1.魔王様異世界に行く

 ───運命の刻、877年。

 勇者の奮闘も虚しく世界は魔王ハーデスの手に落ちた。

 圧倒的な暴力の前に立ち向かう者など居らず、ただその天災の前に身を投げ出すしか術を持たなかった。

 暴虐に次ぐ暴虐。

 魔王たり得るその残虐性に多く生命が命を落とした。

 豊かさを誇った大地の恵はその姿を消し、枯れ果てた無残なものだけが残り、水は何時しか汚染され触れた者の身を溶かす毒沼へと変貌していた。

 何時までも続く、赤く染まった空が魔王の支配の強さを表していた。


 しかし、その支配が長く続く事は無かった。

 魔王のあまりの暴虐に世界が重い腰を上げたのだ。

 魔王により世界に存在する筈の生命の殆どが根絶やしにされたのが主な原因であろう。

 かくして世界は、魔王という世界を壊し得る特大の厄災を取り除く為に一つの行動を取る。

 死をも超越し、この世の支配者たる神すらその暴力でねじ伏せた天災としか言えない魔王を殺す事はもはや世界の力を持ってしても不可能な事であった。

 故に取る手段は排除ではなく、他の世界への追放。

 魔王の油断も相成って暴虐の限りを尽くした魔王はついにこの世界を去る。

 その置き土産だと言わんばかりの世界を覆い尽くすほどの特大の瘴気ばくだんを残して。

 世界は泣いた。






 ───思考を巡らせば巡らすほど、頭の中に浮かび上がるのは佐藤■■としての記憶ではなくハーデスとしての記憶。

 この記憶が確かなら世界そのものの力によって魔王城ごと異世界へと飛ばされたようだ。

 そして、異世界へと飛ばされる際にハーデスは自分が何らかの関渉を受けている事に気付いた。

 その存在があまりに小さな事もあって取るに足りないものだと判断し無視した。それが俺にとっての最大の過ちであった。

 なんとその小さな存在は俺の中へと侵入し、この体を構成する魂に取りつき果てはその魂を取り込んでしまった。

 その小さな存在こそが佐藤■■のようだ。

 佐藤 ■■の魂は俺の魂を取り込み、成り代わる形でその肉体を手にした。


 ───微妙にハーデスに引きずられている。佐藤■■としての記憶を異物として弾き出そうしているのだろう。ハーデスとしての記憶、ハーデスとしての認識こそが俺だと言っている。

 違う!俺はハーデスではない。佐藤 翔真さとう しょうまだ!

 はっきりと思い出した瞬間、俺の中の感覚が広がっていくのが分かった。


 ゲームが好きだった。子供の頃から色んなゲームをしてきた。育成ゲームやタワーディフェンス、スポーツやアクションとにかくジャンルを問わず遊んでいた。特にファンタジーもののゲームが好きだった。

 現実とは違うフィクションに取り憑かれたと言えるか? だが大きくなるにつれ、部活や学校生活が忙しくなり果ては社会人になった事でゲームから離れていった。

 『Destiny』をやり込む程、ゲームにのめり込んだのは何かきっかけがあった筈だ。そうだ思い出した。


 俺には二つ下の下の妹がいた。佐藤 栞さとう しおりと言う名のお兄ちゃん目線で言って非常に可愛い妹だった。そうだとも俺はシスコンだった。妹が可愛くて仕方なかった。

 母さんに栞を守ってあげてと言われたのもあるか? 竹馬の友とも呼べる2歳年下の親友からも『先輩は気持ち悪いくらいシスコンですよね』と言われた程だ。俺は妹を守るヒーローになるつもりだった。


 事件が起きたのは俺が小学六年生の時、もう直ぐ中学生になる頃だった。

 栞がクラスの女の子からイジメを受けている事に気付いた。栞は隠していたが、ノートや教科書に酷い落書きをされているのを発見してしまった。

 栞は額に酷い火傷の跡がある。育児で疲れていた母がウトウトして、ヤカンに入った熱湯を誤ってを栞にかけてしまった。直ぐに病院に行って命は助かったが火傷跡が残ってしまった。


 小さい頃は気にしていなかったが大きくなるにつれ、周りの視線が気になるようになり額の火傷跡隠すように前髪を伸ばすようになった。明るい性格も人の視線を気にして暗く臆病になってしまった。

 クラスにも上手く馴染めず友達も出来なかった。それもあってイジメの対象になってしまったようだ。

 どう対処したら良いだろうかと子供ながらに悩んだ。親に相談するのが一番だろう。それでもヒーローになろうとした俺は1人で何とかしようと考えた。

 だが俺はもう直ぐ中学生になる。そうすると学校で栞を守る事は出来なくなる。どうしたらいいかと悩んでいた時に、俺に声をかけてきたのが後に親友となる高橋 敦たかはし あつしだった。

 同じサッカークラブに所属する二つ下の男の子で、フレンドリーな性格もあって俺もよく話していた。落ち込んでいたのもあって、ついつい栞の事を話してしまい『それなら俺に任せてよ』と敦が言うものだから、お願いしてしまった。


 そこからは俺が思っていたより早かった。後になって分かったが栞と敦の小学校は同じでクラスも同じだった。それもあってか敦が動くとあっさりと栞に対するイジメが止まった。敦はその性格もあってクラスの人気者であり友達も非常に多かった。

 敦に対して好意を抱いていた女の子も少なくなかったらしい。色んな要因があったと思うが、敦が動く事で俺を悩ませていたイジメの問題が解決した。

 俺の中の敦への好感度も急上昇。サッカークラブや年齢とか関係なく一緒に遊ぶ友達になった。

 中学生に上がる時に栞が心配になり、敦に頼むと任せてよ!と力強い返事が返ってきたものだから更に信頼を寄せてしまった。


 中学生に上がっても敦と遊ぶ時間が減る事はなく、家で遊んでいれば必然的に栞と一緒になる事がある。するとお兄ちゃん気付いちゃった訳よ。

 どうやら我が妹はイジメから救ってくれた敦に恋をしてしまったようだ。敦に向ける妹熱い視線に気付き複雑な思いだったが、敦になら栞を任せられる!と2人のキューピットになる事を決意した。

 が、色々とあって奥手な栞と好意に対して鈍い敦の2人の仲はなかなか進展せずお兄ちゃんやきもきしました。


 一度は2人がくっ着く1歩手前までいった事がある。中学生の時だったか? なんとあの敦が栞に告白したのだ。

 どうやら両思いだったらしい。栞が敦の告白を受けていればハッピーエンド!お兄ちゃんもニッコリの展開になっただろうが、恋とは難しいもので進展したと思ったら後退するらしい。

 と言うのも敦から告白を受けてテンパった我が妹は告白を断ってしまった。『敦君には私より相応しい人がいると思います』と。

 家に帰ると部屋で号泣している栞を見て、話を聞いてお兄ちゃんびっくり。何してんだ!と思わず言いたくなった程だ。

 色んな感情がぐちゃぐちゃになって、私では相応しくないと思ってしまったらしい。この後直ぐに2人の間を取り持つ事が出来たらもしかしたら違ったかも知れない。

 そうならなかったのは俺が受験生で、自分の事でいっぱいいっぱいだった所為だ。過去に戻れるならこの時に戻って2人をくっ付けたいくらいだ。


 その後は少し関係がギクシャクしたが、俺が間を取り持つことで以前と同じ距離感には戻った。そこからは進展はなく、くっ付くかくっ付かないかの微妙な距離にやきもきする日々が続いた。

 気付けば2人は高校を卒業して社会人になっていた。敦を追うように高校も、職場も一緒な所を選んだ栞にお兄ちゃん少し引いてしまいました。少し愛が重いぞ妹よ!

 これではストーカーになってしまう。妹の将来を心配しながら先に社会人になっていた俺は仕事に励んだ。


 社会人になってからも敦との関係は続き、栞の為に背中を押すがなかなか距離が縮まらない。お酒でも飲ませてベッド・イン!させてやろうかと思った程だ。

 両親からも孫の催促が始まり俺も肩身の狭い思いをし始めた。少し進展したかなと、思えば後退する2人にやきもきしながら俺も30歳を迎えてしまった。これでは俺が結婚するのが先になってしまう。少し強引に2人をくっ付けるかと、策を練っていた時に悲劇は起こった。


 仕事帰りだったようだ。繁忙期だった事もあり、2人とも残業を強いられ帰りは何時もより遅かった。帰りの道中も一緒だったようだ。不幸があったのその帰り道だ。横断歩道を渡っていた時に信号を無視したトラックが突っ込んできた。後になって分かった事だが飲酒運転だったらしい。

 トラックに轢かれそうになっていた栞を庇い、敦が死んだ。両親から言われた時、頭が理解を拒んだ。


 敦の葬式に出席して漸く敦が死んだ事を理解した。泣いている敦の両親に年の離れた敦の妹。俺の両親も泣いていた。小さい頃からの付き合いでいつ2人は結婚するの?とニヤニヤしながら聞いていたな。

 俺も2人が結ばれる事を願った。俺の目から見ても2人は想いあっていたと思う。そんな2人がこんな形で引き裂かれるとは思わなかった。

 涙が止まらなかった。栞にとっての想い人であり、俺にとっても大切な親友だった。

 同時に栞のことが気がかりだった。栞を庇って敦が死んだ事を思い詰めていた。敦の葬式にも参加しない程だった。


 部屋に篭もり出てくる様子がない栞はまるで魂でも抜かれたようだった。ごめんなさいごめんなさいと壊れたように呟く栞を見ていられなかった。

 嫌な予感がした。このまま栞も居なくなってしまうんじゃないかと。

 そういう予感という物は何故か当たってしまうもので、大体は最悪な形で終わってしまう。


 敦の葬式から1週間。栞が自殺した。飛び降り自殺だった。残された手紙には俺たち家族と敦の家族に対する謝罪がびっしりと書かれていた。そして最後に敦君に会いに行きますと。

 頭が理解を拒んだ。それでも現実は押し寄せてくる。栞の葬式をどこか他人事のように進める自分がいた。栞の死を受け止めらず泣き叫ぶ両親に代わって俺が葬式を執り行った。


 葬式が終わり、諸々の手続きが終わると急に考える時間が出来そこで漸く栞の死を理解した。

 俺は大切な妹と親友を亡くしてしまった。同じように魂が抜けたような表情をしていたらしい。仕事をしていたがどうしても手が付かず、このままでは会社に迷惑をかけてしまうと長年務めた会社を辞めた。


 両親もその事を強く言わなかった。俺の心情を察してくれたらしい。幸いこれといった趣味もなかったので、お金は貯まっていた。暫く生活に困ることはないだろう。

 仕事を辞めた後は何もやる気が起きず寝て起きてご飯食べてまた寝る。そんな怠惰な生活を続けていた。

 そんなある日テレビ台の収納に入ったゲームが目に付いた。記憶が蘇った。まだ小学生か中学生位の時に栞と敦と沢山遊んだゲームだ。

 気付いたらゲーム機の電源を付けて遊んでいた。2人のことを思い出して泣きながらゲームをしていた。

 ゲームしている時は現実を忘れられた。それもあってのめり込んでしまったらしい。色んなゲームに手を出してやり込み要素まで全てやった。

 『Destiny』に出会ったのはそんな時で、ふざけた難易度に文句を言いながらも気が紛れたので没頭するようにやり込んだ。

 このゲームに出てくる神はクソッタレの存在で、何度かぶん殴ってやりたい気分になった。


 きっとこの世界に存在する神もゲームと同じでクソッタレな存在だ。俺にとって大切な2人を奪ったんだから。

 もしそんな神が存在するならぶん殴ってやりたい!馬鹿な妄想を口にしていた。

 その夜は変な夢を見た。顔の見えない知らない男だった。それなのに何処か親近感を覚える自分に不信感を抱いた。男は言った。


『お前の妹と親友を奪った神をぶん殴りたいか?』


 当然だが答えたさ。ぶん殴ってやる!と。男はニヤリと笑い俺の夢から消えていった。

 それから少し経った頃に『Destiny』をクリアした。そして妙な現象に巻き込まれた。


 ───気付いたら巨大な何かに追われている感覚で必死で逃げていた。逃げて逃げて逃げた先にまた巨大なナニカがいて、ヤケクソになって突っ込んだ。

 どうやらそれがハーデスの魂だったようだ。俺はハーデスの魂を取り込みその肉体を手に入れた。

 いや、少し違うな。取り込んだ? 違う。俺とハーデスの魂が混ざり合った、そんな感覚だ。

 ハーデスの記憶と意識もある。だが同時に佐藤 翔真としての意識と記憶がある。

 体を動かしているのは俺だが、ハーデスの影響を受けているのが分かる。口にした言葉が違うのもそれが原因だろうか?

 レヴィアタンに向けられる忠誠の言葉に満足するハーデスと、ゲームで知る彼女の本性に怖がる佐藤 翔真がいる。

 どうやら俺はハーデスと融合して、俺の世界でもハーデスの世界でもない異世界に来たらしい。


「ハーデス様?」


 レヴィアタンの心配そうな声を聴きながら思う。

 この異常事態。お兄ちゃんどうしたら良いだろうか? 教えてくれよマイシスターに、ソウルフレンド!


 こうして俺とハーデスの異世界での共生が始まった。

 

 

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クソゲーから来ました魔王と申します かませ犬S @kamaseinux

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