第41話
41.
「藤優殿、ちょっとよろしいか?」
イチラが機嫌よさそうに言った。
「小生、イチゴちゃんよりお願いされてしまい。
藤優殿をイチゴちゃんへのもとへと連れていくこと、あいなりまして」
「はぁ」
優はイチラの昔風のしゃべり方にあっけにとられながら言った。
「では、こちらへ」
そう言うと、イチラは優の青いリュックの端の紐を持つと、優を先導していった。
(今度はイチゴちゃんか……一体何なんだ、今日は……)
優は不思議に思いながらも大人しくついて行った。
イチゴの周りには、登録済みのファンと思われる人たちがたくさんいた。
みな赤いバンダナとか鉢巻を身に着けている。
イチラが優を引き連れて行くと、波が割れるようにファンがさっと道を開けた。
「会長さん、もしかしてその人が藤優君?」
「そうなり」
「やっぱりー‼」
イチゴは両手を差し出すと、優の両手を握った。
イチゴは女性にしては背が高く、すらりとしたシュッとした感じの美人だ。
歳は優より少し上のようだ。
長めの前髪を横に流し、長いまっすぐな黒髪を下ろしている。
目尻がやや上がり気味で鼻がすうっと通り、形の良い唇はやや大きめだ。
メグミをタヌキ顔と言うなら、イチゴはキツネ顔だ。
(やっぱり?)
優の頭の中は
ただ周りに気圧されて、ぽかんと見ていることしかできなかった。
イチゴは周りのファンとは反対側の優の耳元に顔を寄せ、囁いた。
「掲示板では守ってくれてありがとう! 嬉しかったモル~」
「え、モルって……もしかしてモルモルさん⁉」
驚きながらも、優も小声で言った。
イチゴは否定も肯定もせずに、笑顔でパチンと見惚れるようなウィンクをした。
「選べるか分からないけど、ぜひ私のシークレットナイトとして登録して欲しいな♡」
長い黒髪をサラリと揺らし、イチゴが上目遣いで小首を傾げた。
そして人差し指を唇の前にもっていくと、こっそり付け加えた。
「もちろん、誰にも秘密だよ」
優がどう返していいか分からずに、
「えぇ、っと……」
と呟くと、コガネの時と同様、それを肯定と取られてしまった。
「会長さ~ん」
甘えるような可愛らしい声でイチラを呼ぶと、右手をぱたぱたさせてこいこいした。
イチゴはイチラの耳元で優に聞き取れないくらい小さな声で何かを言った。
始めイチゴに呼ばれにやけ顔のイチラが、優をガン見しながら徐々に険しい顔へと変わっていった。
「ハァッ!? いくら可愛いイチゴちゃんの頼みとはいえ、それは可笑しくなかろうか‼」
イチラが優を見ながら言った。
「もうっ!」
そう言うと、イチゴはまたイチラの耳元で囁いた。
イチラは一瞬へにゃっとした顔になると、また優をガン見して、
「ぐぬぬぅっ……‼」
と唸った。
優は何が起きているのかぽかんと見ていたが、イチラの唸りに圧され逃げた方がよいような気がしてきた。
「あ、俺、ちょっと行かなきゃ……」
「藤優殿‼」
優がファンの壁を通り抜け逃げようとすると、追いかけられリュックの紐をイチラに掴まれた。
イチラの顔が近付き、耳元で歯ぎしりしながら囁くという、器用なことをした。
まあ、優にとったら不気味なことこの上ない。
「イチゴちゃんの願いで、シークレットナイトの登録をして欲しい。費用は小生が出すゆえ」
「え、そんな、悪いですよ!」
優は逃げ腰で言った。
「いいんだ……いいんだ……これがイチゴちゃんのためなんだ」
イチラはそう言うと黒縁眼鏡をとり、流れでる涙を赤いバンダナで拭いた。
(なんなんだこの人は……泣くほどヤなのに、イチゴちゃんのためにここまでするのか!?
これがアガペーってやつなのか?)
優は困りながら思った。
「え、いや、本当にいいんです。俺、メグちゃん一筋なんで」
「ハァッ!? 貴殿、イチゴちゃんをないがしろにするつもりかっ!」
イチラは青筋を立てて言った。
(も~~っ、どうすりゃいいんだ‼)
「とにかく‼」
イチラはそう言うと、優の右手に三千円を握らせた。
他のファンがこっちを注目しているので、見られないようにそちらに背を向けて。
「これでイチゴちゃんの顔を潰さないように、登録すること‼」
イチラは優の腕をとると引きずるようにチェキの受付に行き、受付の人と優を見ながら肩を組み、優の肩をドンドン叩いた。
(こ、
目と眉をつり上がらせながら、口角も上げるという、怒っているのか笑っているのか分からないイチラの表情は、優を怯えさせるのに十分効果的だった。
「シークレットナイトの登録、お願いします……」
優は怯えたまま言った。
「藤優君、ありがとね♡」
優がイチゴの隣に並ぶと、嬉しそうにイチゴが言った。
「は、はぁ」
優はもごもごと言った。
(イチゴちゃん、可愛い顔してやることえぐいよ‼)
内心そんなことを思いながら。
「はーい、では撮りまーす」
カメラマンが言った。
「藤優君♡」
そう言うと、イチゴは指で半分のハートを作った。
一瞬優は反射でハートの半分を作りかけたが、
(それは違うだろ‼)
と自分にツッコミを入れた。
優はハートを作りかけた手で、イチゴのハートを作った手と握手をした。
「はい、メンメン」
カメラマンがそう言い、パシャリとチェキが撮られた。
「もう、恥ずかしがりやなんだから♡」
イチゴが少し唇を尖らせて言った。
「は、ははっ」
優は愛想笑いを浮かべ写真に名前を書き、写真をイチゴに渡した。
「じゃあ、ちょっと行かなきゃなんで」
そう言い残すと、優はパッとその場を逃げ出した。
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