第46話

46.


 ステージでは、二曲目の『君はナイト』が始まろうとしていた。


 今回は、一曲目の『キラキラ☆メンメン』から前回ライブで着ていた『君はナイト』の衣装――フリルの付いた水色のノースリーブワンピース――だった。


(メグちゃん、今日もこっちに手を差し伸べてくれるかな!)

 優はドキドキしながらさびを待った。


 ちなみに優は開演前の流れで、隣にイチラがおり、その知り合いの軍団に紛れるような位置にいた。

 場所は、ステージのやや右側、キッズスペースを抜かせば最前列と言っていい場所だった。


 少し前、キッズスペースにコノミちゃんとお母さんがいるのが見えた。

 コノミちゃんとお母さんは優に気が付くと手を振り、コノミちゃんだけ人をかき分けて優の方に来た。

 コノミちゃんの手には、黄色いバンダナが握られている。


「おねーちゃんから、プレゼントだよ!」

 コノミちゃんはそう言うと、優の右手首に黄色いバンダナを巻いた。


「あ、ありがとね。でも……」

 そう言いながら優がバンダナを取ろうとすると、見る間にコノミちゃんの顔が曇り、今にも泣きだしそうになった。

「あ、うん。何でもない。ありがと」

 ヘタレな優は、結局黄色いバンダナもとることができなかった。


「おねーちゃんに、喜んでたって言うね!」

 嬉しそうにコノミちゃんはキッズスペースに戻っていった。


 そんな訳で、頭に緑のバンダナを巻き、右手首に黄色、左腕に赤のバンダナを巻き、おまけに背負ったリュックは青い、誰のファンなのかよく分からない人が出来上がった。



「お~また~」 

 声に振り向くと、いつの間にか湊が優の斜め後ろにいた。

 

「何とか君はナイトには間に合ったぜ!」

 黄色いシャツに黒いジーパンをはいた湊が言った。腕に黄色いバンダナを巻いている。

 慌てて家の作業を終わらせてきたのだろう、よくよく見ると、服はきれいだが顔や爪には少しまだ泥がついていた。


「ほんとギリッギリだな!」

 優はそう言うと、後ろを向いて湊と握った拳をごつんと合わせた。


「なんだよ、その格好」

 湊があきれたように優を見て言った。


 優は経緯を説明しようとしたが、歌がすぐに始まり話は流れた。


「きーみーはっナァ~ィトゥ わ~たしっのナァ~ィトゥ」

 メグミをセンターにメンバーがゆったりとしたテンポで歩き出し、左手を水平に、右手を垂直に動かした。


「あ~なたが~救ってくれたから~ 私勇気~を持てた~

 君に~出会えて 私強くなれた~」

 メグミは歌いながら、優の達の方にステップを踏んだ。

Youユゥ are my knight, My only knight~」

 メグミは歌いながら、一歩一歩近づき、優達の方へ手を差し伸べた。


(メグちゃ~ん‼ あっちの、城街の方のユウなんとかじゃなくて、本当に、俺に手を差し伸べてくれたの!?)

 目に溢れんばかりの涙をため、優は思った。


 優はメグミにばかり気を取られていて、イチゴやコガネが同じ方向に手を差し伸べていたことに、ぜんっぜん気付かなかった。


「イチゴちゃ~ん‼」

「コガネたん‼」

 イチラと湊が辺りで叫んだ。

 叫んだが、イチゴやコガネが差し伸べた手が、微妙に優に集中している。


 気付いた湊とイチラは、無言で視線を合わせうなずいた。

 謎のコンビネーションを見せ、二人は試しに、優を二人から離れた反対側の方に押しやった。


(一体何なんだ、俺が何したって言うんだヨ‼ メグちゃんが俺を見失っちゃうじゃないか‼)

 優は無表情の湊とイチラにどつかれ押されながら思った。

 

 たまたまそこは、他のユウ、城街しろまち裕貴ゆうきの近くだった。

 凄い形相で城街が優を睨むのに、誰も気が付いていなかった。


Youユゥ are my knight, My only knight~」

 二回目のさびで、メグミ、イチゴ、コガネはやっぱり優の方に手を差し伸べた。


(メグちゃん‼ 場所が変わったのに、やっぱり俺の方に手を伸ばしてくれた‼

これって、投げキッス、期待していいのかな!?)

 完全に涙を流しにやけながら泣く優は、城街に射殺さんばかりに睨まれているのに気が付いていなかった。


 おまけに、イチゴとコガネも位置を変え、優の方に腕を差し伸べているのに、ぜっんぜん気が付いていない。


 二回目のさびが終わると、無表情の湊とイチラがやって来て、何も言わずに優を元居た場所まで引っ張っていった。

 元居た場所に収まると、優は二人の間に押し込められた。


 人ごみの中を移動するもんだから、優は一人で、

「すみません、ごめんなさい」

と周りに謝りながら引きずられていった。


 三回目の、最後のさびが始まった。


「きーみーはっナァ~ィトゥ わ~たしっのナァ~ィトゥ」

 ♪ すれ違う心 伝えられずごめんね ほんとは大好きだよ 

  これからも ずっとそばにいてね

  You are my knight …・・・ ♪


 メグミ、イチゴ、コガネは、やはり優の方に手を差し伸べた。


(メグちゃん‼ 俺、もう、期待しちゃうよ!?)

 滝のように流れ出る涙をそのままに、優は思った。

 やっぱりイチゴとコガネが手を差し伸べている事には気が付かなかった。


 イチラと湊は一瞬凄い形相で優を睨んだが、すぐにステージに向かって手を振り叫んだ。

「イチゴちゃーん!」

「コガネたーん!」


「メグちゃーん!」

 優も負けじと手を振った。


 優の声に応え、メグミが微かに手を振ったように見えた。


(これが幸せと言うものか……生きてて良かった‼)

 優はようやく涙を拭きながら思った。


 曲が終わり、メンバーは袖にはけて行った。


 湊とイチラは、無言で優の腹にぐりぐりと拳をめり込ませてきた。


「いた、痛いって! 俺が何したっていぅーんだよ‼」

 優は二人の腕を手で掴みながら言った。


「は、こんなことをしている場合ではない!」

 イチラは我に返ると、赤いリュックからペンライトを取り出した。

「皆の者、用意はよいか‼」


「おーっ‼」

 周りのファンがペンラを掲げ、雄たけびをあげた。


「戦国時代か‼」

 湊が一人突っ込みを入れた。


 優も慌ててリュックからペンライトを取り出し、「おーっ」と掲げた。


 五分ほどして、メンバー達が戻って来た。

 先ほどと服は同じだが、カチューシャが羽根の付いたものに代わり、背中にサンバの羽根を背負っている。

 

 軽快なサンバのリズムが始まり、いつもの決めのさびでメンバーは両腕をびしっとあげた。


 イチラ達につられ、優と湊もペンラをリズムに合わせ振り、決めさびで空にびしっと掲げた。


♪ サーンバ、愛のサーンバ‼

  メンメンサーンバ―‼ オッレ‼ ♪


 今日のライブは三曲で終わりだった。


 物販の時間になり、優は湊、イチラとは分かれ、メグミの受付の机に行こうとした。


 別れる直前、湊とイチラは思い出したかのように優の腹にまたこぶしをぐりぐり埋め込んだ。


「「いい気になるなよ!」」

 二人はまた謎のコンビネーションを見せ、悪役みたいな捨て台詞を同時に吐いてそれぞれの方向に散っていった。


(何だったんだ、奴らは……。いつの間にあんな仲良くなったんだ?)

 よく分からないまま、優は恵の受付を目指した。


 受付に着くと、シークレットナイト制度のせいか、買う前に登録しているかと名前を訊かれた。


 優は前回から決心していたメグミが出演している新作DVDとチェキ引換券を買った。


(今日も『最後に並んで出来るだけメグちゃんと長く話そう』作戦で行こう‼)

 チェキ待ちの長い列を横目に優はそう思い、少し列から離れた所にいた。


 しばらくして、並ぶ人が途絶えると、優は列の最後に加わった。


 徐々に列は短くなり、優の番が来た。

 引換券をカメラマンに渡すと、優はメグミに駆け寄った。


「メグちゃん!」

 優はメグミと握手をしながら言った。


「優君、今日も来てくれてありがとう!」

 メグミがはにかむ笑顔で言った。


「俺、DVD買ったよ! メグちゃんが映ってる最新のやつ‼」


「ありがとう。『君はナイト』も入ってるから、聴いてみてね!」

 にっこり笑って、メグミが言った。


「勿論!」

 優は顔を真っ赤に染めながら言った。


「優君のブログ、見たよ……」

 メグミは少し声を潜めて、優の耳元で言った。

「それで――」


「はいっ‼ じゃあ撮りますよ~」

 カメラマンが言った。


「はいっ‼」

 メグミと優は、慌ててカメラマンの方を向いた。


 二人は自然と指で作ったハートの半分をくっつけ、一つのハートを作った。


「はい、メンメン!」

 パシャッ。


「私、インタスはじめたよ」

 メグミが優の耳元でこっそり言った。


「うん。見てみる!」

 優は耳元で触れる位近くに感じるメグミの吐息と、こっそり教えてくれた特別感が嬉しくて、すぐさま大声で答えた。


「はいじゃあ、次の方~」

 カメラマンが写真を優に手渡しながら言った。


(え、次の人!? 俺が最後のはずじゃぁ)

 優はそう思い、カメラマンの辺りを見た。


 カメラマンの横に、城街が優を睨むように立っていた。

 

「二回も並んでもらっちゃって、ありがとうございます~」

 カメラマンが言った。


 どうやら城街はチェキ二周目のようだ。

 

 城街はまだ動かないでいる優の肩にドンとぶつかるように、メグミの横に立った。

「遅いんだよ、クズがっ‼」

 

(クズって、ひどくない!?)

 優はむき出しの悪意にショックを受けた。


「優君!」

 よろけた優に、メグミが心配そうに声をかけた。

「大丈夫!?」


「大丈夫」

 優はニヤケ気味に言った。クズと言われたショックは、メグミが心配そうにしてくれたことにより、あっさり消えて行った。


「はい、では握手してください~。その後写真とりま~す」

 カメラマンがのんきに言った。


 優はその声に、渋々その場を離れかけた。

 ふと振り返ると、メグミと目が合い小さく手を振ってくれた。

 優は大きく手を振り返した。

 

 そんな二人の様子を、城街が凄い形相で見ていることに、誰も気が付かなかった。


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