第43話

43.


「第四回、恋の進路相談会ー⤵」

 湊はテンション低く投げやりに、でも言った。


 場所は相変わらずゴーゴンちの喫茶店『ミュゲ』だ。

 木目の美しい四角いテーブルに、それを囲むように備え付けられた木製の椅子、ほどほどの高さの背もたれが自然な仕切りとなり、開放感ある中でも落ち着いた雰囲気を提供している。


 湊達は私服で、いつもの奥の方の席にいた。

 テーブルには、注文したものがそろっていた。

 湊がアイスカフェオレ、優は冷たいウーロン茶、ゴーゴンは夏の特別かき氷『白兎』だ。柔らかくほわっほわに削ったかき氷に、ゆるく泡立てた生クリームと練乳、生の苺から手作りした特性シロップがかかっている。


 シークレットライブの次の日、日曜日の十五時位で、お盆休みに入ったせいか、いつもより店内は混んで騒めいていた。


 優は昨晩ライブでのこと、メグミのこと、メグミの新曲の歌詞のことをぐるぐる考えていて、かなりの寝不足だった。


「今日はテンション低いでござるな」

 ゴーゴンが湊と優を代わる代わる見て言った。

「ライブよくなかったでござるか?」


「いや、最高だった!」

「最高だった!」

 湊と優の声がハモった。


「ってかな、なんで優がコガネちゃんのシークレットナイト登録したわけよ‼」

 湊が優をねめつけながら言った。

「コガネちゃんの良さに気付くのはいいが、俺のライバルになるつもりか⁉」


「あーっ……」

 優は来るとは思っていたが、さっそくの糾弾に戸惑った。


(コノミちゃんのお母さん、内緒にしてって言ってたもんな~……どこまで内緒にす ればいいんだ?

 俺、嘘付くの下手だしな……。

 まあ、コガネちゃんの希望ってとこだけ隠せればいいか?)


「ん~……なんか、頼まれたんだよ」

 優はしどろもどろ、偶然コノミちゃんに何度か親切にした時のことを話した。


「で、そのコノミちゃんのお母さんが、コガネちゃんのお姉さんだったわけ。

 で、なんかコガネちゃんのチェキの辺りにいたら、なんか勘違いされて今までのお礼ってことでチェキの代金払ってくれたんだよね……」


(これで納得してくれるか?)

 優は湊をちらっとみた。


「ふ~ん……ほんとにそれだけか?

 なんかコガネちゃんと仲良く話してなかったか?」

 湊は疑わしそうに、優を半目で見ながら言った。


「だから、コノミちゃんのお礼言われただけだって」

(もう、納得してくれ~‼)

 優は内心冷や汗をかきながら思った。


「それに、登録はしたけど、俺これ以上コガネちゃんに貢献? しないから、ライバルになんかなんないし‼ 俺、メグちゃん一筋だし‼」


「まあ、そうだよな」

 湊はようやく納得したように言った。

「優に二股かけるような甲斐性ないもんな」


(俺、なんかけなされてない?)

 優はそんな気がしたが、 

「そうそう」

と、場を収めることを優先した。


「あ、このこと他の人には内緒で。コムギちゃんのお姉さんにそう言われたから」


「あ~分かったよ」

「分かったでござる」

 湊とゴーゴンが同時に言った。


「で、この、シークレットナイト? 二人はどう目指すでござるか?」

 ゴーゴンがシークレットナイトのチラシを見ながら言った。

「金銭的には高校生には厳しいでござるが」


「そーなんだよな。なんか色々曖昧だし」

 湊が言った。

「選定基準をしっかり書いて欲しいよな、全く!」


「メンバーの好み、どこまで採用されるんだろうな?」

 優もうんうんとうなずきながら言った。

「選ばれたいけどさ、結局本人の意思が殆ど反映されないなら、どーなんかなぁーと思って。

 投げキッスはして欲しいけどさ」


「そうだよな~、すっごい頑張っても、結局使った金額とか貢献度? とか、訳分かんないので事務所に決められちゃうなら、意味ないような気もするよな」

 湊がストローをもてあそびながら言った。

「俺はまあ、コガネちゃんに顔と名前アピールできたし、とりあえずほどほどに頑張るよ」


「俺は……」

 優は手元のウーロン茶を見ながら、真剣に言った。

「とりあえず、投げキッスのために、できることはやろうと思う。あんまグッズとかは買えないけど、貢献度ってあったから、金がかかんない方法で何かできそうなこと探してみる」


「そうでござるか。まあ、選定基準があいまい故、あまり期待し過ぎぬが吉でござる」

 そう優の顔を見て言うと、ゴーゴンはクリームとシロップたっぷりのかき氷をほおばった。

「……で、メグミ殿の新曲、いかがであったか?」


「最っ高だった‼」

 優が間髪入れずに言った。

「ちょっと抑え気味の色合いの服もしんみりした歌に合ってたし、メグちゃんに似合ってたし、それに歌詞がよかった‼

 なんかちょっと悲し気な感じで始まるんだけど、最後は明るい未来を感じさせるようなそんな終わりかた‼

 で、所々忘れちゃったけど、なんか切ない感じなんだよ。『君は忘れてしまっても 私はずっと覚えてる』とか『伝えられなくてごめんね ほんとは大好きだよ』とか」


 優は自分で言ってキュンっと胸が締め付けられ、身もだえた。

 実知子から聞いた話のせいで、その対象が自分のことではないかと半分以上期待してしまっていた。


「なんか恋する気持ちをして書いたって言ってたけど、なんかやけに具体的だったよな。細かいとこ忘れちゃったけど」

 湊が優を横目で見ながら、ゴーゴンに言った。

「夕暮れ時、雨、すれ違う心……それに、君は忘れてしまってもとか、相手は覚えていないような言葉……」

 

 そこで湊は優を正面から見て言った。

「優、お前昔めぐちゃんと出会ってて、それを忘れてない?」


「う~ん、俺も寝る前にそれ考えたんだけど……覚えてないんだよね……」

 そう言いながら、優は結衣が恵に見覚えがあると言っていたことを思い出した。

「なんか、結衣は見覚えがあるって言ってたけど……」


「やっぱり会ったことあるんじゃないか⁉ 結衣ちゃんが会ってるんなら。大体お前も一緒にいただろ?

 めぐちゃんと結衣ちゃん、学校被ってないよな。小学校違うし、中学校は同じだけど入れ違いだし」

 湊が言った。


「習い事つながりでもなさそうだった。街中ですれ違っただけならそんな覚えてないだろうし……」

 優も首をひねりながら言った。


「小学校別だが隣の学区でござるから、公園や児童館で一緒に遊んだとか?」

 ゴーゴンが優を見ながら言った。


「ん~、その線かな~。なんか、思い出そうとすると、怖い気持ちと安心する気持ちがするみたいなんだけど。結衣によると」


「優、思い出せよ」

 湊が珍しく真剣な顔で言った。

「思い出せれば、めぐちゃんが好きなのはやっぱり優だってことなんだよ。

 めぐちゃんは会場にいるその想い人に向けて、思い出して欲しくて、この歌詞を作ったんだよ」


「つまり、恵殿は、優に思い出して欲しくて、それを歌に込めたと」

 ゴーゴンは黒ぶち眼鏡をとり紙ナプキンであふれ出る涙を拭き、ブヒーッと鼻をかんだ。

「なんて、なんて健気な‼ 優、これはなんとしても思い出すでござるよ‼」


 いつもは慎重でブレーキ役のゴーゴンが否定しなかったことにより、優の気持ちはどんどん大きくなっていった。


「そうなのかなぁ……」

 優は思わず立ち上がり言った。

「やっぱりそうなのかなぁ‼ そう言うことなのかなぁ‼」


 優は昨夜さんざん考えて、思い浮かんでは消し、思い浮かんでは消しした、甘酸っぱい思考が本当かも知れないことに奮い立った。


「俺、結衣にも訊いて、どうにか思い出してみる‼」


「おう、そうしろそうしろ!」

「そうでござる。もうそろそろ、はっきりさせるでござる」

 湊とゴーゴンが、うんうんうなずきながら言った。


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