだ。これから1ヶ月の間、よろしくね」


僕がそう言うと、黒影さんはぎこちない会釈をして、そのまま顔を前へと向き直した。









……黒影さんは、いつも独りぼっちだった。


お昼休みの時は、チャイムが鳴るとすぐに席を立ち、お昼休みが終わる寸前まで帰ってこない。誰かとお弁当を食べたり、談笑したりとかは一度もない。


いや、もしかしたら他のクラスに友だちがいるのかも知れないが、とにかく僕が確認できる範囲では、彼女が誰かと親しくしている姿は見たことない。


いつも肩を縮こませて、小動物のように隠れていた。


さらに、彼女はよく学校を休むことが多かった。少なくとも一週間の内、どれか1日は休むのが当たり前だった。


「えーと、ああ、今日は黒影さんはお休みです」


そんな休み常習犯なためか、先生も朝のホームルームでお知らせをする時、めちゃくちゃさらっと黒影さんが休んでいることを話す。


そしてクラスメイトたちも、黒影さんが休んでいることに対して、何も言わない。他の人が休んだりしていると「大丈夫かな?」「元気かな?」と心配そうに話すが、黒影さんだとそれがない。


まるで、もともと最初から、黒影さんがいないかのような空気だった。


でも僕は、それでクラスのみんなを冷たいと非難することはできない。こうして隣の席になって、僕もようやく……黒影さんが休みがちなことに気がついたのだから。


ぽつんと残されている机と椅子が、僕の目の端にいつも写っていた。




「……それじゃあ、このプリントは必ずお父さんとお母さんに見せてね」


10月11日。この日は帰りのホームルームで、担任の河野先生が、俺たち2年4組の生徒たちに重要なプリントを配った。


それは、緊急連絡網だった。そのプリントには、自分達の保護者の電話番号と連絡先がずらりと乗っていた。


「大事な個人情報だから、絶対無くさないでねー」


先生がそう言い終えた瞬間、ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。それを聞いたクラスメイトたちは、蜘蛛の子を散らすように教室から出ていった。


「ねーねー!今日部活って監督来るっけー?」


「広瀬ー!カラオケ行こうやー!」


「そう言えばさあ、利香んちって結構学校から近かったよねー?今度遊び行っていいー?」


ガヤガヤざわざわとクラスメイトたちの声で溢れ返る中、僕も鞄を背負って、みんなとともに教室を出ようとしていた。


「白坂くん、ちょっといい?」


その時、僕は後ろから声をかけられた。振り返ってみると、そこには学級委員長の西川さんがいた。


長い髪を後ろで結んでいて、キリッと切れ長な目を持っている。顔つきからも、西川さんが真面目な人であることは容易に伺えた。


「西川さん、どうしたの?」


「白坂くんって、黒影さんと仲いい?」


「黒影さんと?」


「うん」


唐突にそう尋ねられた僕は、顎に手を当てて、黒影さんの机へ目を向けた。


今日も彼女は、学校へ来ていない。朝から1ミリも動くことのなかったその机を見つめながら、僕は西川さんへ答えた。


「うーん、黒影さんとは話したことすらほとんどないけど……どうかしたの?」


「そっか……。いや、実はこのプリントを黒影さんに届けなきゃいけないんだけど……」


西川さんはそう言って、さっき先生が配っていた、緊急連絡網のプリントを俺へ見せてきた。


「いつもは学級委員長の私が持っていってるんだけど、今日は私、どうしても早く帰らないといけないくてさ……。それで、他の誰かに頼みたかったんだ。でも……みんなから渋られちゃって」


西川さんは困った顔で眉をひそめていた。


「…………………」


……渋られちゃった、か。まあ、そうだよね。黒影さんには悪いけど、彼女はあんまり他のみんなと仲良くない。プリントを届けるという雑用は、仲良くない人にはあまりしたくはない。その気持ちは僕にも分かる。


当たり前っちゃ当たり前なんだけど、それでもちょっと僕は……悲しい気持ちになった。


「……………………」


僕はもう一度、黒影さんの机へ目を向けた。誰もいないその席に、彼女の幻が朧気に見えた。


誰とも話すことなく、休んだ時も心配されることなく、そして……プリント一枚すら届けてもらえることもない。


僕は僕で、彼女とは隣の席であること以外接点がないけど、それでもなんだか、胸がきゅっと締め付けられるような痛みを覚えていた。


「……わかった。いいよ、僕でよければ持っていくよ」


「え?本当?」


「うん。誰かが持っていかないといけないんでしょ?なら、僕が行くよ」


「ありがとうー!めっちゃ助かるよ!」


西川さんは心底安堵した様子で、目を細めて笑っていた。


「黒影さんの家は、どこにあるの?」


「学校から、歩いて20分くらいのところ。あ、Limeに場所を送ろうか?」


「そうだね、そうしてもらえると嬉しい」


「ごめん、白波くん。いきなりこんな頼み事して」


「いいよいいよ、気にしないで。僕はチャリで通ってるし、十分もしないで着くと思う」


「ありがとう!えーと、よし!今Limeで送ったよ」


彼女はスマホの画面を俺へ見せてきた。確かに彼女の言うとおり、僕のLimeへ黒影さんの家の地図が送られていた。


「ありがとう、じゃあ行ってくるね」


「うん、お願い」


そうして僕は、西川さんからプリントを受け取り、黒影さんの家へ向かうことにした。









……曇天の下、西川さんから貰った地図を頼りに、自転車をこぐこと10分。僕はとあるマンションの前へと辿り着いていた。


「えーと、ここの405室……か」


自転車を駐輪場に置き、エレベーターに乗って4階へと向かう。


「405、405……あった、これだ」


該当の部屋を発見した僕は、すぐにインターホンを鳴らした。



ピンポーン



扉の向こう側から、インターホンの鳴る音が聞こえる。すると、数秒経ってから、インターホン越しに声が聞こえた。


『……はい。ど、どなた、ですか?』


それは、黒影さんの声だった。彼女の声はとてもか細くて、インターホンに耳を近づけないと、聞き取るのが難しかった。


「あ、えーと、こんにちは。東高校2年4組の、白坂です。黒影さんに渡したいプリントを持ってきました」


僕は初めて彼女とまともに喋るという緊張からか、同級生のはずなのに丁寧な口調で話していた。


『あ、えっと、プリント……は、その、ポストの中に、入れておいてください』


「ポストの中……あ、これですね」


僕は扉につけられているポストの中へ、プリントを二つ折りにして投函した。


「今、入れておきましたんで」


『はい、ありがとうございます……。ケホッ、ケホッ』


彼女はお礼を述べた後に、小さな声で咳き込んだ。


「それじゃあ、失礼します」


『は、はい。どうも……』


そうして、僕たちの会話は終了した。またエレベーターを使って一階へと帰り、駐輪場に置いてある自転車に股がって、家へと帰ろうとした。


「…………………」


だけど、僕はそのままチャリをこぐことなく、その場に立ち尽くしていた。


(……今さっき、黒影さん本人がインターホンに出たってことは、家の中は……誰も人がいないってことだよな)


親とかがもしいるんであれば、体調の悪い娘を起こすようなことはしないはず。わざわざ本人が僕の対応をしたってことは、彼女は今も家で一人なんだ。


そのことを理解した瞬間、僕はまた、胸がチクチクと痛くなった。


いや、僕だって彼女と特別仲良くしていたわけじゃない。でも、なんと言うか……誰か一人くらいは、彼女のことを気にかけてあげられる人が必要なんじゃないかって、そう思った。


もちろん彼女にとっては、こんな気持ちは余計なお節介かも知れない。だけど……。


「…………………」



ポツ、ポツポツ



曇天の空から、小雨が降り始めていた。僕の肩や頭に、その雫が落ちてくるのが分かる。


「……よし」


チャリをこいで、家とは反対 僕方向へと進んだ。向かった先は、コンビニだった。


そこでのど飴とゼリー、そして何個か飲み物を買った。それをビニール袋の中に入れて、チャリの籠の中に置き、また急いで彼女の家へと向かった。



ザーーーー……



コンビニを出ると、小雨だった雨が一気に強まってしまった。ちくしょう~、天気予報じゃ今日は晴れだったはずなんだけどなあ。


「ふー、やっとついた」


ズクズクに服が濡れた状態で、また僕は彼女の住むマンションへとやってきた。そして、さっきと同じようにエレベーターを使って登り、彼女の部屋まで訪ねに行った。



ピンポーン



インターホンを押すと、やはりさっきと同じく、黒影さんが『はい……』と言って尋ねた。


「あ、黒影さん。あの、お土産っていうか……差し入れを持ってきました」


『え?さ、差し入れ?』


「うん。よかったらいりますか?」


『………………』


しばらく間を開けた後、扉がぎぃ……と、音を立てて開いた。


そこには、灰色のパジャマを着ている、マスク姿の彼女が立っていた。


「やあ黒影さん、こんにちは。具合はどう?」


彼女と対面できて安心したのか、僕はいつの間にか丁寧な言葉使いを止めていた。


「これ、今さっきコンビニで買ってきたんだ。風邪ひいてる時は、こういうのがいいんじゃないかなって思って」


「…………………」


「のど飴とー、ゼリーとー、それからほら、飲み物。スポーツドリンクにしたけど、よかったかな?」


「……え、えっと、なんで?」


「え?」


「え、いや、な、なんで……買ってきたんですか?」


「いやほら、黒影さんが今、体調悪いんだったら、差し入れでもしようかなって」


「は、はあ……」


黒影さんはなんとも困った様子で、僕が手に持っているビニール袋を見つめていた。


「な、なんか……ごめんなさい。ボ……私なんかのために、気を使わせてしまって」


「いやいや、全然気にしないでよ」


「い、いくらですか?」


「え?いくらって?」


「この、いろいろ、買った金額……。いくらなんですか?」


「いやいや、いいよ返さなくて。僕が勝手にやったお節介だから」


「で、でも……」


「いいって!僕は平気だから」


そうして、僕はビニール袋ごと彼女へと渡した。そして、黒影さんへと小さく手を振った。


「それじゃ、また学校でね」


「…………………」


黒影さんは何も言わないまま、黙って頭を下げた。


そうして、僕は彼女の部屋から離れて、マンションから出た。



ザーーーー……



相変わらず、雨は未だに振っている。


僕は「へっくしゅ!」とひとつくしゃみをしながら、自転車にまたがり、家への帰路を走るのだった。



───────────────────

後書き


再開のお知らせ

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