第42話

42.


 優は芸術ホールのトイレの個室に逃げ込んでいた。


(なんなんだ今日は‼ これがモテ期ってやつなの、か?)

 優はそう思うと一瞬ニヤッとしたが、

(いやいや、俺めぐちゃん一筋だから! それになんかすでに湊とかイチラさんとかと面倒なこと起こりそうだし‼)

と頭を振った。


 優はとりあえず、次の歌が始まるまでトイレにいようと思った。

 流石に個室にずっといるのは迷惑なんで、落ち着いたら外に出た。

  

 ブーッとブザーのような音が鳴った。

 優はそこでようやくホールの中に戻ると、照明が落とされ暗くなりかけた観客席へと戻っていった。

 席に着くとリュックからペンライトを取り出し、緑のライトが付くか確認した。

 開幕前に、イチラからペンライトを使うタイミングを訊いていたのだ。


 すぐに次の歌『大好き、お野菜♡』が始まった。

 メンバー達は基本の担当色に白の水玉のワンピースに着替えていた。

 それに白いフリフリエプロンを付け、手にお玉やフライ返しを持っている。


 優はリュックから取り出しておいたペンライトを取り出し、最前列にいるイチラをまねて振りだした。


♪だいっすき おっや~さい~ 

 みっんなの おった~から~

 もりもり~食べて 健康に~なあって

 みんな しっあっわっせ~~ ♪ 


(この歌、初めて聞くな~~。エプロン姿のメグちゃんも可愛い!)

 優はエプロンにお玉姿のメグミに妄想を膨らませた。

(メグちゃん、料理上手そうだよな~。一緒に料理して、「あーん」ってしあっちゃったりなんかして‼)

 

 優がにやにや妄想妄想を飛躍させている間に、次の曲『そろばんずくだよ!』になった。

 衣装チェンジはなく、料理器具をそろばんに変えている。


♪そろばんずくだよ~、そろばんずくだよ~!

 あなったに、振りっ向いて欲しいから~♡   

 そろばんずくだよ~、そろばんずくだよ~!

 あなったに、好きーになぁって欲しいから~♡   ♪


(そろばんずくなメグちゃんも可愛い!

 『振り向いて欲しいから』なんて、なんって健気なんだ‼)

 優は実知子が言っていた、恵は好きな人に振り向いて欲しくてアイドルになったという話を思い出し、その対象が自分のように感じて、少し優越感を感じながら思った。


 『そろばんずくだよ!』が終わり、メンバー達はいったん袖にはけて行った。


 しばらくして、担当色のノースリーブにお腹を出したタイプの露出の多いワンピースを着たメンバー達が手を振りながら出て来た。担当色の細い飾りがシャラシャラついたアームカバーのような物を見につけている。

 七夕ライブの時のように、大きな羽根飾りを背負い、羽根の付いたカチューシャをしている。


(おへそ‼ 見えてる‼ ちょっとこの衣装、刺激的すぎんじゃない!?)

 優は無意識に両手で鼻から口元を覆い、若干前屈みになりながら思った。


「みんな~お待たせ! 次は最後の曲『愛のサンバ!』だよ!」

 イチゴが元気な声で言った。


♪サーンバ、愛のサーンバ‼

 メンメンサーンバ―‼ オッレ‼ ♪


 メンバーがサンバの軽快なリズムに乗って踊るたび、羽根やアームカバーのシャラシャラが動いた。

 それに合わせ、メグミの発達途上の胸やお尻がわずかに揺れた。


 メグミは優の方を見ると、ニコッと笑い、手を差し伸べた。ように見えた。


(産まれて来て、よかったーーーーっ‼)

 優は知らずに滝のような涙を流していた。


 ふと見ると、斜め前の城街も泣いていた。

(分かる、分かるよ‼ 同志‼)

 優は勝手に親近感を募らせていた。


 すべてのパフォーマンスが終わり、物販とチェキ撮影の時間となった。

 

 まずステージ上に設けられた総合物販受付で物を買ったり、チェキ撮影引換券を買ったりし、その後会場にばらけて待機しているメンバーの所に行きチェキ撮影をしてもらう形だ。


 列に並び、しばらくして優の番となった。


 物販の中にライブDVDがあり、優はメグミが出ていたら買いたいと思った。

「すみません、DVDって、メグちゃん映ってますか?」

 優は受付スタッフに訊いた。

 ちなみに、壇上でシークレットナイトの説明をしたパグ顔のおじさんだ。


「これはまだですね~。次の物販から出る予定なんですけど~」

 パグ顔おじさんは少しすまなそうに言った。


「そうですか」

 優はそう言うと、(じゃ、次ん時絶対買わないとな!)と思った。

「いくらですか?」


「う~ん、まだ正式に決まってないんで分かんないけど、これが3,500円だから、そのくらいじゃないかな?」


「分かりました。ありがとうございます」

 優はそう言うと、チェキ撮影引換券と、新作のメグちゃん缶バッチを一つだけ買った。


(シークレットナイトに選ばれるためには、ほんとはもっと買わなきゃなんだろうな……。でも、次回の物販用にも金とっとかなきゃだしな!)

 優は財布をのぞき思った。

(始めにあった万札二枚、もうなくなってるよ……こえ~‼

ほんと、なくなんのは一瞬だよな。貯めるのは大変なのに……)


 優はチェキ待ち列へと並び、ほどなくして順番が来た。


「メグちゃん!」

 優は引換券をカメラマンに渡しながら言った。


「優君」

 メグミもそれに応えるように言った。

 まだ愛のサンバのお腹を出した衣装のままだ。

「チェキ二回もありがとね♡ あ、登録も入れたら、三回目かな」


 優はメグミに駆け寄ると、メグミが差し伸べた手に握手をした。


「ごめん、本当は他の人みたいに何枚も撮りたいけど、ちょっとお金が……」

 優は後ろめたい気持ちで言った。

「でも、次のメグちゃんがでるDVD、絶対買うから‼」


「うんっ、ありがとね、嬉しい♡」

 メグミは少し顔を曇らせた。

「でも、お金たくさん使わせちゃってごめんね……。無理しないでね」


「いや、大丈夫! だってそのためにバイトしてるから」


「ありがとうね♡ バイト、どこで働いてるの?」


(メグちゃんが俺に興味持ってくれた! もしかして、店に会いに来てくれるかも⁉)

 優は顔を赤くし、勢い込んで言った。

「藤見町のトリスミ。基本火、木、日の19時から22時まで! だけど、今夏休みだし、頼まれたら基本出るようにしてる」


「そうなんだ、偉いね!」

 にっこり笑ってメグミが言った。


(メグちゃんが俺を褒めてくれた! バイトしててよかった~‼)

 優が一人感極まって顔を赤くさせていると、メグミが少し心配そうに言った。

「そう言えば、ブログの――」


「はい、では撮りま~すっ」

 そのタイミングで、カメラマンが言ってきた。


「あ、はいっ!」

 メグミと優はそれまでお互いしか見えておらず、慌ててカメラマンの方を向いた。

 

 メグミが自然に指でハートを作ると、優も合わせ一つのハートを作った。

 二人とも、満面の笑顔で。


「はい、メンメン」

 そう言うとカメラマンはパシャリと撮った。

「まったく、メグちゃんは彼の時だけチェキ撮るの待たせるよなぁ……」

 メグミの担当が多いそのカメラマンは、苦笑いしながら独り言ちた。


 メグミと優は、はたから見ても初々しい二人の世界を作っていた。


 だから優は気が付かなかった。

 一度撮影を終え並び直した城街が、ねたましそうに二人を見ているのを。


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