【374回目】


【374回目】


「僕をこの現実から隠してほしい」


 「は?」とギルドマスターのおっさんは怪訝けげんそうな表情を浮かべる。


 僕はおっさんの制止を振り切って、冒険者ギルドのカウンターの裏手に隠れこんだ。三角座りで項垂うなだれる。一歩も動くもんか。今回だけは少し休ませてほしい。373回の自分の死を捧げても、救えない現状に嫌気がさしたのだ。


「ったく、一体何だっていうんだ……」


 ギルドマスターは気にせず、通常業務に戻る。僕は、全く動かずにただ時が過ぎるのを悪戯いたずらに待っていた。仮にレオン達が全滅したとしても、また、僕が死んで、時を戻せばよい。そのための死に戻りだ。


 昼時に差し掛かろうかというところで、レオン達が現れた。僕がカウンターの裏手にいるなど微塵みじんも気づいていないだろう。今まで、ただひたすらに、ダンジョンに潜り続けていたため、この時間帯の彼らの行動を確認するのは初めてだ。僕は塞ぎ込みながらも、聞き耳だけは立てることにする。


「はあ……ったく」


「ん? ギルドマスター、どうしたんだ?」


「いや、なんでもないさ。それより、トライのやつが見えないが?」


「ああ、さっき一悶着あって、な。一時的・・・に俺のパーティーから追放したんだ」


「……なるほどな、それであの塞ぎようか」


「トライと会ったのか?」


 ギルドマスターはカウンターの下にいる僕に目配せをするが、僕は首を横に振る。今、僕がここにいることは内緒にしてほしいという合図だ。


「いや、さっきな、けっこうショックを受けていたようだぞ」


「そうか。俺らとの会話では潔く引き下がったと思ったが、強がっていただけなのかもしれないな。実にあいつらしい。申し訳ないことをしてしまったな……」


「でも、何で追放なんかしたんだ? 確かに奴は戦闘員には向かないかもしれんが、お前さんたちにとって、貴重な支援職で、大切な仲間だろ?」


「だからこそだ」


「ん? レオン、それはどういうことだ?」


「今回のダンジョンのボスの情報、ギルドマスターなら知っているだろう?」


「……ミノタウロスだっけか?」


「ああ。神龍同様に神話級のモンスターだ。そのミノタウロスだが、対峙した冒険者から仕入れた情報だと、かなり厄介でな……。高レベルのため、他のダンジョンのボスとは一線を画す強さなのは当然だが、そのスキルと特性が非常に厄介だ」


「すまん。俺の耳にはまだ入っていない。詳細を教えてもらえるか?」


「ああ。まずはスキルだが、【バーサーカー】による攻撃力上昇と挑発効果無効。攻撃力上昇効果からの突進は脅威だ、低レベルなら、掠っただけで一撃死すらあり得るほどの破壊力になるという。それに併せて、挑発効果無効。ナイツの戦士による挑発を一切受け付けない。今まで俺らが取っていた基本戦略であるナイツが引き付けて、俺とマミの圧倒的火力で押し切る戦略が採れない。さらに、斬撃耐性。これにより、俺の【剣聖】のスキルも奴にはあまり効かない可能性がある」


「なるほどな、確かにそいつは厄介だ。特性はどういった特性なんだ?」


「低レベルターゲットだ。弱い奴から屠っていく、ミノタウロスのスタイルはレベルが上げにくい支援職とは致命的に相性が悪い。さらに、今回のダンジョン最下層は、転移石を使用できないらしい。ダンジョン最下層の古代魔法で封印されているのかもしれない……。そんな状況だからこそのトライの追放だ。正直、戦闘職ではないトライの命がいくつあっても足りないだろう。そう、判断した。こんな場所で、大切な仲間を無駄死になんてさせるわけにはいかないからな」


 知らなかった。レオンがそんなことを考えているなんて。僕のことを守るために、追放という強硬策をとったってことか。レオンの言うことは正しい、実際に僕は373回の僕の命を捧げているが、一回もボスの顔すら拝めていない状況だ。レオンの判断は間違えていないのだろう。


 あれ、なんだろう。僕の見ている世界が涙で歪む。口を手で押さえ、漏れる鳴き声を必死で抑えた。僕が聞いているなんて思っていないのだろう、次にナイツの話し声が耳朶みみたぶに触れる。


「それにしても、あそこまできつく当たる必要はなかっただろう。『追放する』と『諦めろ』の一言ずつで良かったはずだ」


「俺だって、あんな辛辣な言葉を信頼している仲間にかけたくなんてなかったんだ。だが、あいつはあそこまでしないと、諦めるタマじゃないだろ?」


「そうか……、まあ、確かに否定は出来んな」


「それに、マミにうまく乗せられたんだ。本当はもっと温和に伝えるつもりだった」


「はあ? 私のせいにしないでよ!! あんたがちゃんと言い切らないのが悪いんじゃない! 逆に言い切らないと、アイツはダンジョンまで追ってくるわよ?」


「う、それはその通りだが……」


「マミのお嬢ちゃん、あんたは、トライのことをどう評価しているんだ? 普段の様子をギルドマスターとして見させてもらっている限りは結構強く当たっているように見えるが……」


「なに言ってんのよ! 私はアイツのマッピングの技術と盗賊としての支援スキルは認めているもの! ユニークスキルがなくたって盗賊職のなかでは一線級よ!! 一度通った経路を正確にマッピングして、地図がなくても覚えているとか、逆に頭おかしいわよ!」


「ギルドマスター、マミは誰に対しても辛く当たるんだ。気にしないでくれ……」


「ちょ、ちょっと! それどういうことよ!!」


「うふふ、おじさん。うちのパーティーはみんな、トライのことが大好きなんですよっ!」


 僕からは姿が見えないが、キュアが胸を張っている姿が容易に想像できる。


「パーティーの中で一番、トライにゾッコンな奴が何言ってんだか……」


「む!! レオン様!! それは内緒ですっ!! 今はあえて、大人の女性の振る舞いをして、さらなる私の魅力に気づいてもらおうとしているんですっ!」


「いやいや、キュア!! 流石に、あの行動には気を付けた方がいいわ! 絶対にトライのやつ勘違いしていたわよ!!」


「ん? 私なんかしましたっけ??」


「はあ? あんた、やっぱり意識してなかったの!? 夜に抜け出して、レオンの部屋に入り浸っていたでしょ?」


「うふふ、それは今日のトライを救助しよう大作戦の打ち合わせのためですっ!」


「いや、私たちは分かっているけど、トライは絶対勘違いしていたわよ」


「うん? なにが、です?」


「はあ……、レオン、あんたからも何か言いなさいよ!!」


「キュアはトライのことしか見てないから、男女の関係になることは、絶対にありえんな。それに、そもそもキュアは俺のタイプじゃない。俺のタイプは35歳以上の大人のお姉さんだ。もう少し大人になってから出直すんだな」


「別にあんたの好みは聞いていないわよ!!」


「キュア、ちゃんと作戦通り、最後の一言は伝えたのか?」


「ふふふ。ちゃんと、トライには帰ってきたら、伝えたいことがあるって言ってきましたよっ!! さっさとダンジョンを制覇して、追放は嘘でしたって、ビックリさせましょう! 絶対にトライは泣きますよっ!! そんなトライも間違いなく、可愛いんですから!!」


「あーもう、わかったから!!」


「お前ら、話が長すぎだ、トライに愛想尽かされて、別のパーティに入られるぞ」


「そんなっ!?」

「それはまずい」

「優秀な荷物持ちが!!」


「というわけで、ギルドマスター、俺らはダンジョンに潜ることにする」


「あー、そうか。回復アイテムは持ったか?」


「ん? ああ。トライからもそんな忠告を言われた気がしてな。先ほど準備を終えたところだ」


「そうか、気を付けていくんだぞ」


 ギルドマスターがそう告げると、足音が僕から離れ去っていく。四人ともダンジョンに向かったようだ。おっさんもカウンターの下を覗き込み、にやにやとこちらに目をやる。


「ふっ、よかったな、トライ」


 改めて、僕が護らなければならない人たちを再確認できた。こんなところで、いつまでも縮こまっているわけにもいかない。僕は勢いよく立ち上がった。


「うん、ギルドマスター、僕行かなくちゃ」


「ああ、行ってこい!」


 僕は、冒険者ギルドを飛び出して、思いっきり空気を吸った。王国歴645年5月2日、本日の天気は、夕方からは暴雨だ。既に暗雲が立ち込めているが、雲間から漏れる日差しが僕を照らす。レオン達はこれからダンジョンに潜るはずだ。僕のことを誰よりも大事に思ってくれている彼らを、この世界線では、死なせたくない。


 皆を助けるために、次の世界へと行こう。


 僕はナイフで自分の喉元を掻き切った。


 次。


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