クソゲーから来ました魔王と申します

かませ犬S

プロローグ

 画面に流れるスタッフロールに思わず涙が流れた。思い返せば長かった。興味本位で始めて、なかなか進まないストーリーに苛立ちながら必ずクリアしてやるとムキになって今の今までゲームをしてきた。

 とても苦行であった。正直に言ってしまえば時間の無駄だったと言えるだろう。

 10000時間以上かけて漸くクリアした筈なのにそこに達成感はない。後味の悪いエンディングで全て台無しにされ、テンションが下がった中でこのスタッフロールを眺めているのだ。クリアの嬉しさより時間を無駄にしてしまったと思い涙が止まらない。


 ───『Destiny』という1つのゲームが存在する。今から5年程前に発売されたゲームで、内容を簡単に説明するなら魔王によって支配されつつある世界を勇者が救うという在り来りなストーリーのファンタジー作品だ。

 この作品は悪い意味で有名になった。綺麗なグラフィックと有名な声優をキャスティングした事、CMにお金をかけて宣伝した事もあり発売前から話題になった。が、実際発売してプレイしてみるとどうだろうか?

 グラフィックは綺麗だ。ゲーム性も操作性もいい。声優もキャラに合ってて素晴らしい。ここまでいい。ただ1つ。難易度が製作者バカじゃねーのってくらい高い。

 そもそものコンセプトが言ってしまえばクソだ。

 ───『最初から本気の魔王軍』。その言葉を表すように最初から主人公プレイヤーを殺しにきている。

 このゲームは所謂ランダムエンカウントを採用しており、フィールドやダンジョンを歩くと確率でモンスターと遭遇する。

 ゲームの開始時点は弱いモンスターで終盤になるにつれ敵が強くなるというのが普通だ。そんな事をこのゲームが許してくれる訳もなく、なんと全てのフィールドとダンジョンで一定の確率でラスボスである魔王が登場するのだ。

 逃げるの選択肢は選べず闘うしか出来ないのだが、この時闘う魔王のステータスはラスボスとしてのもの。ラストダンジョンである魔王城で手に入るアイテムがあって漸く勝てるように設定されている。

 つまりラストダンジョン以外でエンカウントすると絶対に勝てない。そしてこのゲームは戦闘で全滅するとゲームオーバーになる。はい、クソゲー。


 救済処置としてどこでもセーブ出来るようにはなっているので、こまめにセーブするのが必須になる。製作者の性格が悪い所はセーブが1つしか出来なくなっている所だ。セーブすれば必然的に上書きとなるようになっている。

 察しのいい人は気付いたと思うが、所謂詰みポイントが多くあるのだこのゲーム。期間限定のイベントも幾つかあり、そのイベントで手に入るアイテムが終盤に必要になったりする。見逃すとモンスターが低確率で落とすドロップアイテムとしてしか入手出来なくなる。

 するとどうだろうか?入手するためにモンスターと戦っていると確率で魔王と遭遇してゲームオーバーになる。はい、クソゲー。


 それでも心が折れずに何度も何度も挑戦してストーリーを進めていくと主人公プレイヤー側である人間が過去に敵である悪魔にやった悪行が出るわ出るわと出てくる。胸糞が悪いものが非常に多く、正直主人公側に共感出来なくなっていく。

 難易度に心が折れずにプレイしていても、ストーリーで耐えられず心が折れる人が続出した。ムービーで流したり、スキップ出来なくしてる辺り製作者の性格が悪い。


 色んなものに耐えて耐えて何とか辿り着いたラストダンジョンで待っているのが魔王ハーデス。つまりラスボスだ。

 はっきり言おう。クソボスだ。途中のエンカウントで必ず闘った事があるので嫌というほど強さを知っているが、実際にラストバトルとして闘うとコントローラーを投げたくなる。

 前途で述べたようにラストダンジョンで手に入るアイテムを駆使することでどうにか善戦出来る。それでも簡単に倒せないようになっているし、魔王の行動パターンによっては普通に負ける。つまり運ゲー。

 必死の思いで倒したと思えばラスボスによくある変身を行う。するとHPは増えるし行動パターンが増えそれによって負ける確率が高くなる。それでもまだ許せたが、この変身を全部で3回行う。はい、クソゲー。

 魔王戦は言ってしまえば相手の行動パターンが緩いことを祈るものになる。運ゲーここに極まれり。

 ちなみにゲーマーの風上にも置けない行為だが、あまりにも魔王が強すぎてチート使うプレイヤーも現れたがチートを使うと魔王が絶対に勝てないくらいに強くなるらしい。HPは億を超えているのにこちらの攻撃はクリティカルが出て10ダメージ。絶対勝てない。


 

 製作者が考えた最強の魔王をどうにか倒してクリアしたプレイヤーは片手で数えられる程だ。先程クリアした俺を含めて4人しかいないのだから、その難易度はお察しである。

 クリアした人が配信で語っていたな。ひたすらに虚無であったと。俺も共感する。このゲームをしていた時間が虚無だ。

 スタッフロールが流れ終え画面に『fin』の文字が浮かんでいる。何も思う事はない。後で撮っておいた動画をアップロードしようと思いながら、ゲーム機の本体の電源を切ろうとするが切れない。


「なんだこれ」


 何度もボタンを押すが消えない。ソフトに負担がかかるのであまりにしたくはないが、ゲーム機本体の電源である差し込みプラグを抜いても画面が消えない。

 意味が分からない。頭がバニックになる。テレビを消そうとしても消えない。あまりに異常事態にパニックになり、部屋から逃げ出そうとしたが扉が開かない。


「どうなってるんだよ!」


 扉を叩くがビクリともしない。恐る恐るテレビの画面を見ると『fin』の文字が徐々に薄くなり、消えていった。代わりに浮かび上がった文字がある。『NEW GAME』。その文字を認識した瞬間、テレビが眩い光を放ち俺の意識は失った。





 ───『強くてNEW GAME!!』





「ハーデス様!ハーデス様!」


 俺の名を呼ぶ声に意識が覚醒する。寝ていたのか? 何が起きた?『Destiny』をクリアした所までは覚えている。画面が消せなくなって『NEW GAME』という文字を認識した瞬間に意識を失ったんだ。


「何事だ?」


 何があった!?と声に出したつもりだが実際に出たのは違う言葉な上に、俺の口から出たとは思えないくらい悍ましい声が出た。聞くだけが体が身震いするような恐ろしい声だ。

 まて、ハーデスと呼んでなかったか? なんで俺はその名前を俺の名前だと認識した?

 俺の名前は確か佐藤■■だった筈。あれ?思い出せない。どうなっている。


「ハーデス様が何やらお悩みのようでしたので、お声かけさせて頂きました。

不肖のしもべではありますがお力になれたらと思います」


 声がした方に視線を向ければそこには人ならざるものがいた。一言で言ってしまえば二足歩行の猫。大きさ人間と同じくらいか。160cmくらいだろうか?

 マンチカンとかいう種類の猫に似てる気がする。その二足歩行の猫が上品なメイド服を着ており、人間と同じような5本の指にはシルクの手袋をしていた。

 胸の膨らみが認識出来た。メス? 女性と表現した方がいいか。

 メイドの真似後をした人間サイズの猫? 理解が追いつかない。いや、待て。彼女を見たことがある。当然現実ではない。俺がプレイしていたゲーム、『Destiny』に出てくる敵の1人だ!


 確か魔王軍の幹部で『煉獄七魔将』と呼ばれるネームドキャラだった筈だ。名前は確かレヴィアタン。可愛い外見とは裏腹に拷問好きのドSの悪魔として描かれていた。ケモナー歓喜のような可愛らしい外見をしていたと思う。

 そんな彼女が目の前にいる。どういう事だ?

 これは夢か? 頬を抓って確認しようとした時に自分の手が視界に入った。青黒い肌に鋭く尖った黒い爪が見えた。


 何年も見慣れた自分の体ではない。パニックになるかと思ったが頭は思っていたより冷静だ。異常事態の筈なのに今の状況を認めている自分がいる。


「レヴィアタン、貴様にとって余とはなんだ?」

(俺ってどういう風に見えますか?)


 また口にした言葉が違う。自分がどういう姿をしているか気になって聞いてみたが、何か可笑しい。二足歩行の猫レヴィアタンが俺に一礼してから口を開いた。


「ハーデス様は真の魔王にして、死をも超越した究極の悪魔。並び立つ者などいない至高の存在にして世界の頂点に君臨する絶対者であります。

忌々しい神どもめはそれを認めず天災の塊に過ぎないなどと抜かしますが、全世界否!過去未来現在その全てにおいてハーデス様を超える者など存在しません。

ハーデス様こそがこの世全ての王。我々はハーデス様に使える事こそが至高の喜びと心得ております。不肖の僕ではありますが、ハーデス様に忠誠を捧げる事をお許しください」


 レヴィアタンの言葉に満足する俺がいる。ハーデスと呼ばれる事を当たり前だと認識する自分がいる。俺自身がハーデスだと認識している自分がいる。なるほど。状況をどうにか把握出来た。

 どうやら俺は『Destiny』に出てくるラスボス、魔王ハーデスに憑依したようだ。


 ───どうしてこうなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る