第35話
35.
シャーブルから『4ね』と書きこまれた次の日の夕方、優が家の郵便受けを見ると、メンメンガールズファンクラブ『愛らぶ麺』から優宛てに封書が届いていた。
優は家に入ると手洗いもせぬまま封書の端をハサミで切った。
コーネが「にゃ~ん」と足の間を8の字にグネグネまとわりついたが、「ちょっと待っててな」と言い封書に集中した。
『ミッドサマーナイト・シークレットライブのお知らせ』
そんな内容だった。
(え、ファンクラブに入ってる人だけ招待される、シークレットライブっ‼
こりゃ絶対、いくっきゃないっしょっ‼)
優は入っていたカラー印刷のチラシを見た。
(……シークレットライブで新曲『君は
それを記念して、『シークレットナイト』の選出!? なんだそれ!?)
優はチラシの続きを読んだ。
『シークレットナイトとは、貢献度(イベントへの参加率、グッズの購入金額等)とメンバーの好みから、『愛らぶ麺』のファンの中から決められる、秘密の
メンバーそれぞれに一人選ばれ、誰が選ばれたかは公表されず、本人にもお伝えしません。
選ばれたナイトは、『君は
シークレットナイトの選出は本ライブから麺ONEグランプリライブの期間で行われ、投げキッスはハロウィンライブ時から行われます。在任期間は一年の予定です』
(こ、これは選ばれたい‼ メグちゃんがたった一人、好きな人を選んで、投げキッスをくれるってことだろ!?)
優は恵が投げキッスをしているところを想像して、頬を緩ませた。
(選ばれるには――イベントの参加率と、グッズの購入金額、等と、メンバーの好み?)
優は腕を組んで唸った。
(イベントの参加率は問題ないとして、グッズの購入金額じゃぁ、他の人と太刀打ちできないよなぁ……。
じゃあ、等の部分と、メンバーの好みにかけるしかない‼
でも、なんか決め方がはっきりしないよな……。
例えばメグちゃんが俺を「好き!」って選んでくれたとして、でも他の奴が大量にグッズ購入とかの貢献? した場合、事務所の指示でそいつを選ぶようにとか指示されんのかな?
それとも貢献度とかがポイント化されて、その上位の中から好きに選ぶように言われんのかな?
なんかどんな方法でも事務所の指示が絡むとなると、納得できないよな……)
優は目をつぶり、首を振りながらうんうん唸った。
(でも、アイドルも商売だもんな。そこらへんは割り切んなきゃなのかもな……。
投げキッスしてもらえるようになるだけ、ありがたいもんな。
……俺のできる方法で、どうにかナイト目指そう‼)
優はそう決心するとようやく手を洗い、冷蔵庫からおやつの西瓜を取り出した。
コーネは、優が冷蔵庫から出したものが西瓜だと確認すると「ぶにゃ~ん」と不服そうに鳴き、部屋の隅の自分のベッドで丸くなった。
まな板の代わりの開いた牛乳パックの上で西瓜を切り分けていると、スマホがなった。
ゴーゴンからだ。
優はその日学校でゴーゴンに会った時に相談していて、家に帰ってPCを見たゴーゴンが電話をくれたのだ。
慌てて手を洗うと、優は少し濡れた手で電話に出た。
「はい、もし――」
「空気読めないクソ管理人、『4ね』!? このシャーブル、いい度胸でござるな‼ 裏管理人の拙者にまで敵に回すとは‼」
珍しくゴーゴンが荒れていた。
『空気が読めない』という言葉にトラウマがあるのだ。
「拙者をサイバー警察特捜部所属と知っての狼藉か‼」
「え、そうなん⁉ すげーじゃん‼」
優は驚いて言った。
「優にだから申したが、他言無用! まあ正規の特捜官ではないでござるが、捜査案件に関してなら警察のデータベースが使えるでござる。
優、相談でいいからサイバー警察に届けを出すでござる!
そしたら拙者がこいつの個人情報を丸裸にしてやるでござる‼」
「ま、まあまあ。クソ管理人って、俺のことだし」
ゴーゴンのあまりの怒りに、優はなだめ役に回った。あえて『空気読めない』という部分は言わなかった。
「まあ今考えると、シャーブルを煽り過ぎちゃったかもだし。でも4ねは酷いと思うけど」
「そう、4ねとは行き過ぎでござる‼ 届を出すでござる‼ 優名義のアカウント故、拙者では出せないでござる」
「ん~、でも、そこまで大ごとにしなくてもいいんじゃないかな? だって他のとこでもよく見かけるじゃん」
優は時間が経って冷静になったのと、ゴーゴンの怒りに圧され、言い淀んだ。
「それに、そんな届出すの面倒くさそうだし……」
「こいつが大量にメールを送りつけて来たやも知れぬぞ‼」
「そうだったら悔しいけど、もし万が一メグちゃんに、メンメンガールに迷惑かかったら悪いし……」
「……」
ゴーゴンは静かになった。
「まあ、優がそう言うなら無理強いはしないでござる」
少しトーンダウンしてゴーゴンが言った。
「うん、その後特に書き込みもないし、ひとまず様子見にしとくよ」
「そうでござるか」
いつもの調子に戻ってゴーゴンは言った。
「メールの件、見られない状態なのをブログに書いた方がよいでござるよ。
でないと、もし恵殿がメールをくれていたとして、優が返事を返さないからスルーされたと誤解されてしまうでござる」
「それは困る‼ 分かった、ありがとゴーゴン!」
「メール、相変わらず続々と来てるでござるな」
「そうなんだよ、もしかしたらめぐちゃんがメールくれてるかもと思って、どうにか少しずつタイトルだけでも見て確認してんだけど、もう一杯過ぎてダメかも……」
しょげた声で優は言った。
「もう諦めるでござる。ブログでメールの状況を書けば、もし恵殿がメールくれていたとしても状況を納得してくれるでござるよ」
「……だよな。分かった」
「では、もう切るでござる。また明日」
「あんがとな」
優がそう言うと、電話が切れた。
優はスマホを台所のカウンターの上に置くと、西瓜を切り分ける作業に戻った。
(めぐちゃんと、二人っきりで連絡取り合う計画、また振り出しに戻っちゃったな)
そう思うと、「はぁ」と短くため息をついた。
「にゃぁ~おん?」
コーネが優のため息を聞きつけとことこやって来た。
優の顔を見上げると、足に顔をすりすりした。
優は手を軽く洗いコーネを抱き上げると頬ずりした。
「とりあえず、掲示板にメール読めないこと書かないとな。
その後『シークレットナイトに選ばれよう』計画を立てよう!」
コーネの優しさに触れ、優の気持は少し浮上した。
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