【8674-10996回目】
【8674回目】
「長かった……」
何度も何度も死んでは潜り、死んでは潜りを繰り返した輪廻も終わりが見えてきた。僕は今B100F、このダンジョンの最下層に到達していた。目の前に広がるのは巨大な両開きの扉だ。その扉は、視線をどれだけ上にあげても、視界には捉えることができないほどの大きさで、純白色に染められており、天界へと続くのでは、と錯覚するほどの神々しさを放っていた。
きっと、この先にボスがいるのだろう。
ここまで難なく辿り着くことが出来るほどの実力者であるはずのレオン、マミ、ナイツ、キュアの四人に、幾度となく死を突き付けるほどの凶悪なボスが。
「ふう……」
僕は一度だけ息を吐き出し、呼吸を整える。そして、一歩右足を前に踏み込んだ。すると、扉はひとりでに開き、僕を迎えてくれる。僕は一歩、また一歩と足を進める。僕が入ったことを確認したのか、扉はひとりでに閉まる。
来るものを拒まず、出るものは拒む、か。転移石も念のため、アイテムインベントリから使ってみるが、使用できない。もし、ダンジョンから脱出するには、先程の扉から抜け出して、転移石を使うというのが確実そうだ。ボスを斃さないでも、扉が開くのかは、試してみる必要がありそうだが。
今は、ボスに集中しよう。薄暗く辺りの視界は悪い。いまだにボスの姿を捉えられていない状況だ。否応なく、冷や汗が流れる。
そして、また一歩と踏み出したときに、唐突に青い炎が辺りを照らす。円形闘技場に石柱が六本あり、燭台としての機能を果たしていた。青い炎が柱に灯され、周囲の視界が晴れる。その青い炎は亡くなった人の人魂のようで、無念や後悔や苦痛といった感情の
炎が灯されたことで、ボスの姿もくっきりと見ることが出来る。ミノタウロス。神話に登場する牛頭人身の姿をした化け物だ。真っ赤に染められた瞳に、頭上には鋭利な角。僕の三倍はあろうかというような巨体で、僕を見下ろしている。あまりにも、ちっぽけな挑戦者と言わんばかりだ。そして、手には巨大な斧を携えている。モンスターの中でも最上位の強さを誇る神話級のモンスター、それがミノタウロスだ。
レオン達との旅の中で、どこかの街で観戦しに行った、闘牛と闘牛士のショー。それと、同じだ。この円形闘技場に、闘牛士と闘牛がにらみ合っている。違うのは、相手の闘牛が単なる牛ではなく、正真正銘、化け物ということだ。
牙の間から白い煙を吐き出して、僕を威嚇している。
「グォオオオオオオオオオオオ!!」
「くッ!」
ミノタウロスの叫び声だけで僕は吹き飛ばされそうになる。奴の赤く染めあがった瞳がにたりと笑った気がした。
まずは、少しでも粘って、奴の情報を集める。初回で倒せるなんて甘いことは考えていない。次の僕に引き継ぎ、何千人という僕の命を以て、奴を倒すのだ。
ミノタウロスは右足を後ろに下げる。そして、一気に僕へと突進をしてきた。角で一刺しにしてやろうという
僕は回避しようと考えるが、駄目だ。奴の身体が巨体すぎる。回避する場所がない。前後左右どの方面に逃げても、僕の身体は引きちぎられるだろう。単なる突進が一撃必殺のスキルみたいなものだ。
僕は仕方なく逃げ場所を決める。それは、下だ。
「
僕は自分自身を落とし穴にかけて、地中へと逃げ込む。僕の頭上をものすごい勢いでミノタウロスは通り過ぎて、小石がいくつか僕の後頭部へと落ちてくる。そして、直後に衝突音が僕の鼓膜を震わした。おそらくこの円形の闘技場を形作っている外壁に衝突したのだろう。この隙にロープを使って地表へとよじ登る。
僕はその惨劇を見て、一言呟く。
「
突進だけで外壁に大きな
ミノタウロスは僕へと一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
次の攻撃は何だ?前方からか、右か、それとも左?はたまた、頭上からかもしれない。だが、今まで様々なモンスターと繰り返し戦ってきた経験値が僕にはある。倒すことは無理でも、こと攻撃を回避することに関しては、死を繰り返すことで体に染みついてきたのだ。
だから。
「どんな攻撃だって見切って……」
は?
一振りだ。ミノタウロスが軽く斧を振った、それだけで、僕の身体は上半身と下半身に分断される。不可視の斬撃、見えなければ回避の仕様がない。いや、実際に不可視なわけではないのだろう。ただ、単純に圧倒的な腕力で巨大な斧を振るっただけ。だが、僕には攻撃と認識することさえできなかった。なるほど。これは、レオンたちでも厳しいわけだ。
だが、僕は諦めない。だって、僕は守りたい人たちがいるんだ。
何度だって挑戦してやる。何度だって。
次。
【9174回目】
僕はミノタウロスと対峙している中でいくつか分かったことがある。
まず、逃走することは可能ということだ。どういうことかというと、あの巨大な白塗りの扉に関しては、入るときに閉ざされるものの、出ようとする場合には問題なく、扉は開くということだ。ただし、完全に開くのに1分は要するため、逃げるにしてもそれまでの時間稼ぎが必要になる。おそらく、冒険者たちがレオン達の遺体を持ち帰ったときも、命がけで時間稼ぎをした故なのかもしれない。
ただし、この逃走という行動は、僕の目的とは相反する行為だ。レオン達が簡単にこのダンジョンを諦めてくれたらここまで苦労をしていない。必ず、彼らはダンジョンに潜り、ミノタウロスへと挑む。であれば、逃走という行為を選択することはないだろう。
もう一つは、僕の攻撃では奴にかすり傷一つつけることは出来ないということだ。ナイフはもちろん、ロープや落とし穴による落下ダメージ、レベル差が大きすぎてダメージを与えるに至らない。
よって、奥の手を試すしかない。それは今まで何度も救われた、【
それでも、僕は試してみるしかない。
僕が円形闘技場へと
「グォオオオオオオオオオオオ!!」
ミノタウロスの叫び声が円形闘技場に響き渡る。最初の攻撃は決まっている。至極単純な突進攻撃。まずはこの単調な攻撃を回避できるのかと、対戦相手を試しているかのようだ。正直、巨体が繰り出される突進攻撃は今でもたまに回避損なう。そのくらい僕にとっては驚異的な攻撃なのだが……。
奴は僕に向かって、猪突猛進に突っこんでくる。
狙いは、ただ一つ。奴の足を落とし穴に嵌めること。早すぎると回避されるし、遅すぎると逆に僕の身体は奴の角で突き刺しにされる。タイミングがかなりシビアだ。既に、この突進で、217人の僕が死んでいる。
まずは、奴の角を回避する必要がある。そのために、自分の姿勢を地べたに張り付くほど腰を落とす。ミノタウロスの頭部、鋭利な角が、僕の頭上を通過した。今だッ!!
奴の右足が僕の目の前にあることを確認してから、スキルを発動させる。
「
僕と奴の右足ごと【落とし穴】に落下させる。さらに、僕は2つのスキルを同時に発動させる。僕は落下しながら、右手と左手を広げる。落とし穴の底に向けて右手を、そして、円形闘技場の地面に向けて、左手を。
「
【
よし、作戦通りだ!初めて上手くいった!
「これでようやく……」
僕の言葉は最後まで言い切ることが出来ない。奴の
「グハハハハハハハハ」
痛みによる叫び声ではない、全く効いていないってことか!?
地面に挟まれた右足をミノタウロスは一度引き抜く。挟んでいた大地が崩落して、落とし穴の底にいた僕の身体の至る所にパラパラと砂利が落ちてくる。そして、僕が全く予期しない行動を奴は取った。一度引き抜いた右足を、また、この落とし穴へと踏み込んだのだ。
ミノタウロスは右足を何度も何度も、この落とし穴へと振り下ろす。ふざけろッ!!このまま僕を押し潰す気か!!
「ググハハハハハ!!」
何度も迫りくる巨大な足に僕の四肢は押し潰される。奴は心底、
薄れゆく意識の中で僕は思考する。僕では無理だ。奥の手を以てしても、奴を倒すほどのダメージが与えられない。つまり、僕では奴を倒すことは不可能であるということだ。であるならば、他の手段しかない。そして、その手段はあまりにも明確だ。
……レオンだ。勇者たちに打倒してもらうしかない。僕は瞬時に気持ちを切り替えて次の命へと僕の記憶を引き継いだ。
次。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます