【10997回目】②

 

 であれば、どうして、彼らはあんな無残な姿で帰ってきたんだ?


 シューという蒸気音がどこかから聞こえる。氷漬けにされたミノタウロスの全身が赤黒く染め上げられ、熱を発している。奴の瞳は黒く変色して、ギョロリと僕たちのことを一瞥いちべつした。僕がミノタウロスの攻撃体勢へと入ったことを把握できたのは、僕が幾度となく奴に殺されてきたから。


「危ないッ!!」


 ミノタウロスに大打撃を与えただろうか。真っ先にミノタウロスの攻撃の犠牲になったのはマミだった。ミノタウロスが斧を振るったのだ。首が、身体から分断され、ポトリと落ちる。血飛沫がキュアの頬に飛び散った。


「き、きゃああああああああああああ!!」


 瞬時にレオンがミノタウロスへと襲い掛かる。光り輝く聖剣を奴の額へと突き刺そうとする。だが、奴は巨大な手で受け止める。聖剣は赤黒い奴の手の平から甲まで突き抜けているが物ともせずにレオンの身体を掴む。そして、奴の鋭利な角へとレオンを持ってくる。


「……やめろ。や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 僕の制止の声を合図・・に、レオンの胸部に角を突き刺した。垂れてくる血液を奴はぺろりと舐めてから、頭部を左右に振って、彼の遺体を無造作に放り捨てた。誰の目から見ても死んだことは明らかだ。


「くッ、キュア、トライ、逃げろ!! 俺がここを食い止める!」


 ナイツは僕たちを庇うように奴へと立ちはばむ。ミノタウロスの嵐のような猛攻がナイツを襲う。だが、ナイツには【無敵化】という強力なユニークスキルがある。彼ならば大丈夫。それに、彼の決死の覚悟を無駄にするわけにはいかない。僕は一度だけ頷き、取り乱しているキュアの瞳を覗き込む。


 過去の経験から、このダンジョンの唯一の出入り口となっている、巨大な扉は1分程も待てば、人が通れる隙間が出来ることを確認済みだ。よって、優先すべきは脱出経路。


「キュア、まずは君だけでも出口の経路確保を! 扉の前に立ち1分も待てば、人が通れるほどの道が出来るはずだ。開き次第、冒険者ギルドで救助クエストの依頼を頼む!!」


「う、うん、わかった」


 キュアは急いで扉へと向かっていく。扉が開くまでの間、僕も時間稼ぎをするしかない。


 僕はナイツへと振り返る。そこに、確かにナイツが立っていたはずなのに。ナイツの両腕が巨大な斧で切り落とされて、仰向けで倒れていた。ば、馬鹿な。ナイツの【無敵化】のスキルは一度発動すれば、1分間はいかなる攻撃を受け付けないはず。


 いや、ナイツから昔聞いたことがある。この【無敵化】というスキルは、厳密には無敵ではない。防御力を極限まで高めることで、ダメ―ジをゼロにするというのが正しい効果だと。


 つまり、ナイツの極限状態の防御力すら貫通するほどの攻撃力ということか。おそらく、マミの【連続魔法】以上の超火力だ。ここまでの力を発揮するということは、最初のミノタウロスはユニークスキルを使用していない状態。そして、あること・・・・がきっかけとなり、奴のユニークスキルが発動したということか。


 ユニークスキル【バーサーカー】。きっと、奴も僕と同じだ。一度死ぬことで初めて発動するユニークスキルなのだろう。腕力、膂力、脚力、全ての身体能力を著しく向上させて、自分を殺した人間に復讐するために、殺戮するマシーンと化すというわけか。


「ウゴオオオオオオオオオ!!」


 ミノタウロスの雄叫びと共に、僕に突進をしてくる。そんな突進を拒むように光の壁が突如として現れる。


「トライを死なせ……ない!!」


 光の壁ライトニングウォール、キュアの魔法だ。出入口で脱出経路を確保していたキュアが、遠距離から防御魔法で僕を護る。だが、ミノタウロスは全く物ともせずに、光の壁を粉々へと打ち砕く。興が削がれたとでもいうように、ミノタウロスは突進を止めて、悠々と歩いてこちらへと向かってくる。今だ!!


トラップ、発動!!」


 地面に着地する瞬間に落とし穴を発動させる。奴はバランスを崩して、その場に倒れこんだ。奴が転倒するに従って、地震のように円形闘技場全体を振動させる。


「キュアッ、いまだ、逃げろッ!!」


 既に一人分が通れるくらいの隙間を開門している。小柄なキュアなら問題なく通り抜けることが出来るだろう。キュアはこちらを見て、悲痛な顔を浮かべている。大丈夫だ。またやり直せばいいんだから。僕は笑顔で応えることにした。


転移魔法テレポーテーション!」


 キュアの姿が扉から消える。良かった。これで、この世界線ではキュアだけでも助かる未来となるかもしれない。僕が死んだらやり直しとなるため、あくまで気休めだけれど、キュアだけでも助けられたという事実は、僕にとって希望だった。


 そのはずだったのに。


 僕はミノタウロスへと向きなおすと、目の前にいたのはキュア本人だった。幻なんかではない。だって、この鼻腔をくすぐる甘い匂いは、確かにキュア本人で。つまり、キュアが転移魔法で移動したのは、街への帰還ではなく、僕の傍に転移したということ。


「な、なにをッ!!」


「トライを置いてなんか行けないっ!! だって、私、トライのことを愛し……」


 彼女からの告白を全て聞くことは出来なかった。


 キュアは僕の眼前で細目状の肉片と姿を変えていたのだ。キュアに流れていた血液が僕へと豪雨のように降り注ぐ。僕が呆然としていると、ボトッと、何かが僕の左手に重なるように落ちてくる。それは一目でキュアの右手だと分かった。だって、薬指に僕があげた指輪が煌めいていて。


「あ、ああ、ああああああああああああああああああああ!!」


 僕は悔しさから、渾身の力を込めて、地面を殴る。痛みを刻むように、この屈辱を覚えて置けるように。何度も何度も魂に刻み付ける。そして、ミノタウロスの黒い瞳を睨みつけた。


「お前、覚悟をしとけよ?」


 せめてもの抵抗だ。僕は、ミノタウロスに殺される前に、ナイフを自分の首へと突き刺した。


 次。

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