【10997回目】①


【10997回目】


「待っていたよ、レオン」


 僕は最下層でレオン達勇者パーティーの一行に語りかける。レオン、マミ、ナイツ、キュア皆それぞれが目を大きく見開き、驚愕の顔色を浮かべている。無理もないだろう。一番弱い僕が勇者たちよりも早くこのB100Fのボスの扉の前で腰掛けているのだから。


「ちょ!! 何であんたがこんな最下層にいるのよ!」


「ん? まあいろいろあったけどね、ここまでは自力で潜ってきたよ」


「ふふふ、さすがのトライです!! ほら、皆さま、トライの実力を見抜く、私の慧眼けいがんを褒めてくれてもいいんですよ!」


 なぜか得意げなキュアが胸を張る。だが、そんな言葉を真に受けることなく、マミはレオンの方を向いて、意見を求めた。


「どうする? やっぱり催眠魔法スリプルをかけて……」


「いや、俺たちの負けだ。トライ、お前の言葉を信じよう。ダンジョンを自力で潜ってきたのであれば、それだけで実力を認めざるを得ない。俺たちだって、ソロだと最下層まで来ることなんて出来ない、そうだろう?」


「う、まあそうだけど……」


「それに、過去どこかで、約束した気がするんだ……。トライがダンジョンの最下層まで辿り着いたその際には一緒にボスを倒そうと」


「いつの話よ?」


「あれ、確かにいつだったか。遥か昔だった気もするし、昨日のような気もする」


「レオン! 君は……、もしかして……。……いや、やっぱり何でもない」


 僕は言葉を引っ込める。【224回目】に交わしたあのときの約束をレオンが覚えていたのかも知れない。そう思うと、今までの軌跡はすべて無駄ではない。僕が死んで来た世界は、断続的ではなく、連続的に繋がっているのかもしれない。


「ナイツ、君もいいか?」


「無論だ。戦士として、トライを誇りに思う。共に戦おう!」


「よし、決まりだ。となれば、トライ一緒に進もう」


 レオンは僕に手を差し伸ばす。僕は彼の手に掴まって、立ち上がった。レオン達、勇者パーティーの一員として、ミノタウロスに挑める。それだけで、僕の心は弾むようだった。いままで投げ出してきた僕の命、そのすべてが報われるようだった。


 僕たちは白い扉を開き、円形闘技場に足を踏み入れる。


「レオン、一つだけ良い?」


「ん、なんだ?」


「ミノタウロス、奴は最初に突進の攻撃をしてくる。僕は何とか回避するから、その直線上、壁に衝突した瞬間に最大火力をぶつけてくれ」


「……お前」


「ん? 僕、変なこと言った?」


「いや、頼もしくなったな、まるで勇者だ」


「僕が?? まさか、勇者はレオン、君だよ」


「フッ、俺は勇者なんかじゃないさ。単に職業が【勇者】なだけだ」


 僕はレオンの言葉の意味が分からず、首を傾げる。レオンはそんな僕の様子を見て、言葉をつづけた。


「勇者は、文字通り勇気がある者を指す言葉だ。決して馬鹿にするわけではないんだが、俺が実力のないお前の立場だったなら、ダンジョンの最下層まで来ようとは思えなかった、まして神話級のボスに挑むなど、到底出来なかっただろう。だから、トライ、お前は正真正銘、勇者なんだよ。俺が保証してやる」


「……そう、そうか。ありがとう、そう言ってくれると自信になるよ!」


 そう回答したものの、心の中では違うことを思っていた。いや、違うのだ。僕に勇気なんてありやしない。もし、これが追放されたことに対する、自分の名声を守るための行動であったのならば、B5Fの時点で諦めている。何度繰り返しても、死ぬのは怖いし、痛いし、辛い。今すぐにでも諦めたいくらいだ。でも、僕はこの絶望を認められないだけだ。


 今一度仲間の顔を見渡す。僕が守らなければならない仲間の顔だ。レオン、マミ、ナイツ、そしてキュア。誰一人欠けることも許すことが出来ない、僕は、傲慢で、強欲で、それでいて強情だ。自分の望む未来まで何度も何度も繰り返してやる。


 僕が覚悟を決めた瞬間に、後頭部がポンと叩かれる。


「いたっ! なにすんだよ、キュア」


「ふふ、気を抜いたね、トライ。こんな感じで、難しい顔を浮かべていたので、私がその仮面を外してやったよっ」


「そんなに難しい顔をしてた?」


「ええ、それはもう。トライにはそんな顔、似合わないよ。あの村で過ごしたときみたいに少年のような純朴な顔でいないとっ!」


「それじゃあ、昔のままじゃないか」


「ふふ、昔のまま、大いに結構じゃない。目標に向かって、前向きでひたむきな、少年みたいな顔をするのがトライなんだよ」


 前向きで、ひたむき、か。確かに、ユニークスキル【死に戻り】が発動してからというもの、後ろ向きになっていたかもしれない。


「ありがとう! 確かにそうかもしれない、気を付けることにするよ」


「あと、ぜーったいに死なないでね。村での約束も……あるんだから」


 キュアはまるで照れ隠しのように、僕から顔を背ける。アニス村での約束。故郷に帰って来たら、告白の返事をする。あの約束とのことだろう。


 ……でも、死なないというキュアの願いは叶えられない。これからも僕は死に続けることになるだろう。でも、最後には……。きっと、大団円を迎えるはずだから。


「わかった! 絶対に死なないよ」


「うんっ!!」


 青い炎が燭台に灯る。ミノタウロスの姿がくっきりと現れた。


「グォオオオオオオオオオオオ!!」


 奴の叫び声が円形闘技場に響き渡った。あまりの威圧感にナイツも狼狽える。


「くッ、ミノタウロス、まさか、これほどとは……」


 ミノタウロスを赤いまなこを僕たちに向ける。一人一人、獲物を定めるかのように、見まわしてから、最弱の僕へと焦点を当てた。


「来る! レオン、作戦通りに!」


「ああ、任せろ」


 ミノタウロスは僕に向かって一直線に突進をしてくる。やはり、奴の巨体を考えれば、回避する場所など有りはしない。よって、今まで同様に僕は地中へと逃げる。


トラップ発動」


 僕自身を落とし穴に落下させて、地中へと逃げ込む。僕の頭上を奴は通り抜けていく。よし、壁へと衝突するその僅かな隙にレオン達の猛攻が待っているはずだ。僕は、急いでロープを駆使して落とし穴から脱出をして、円形闘技場へと降り立つ。


 僕が見た光景はにわかには信じられないものだった。


「ユニークスキル【連続魔法】!! 世界に終焉の爆炎を、最上位魔法、地獄の業火インフェルノノヴァ。渦巻く雷光による永遠とわの裁きを、最上位魔法、閃光の嵐ライトニングストーム


「ウガッ」


 マミのユニークスキル【連続魔法】。複数の魔法を同時にモンスターにぶつける。魔力は大量に消費することになるが、2つの魔法を同時に発動する相乗効果により、威力が2倍にも3倍にも跳ね上がる。大体のモンスターは一度の連続魔法で消し炭にするほどの圧倒的破壊力を誇っている。うちのパーティーで最も火力を誇る攻撃だ。


 さらにマミが発動させたのは、火属性と雷属性の最上位魔法。スライムであれば、軽く十万体は消し飛ぶだろう。その重火力魔法をミノタウロスに浴びせる。さすがの神話級のボスと言えども、ダメージは相当なものだろう。それにまだ、攻撃は終わっていない。


「ユニークスキル【剣聖】」


 レオンの聖剣が輝きだす。その斬撃は神龍の固い鱗ですら、両断したほどの切れ味を誇る。その斬撃でミノタウロスの身体を切り刻んでいく。ミノタウロスの巨体を切り落とすには至らないが、着実に切り傷を増やしていく。巨体であるため、剣が届かない位置には、勇者のスキル【月歩】で空中を闊歩しながら、切り結んだ。


「ウガアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 ミノタウロスは宙を飛び回るレオンを巨大な手で叩き落とそうと試みる。コバエを叩き落とすかのように振り回すが、レオンの身体には当たらない。奴はレオンを狙いにするのを一旦諦め、次の詠唱に移っていたマミを目掛けて斧を振るう。だが……。


「神よ、マミを守り給え、光の壁ライトニングウォール


 【光の壁】がマミの正面に現れて、振り下ろされた斧は弾かれる。キュアによる防御魔法。いかなる物理・魔法攻撃も完璧に防ぐ盾となるのだ。完全に防がれたミノタウロスに動揺が走る。だが、この魔法の弱点は一回防護すると消滅してしまうことだ。その隙をミノタウロスが見逃すことはなかった。


 マミによる魔法発動前に、一番火力を誇る彼女を潰す作戦なのだろう。攻撃目標をマミから変えずに、突進攻撃を繰り出す。


 僕では回避できずに、地中に潜ることしかできなかったミノタウロスの突進攻撃。それを生身の人間の身体で食い止めるものがいた。その名をナイツ。この勇者パーティーの頼れるタンクだ。


「ユニークスキル発動【無敵化】」


 ナイツの身体が鉄のように高質化をしていく。片手でミノタウロスの角にそっと触れているだけ。それだけなのに、ミノタウロスは進むことも出来ず、後退することも叶わない。ナイツのユニークスキル【無敵化】により、いかなる攻撃も無力化する。1分間、1日で3回という制限があるが、最強のスキルだ。さらに戦士職の【挑発】スキルも組み合せれば、相手の攻撃を全て無敵状態のナイツへと集めることが出来るため、完全にシャットアウトすることが可能となるのだ。


 そして、マミの詠唱が終わるのを待ち、ナイツは【無敵化】のスキルを解除して、横へと避ける。


「ユニークスキル【連続魔法】!! 原初の凍てつきを再現せよ、最上位魔法、絶対零度アブソリュートゼロ。幾重にも重なる旋風で荒らせ、最上位魔法、神の嵐ブリリアントタイフーン


 周囲の温度が奪われ凍てつく冷気を纏った竜巻がミノタウロスを襲う。


「グアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 鼓膜をつんざく程の雄叫びをミノタウロスは発する。


 強い。レオンもマミもナイツもキュアも。一糸乱れぬ連携攻撃により、神話級のボス、ミノタウロスとは言えども、なすすべがない。さすがは、勇者パーティー。そこらの冒険者のパーティーとは一線を画す強さだ。


 ミノタウロスは完全に凍結をして、行動を止める。最下層のボスを撃破したのだ。これでようやく、この輪廻からも解放される。永遠に続くと思われた、この地獄のような日々に終止符を打てるのだ。


「やった……」


 僕の呟きを皮切りに、次々とレオン達も勝利宣言を告げていく。


「フッ、俺らにかかればこんなものだろう」


「ま! 私の魔法があったからこそ、こんな短時間で仕留められたってことね」


「いや、キュアの【光の壁】と俺が盾になったからだろう、もう少し詠唱を短くできないのか?」


「あれ以上は無理!」


「守るこっちの身になってほしい。な、キュア」


「うふふ、いつものことじゃないですか」


「それもそうか」


 皆が同様に笑顔を浮かべて、勝利という美酒に酔いしれている。僕もその輪に入りたいのに、どうしても不安が拭えない。なんだ、この違和感は。確かにミノタウロスは倒した。なのに、晴れない。そもそも、僕がいなくても、間違いなくレオン達は勝っていた。


 であれば、どうして、彼らはあんな無残な姿で帰ってきたんだ?

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