第34話
34.
その日の19時、家族と夜ご飯を済ませた優はトリスミにバイトに来ていた。
優はすでに五回以上バイトに出ており、主に品出し担当になった。
品出し中に、優は頻繁にチョコの誘惑に駆られた。
(チョコだ……美味そう、買って帰ろっかな。
……いやっ、ダメだ。ニキビを治して、めぐちゃんの隣に立っても恥ずかしくない男になるんだ!)
品出しの時は、普段から筋トレの代わりに進んで重い物を持つようにしていたので、職場の腰の悪いおばちゃまおじさまに大層気に入られた。
特に、腰の悪い青果担当の
ちなみに、尾曳さんは中年のベテラン社員で、いつもニコニコしている小柄なおっちゃんだ。おっちゃんだけど可愛いキャラクターが好きで、館森市の公式キャラクターである『たぬどん』のバッチを制服である帽子とエプロンに付けている。
たぬどんは可愛くデフォルメされた二足歩行の狸で、ぽっこり出た白いお腹と、背中の青い茶釜がチャームポイントだ。館森市の有名な昔話、福分茶釜の狸を模している。
その日のバイトも無事に済み、22時の優が帰る時間になると尾曳さんが声をかけてきた。
「優君、小玉西瓜持ってく? ちょっと割れ目入っちゃってるけど美味しいよ」
「ありがとうございます、頂きます!」
優も家族も果物が大好きなので、毎回喜んで頂いている。
(もらったはいいけど、どうやって持って帰るかだな……)
優はもらった西瓜を見て悩んだ。
西瓜は売り場に並べている間に傷ついてしまったのか、ヘタの辺りから縦にパカッと割れ目が入ってしまっていた。
まだ赤い果肉は見えないが、下手に衝撃を与えるとパカリと真っ二つになってしまいそうだ。
(リュックには入らないし、自転車のかごに入れたら衝撃で割れちゃいそうだよなぁ。
……しゃあない、こうするか!)
優は大きめの白いレジ袋を二枚もらうとその中に西瓜を入れ、袋の左右の持ち手の所にそれぞれ腕を通し、抱えるように持った。
そして私物の青いリュックを背負うと店を出ようとした。
「お先に失礼しまーす」
帰りに尾曳さんとすれ違うと、尾曳さんがニコっと笑った。
「優君、なんかたぬどんみたいだねぇ」
猫好きが愛くるしい猫を見るような目をして尾曳さんが笑った。
「じゃ、お疲れ!」
「え、そうですか?」
優は変な格好と言われたようで一瞬戸惑ったが、気にしないことにした。
ぺこりと頭を下げると「失礼します」と言って店を出た。
レジ袋がガサゴソして自転車をこぎづらかったが、五分ほどで自宅に着いた。
「ただいま~」
玄関を開けると、ちょうど結衣がいた。
お風呂上りか、パジャマ姿で長い濡れた髪をタオルではさみ、乾かしていた。
「おかえり~」
「「おかえり~」」
家の奥から父と母の声もした。
結衣は優を見ると「ぷっ」と吹き出し、「ママ、ママ~、ちょっと来て!」と母を呼んだ。
優は何事かと思ったが、気にせず靴を脱いで家に上がった。
「なぁに?」「なんだぁ?」
母と父もすぐに来た。
「た、たぬどん‼ お兄ちゃんが、たぬどん‼」
結衣はこらえ切れないように、お腹を抱えて大笑いした。
「ぽっこり白いお腹に、青い茶釜背負ってる‼」
「ほんとだ~、なんでそうなったの⁉」「ぷっ、大きなたぬどんだな‼」
母と父もつられて噴出した。
(そんな大笑いする程のことか⁉)
優はそう思い一瞬不貞腐れたが、玄関の姿見を見て自分でも「ぷっ」と吹き出した。
(こりゃ思ったより、たぬどんっぽいや‼)
* * *
バイトの後風呂を済ませた優は、自室の布団でスマホを見ていた。
自分のブログを見ると、掲示板の書き込みがやたら増えていた。
モルモルの『そうだね、ちびっこが元気に前の方で一緒に踊ってくれたら、なんか嬉しいよね!』のコメントを引用しつつ、初書き込みのハンドルネーム『シャーブル』が下記のように書いたこと発端らしい。
----------
シャーブル:
豆組さんの意見を否定する訳じゃないけど、貢献度の高いファンより、金を出さないガキが優遇されるのはどう考えてもおかしい、間違ってる。
イチラ:
シャーブル殿の意見も部分的に同意できるが、未来のメンメンガールズファン育成、メンバーの育成のためにも、子どもに優しい運営の方がいいのでは?
おがくず:
おいら、体は大人、頭脳は子ども‼ だから、前で見させて?
イチラ:
おがくず、貴殿は小生の隣なり‼
モルモル:
もちろん、グッズ購入するファンの人達は大切だけど、もう少しちびっこに優しくてもいいんじゃないかな?
せっかく見に来ているのに、見えなきゃ可哀想‼
豆組:
そうですよね。子どもが前でも、大人のファンの方が見えないことはないですものね。
少しでもそういう場所があると、多くの人が見えるようになりますよね。
シャーブル:
豆組さん、優しいんですね‼
でも、前じゃないと、ステージのメンバーから見てもらえないじゃないですか‼
それに、少しでも近くに感じたいし。
モルモル:
……。
ステージは高くなっているから、結構遠くまで見えるんじゃないかな?
だから、少し後ろになっても見てもらえると思うよ?
シャーブル:
トリスミのお習字ライブみたく低い時もあるだろ。
にわかか?
にわかは去れ。
モルモル:
(つд⊂)エーン、ヒドい‼ そんなのたまにだから、書かなかっただけなのに……。
シャーブル:
にわかは去れ。
イチラ:
まあまあ。
小生、シャーブル殿の気持ちも分かりますぞ。
----------
ここで掲示板の書き込みは止まっていた。
「なんだこりゃ⁉ チャットか⁉」
一連の流れを読んだ優は、思わず口に出していた。
「どうしたらいいんだ⁉」
(うん。とりあえずシャーブルって奴が嫌な感じなのは分かった!
にわか……。俺も言われたな、イチラさんにな‼
……このヤな流れは変えなきゃな)
----------
管理人 藤優:
にわかだっていいじゃない、はじめたてだもの。
だって、にんげんだもの。
----------
優は場を和ませようと、相田み〇おっぽい書き込みをした。
(これでよし! これでヤな流れも止まるだろう‼)
満足してもう寝ようとリロードしたら、更に書き込みが増えていた。
----------
モルモル:
ぷっ、管理人さん、この流れでそのセンス!
泣いてたのに、笑っちゃったじゃないv v
シャーブル:
空気読めないクソ管理人は、
4ね
ね4
----------
優はシャーブルの書き込みを読んで衝撃を受けた。
(4ね、死ねってこと⁉ しかもなんか『4ね』が縦読みにもなるし、ぐるぐるずっと4ね4ね言ってるみたいだし‼
俺、そこまで言われるようなことした⁉)
優は怖くなり、眠気も覚めてしまった。
でも無理やり寝ようと、スマホを心持ちいつもより遠くに置き、タオルケットを頭まで被って目を閉じた。
(ネットでたまに言われてる人みるけど、実際に言われるのってこんなに怖くて嫌なもんだったんだな……。
明日どうしたらいいか、ゴーゴンに相談してみよ)
寝ようとしても、掲示板でのことがぐるぐる頭を回り、なかなか寝付けない。
優はバッとタオルケットを剥ぐと布団から起き上がり、勉強机の上にある今までのチェキを飾っているディスプレイスタンドを両手で持った。
(めぐちゃん、俺の大好きなめぐちゃん。
……俺はただ、めぐちゃんと連絡を取りたいだけなのに……。
連絡を取って二人っきりで会って、告白スルーしたなら謝って、もう一度好きだって伝えたいだけなのに……)
優はほうっと一つため息をつき、寝ようと布団に横になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます