第33話

33.


 恋の進路相談会の次の日の日曜日、優は居間でパソコンを見ていた。

 パソコン用の椅子にあぐらをかいて座りながらも実知子に指摘された姿勢の悪さを気にして、顎を引いて背筋を伸ばした。

 足の間にはコーネが乗って、ゴロゴロしている。


 お昼ご飯の後、両親と結衣は最寄りのショッピングモールに出かけ、優はコーネと留守番だった。

 優も行くかと聞かれたが、夕方にバイトが入っているし、パソコンでブログやネットをあれこれしたかったので留守番を選んだ。


 優はまず自分のブログを確認した。

 昨日スマホで確認してから、特に新たなメッセージは来ていなかった。


 優のブログの閲覧者数は少しずつ増えていて、記事や掲示板にいくつかコメントをもらえていた。

 と言っても、ほぼイチラからで、たまーに前回のイベントで会っていたらしいイチラの知り合いのメンメンガールズファンらしき人からコメントが来るぐらいだ。


 今のところコメントをくれたのは、イチラ、おがくず、豆組、めんふぁん、モルモルの五人だ。

 みんな、優が今まで見たライブの感想に共感したとかのコメントをくれたり、優が描いたメンメンガールズ五人のイラストに可愛いとか、欲しいとかコメントをくれた。


 それに、優の『前の方は子ども専用スペースにしたら、小さい子が見やすいんじゃないかな~』という記事での呟きに、豆組とモルモルがこんなふうに賛同してくれた。


豆組: 良いアイデアですね! 小さい子が見られなかったら、可哀想ですものね。

モルモル: そうだね、ちびっこが元気に前の方で一緒に踊ってくれたら、なんか嬉  しいよね!


(あれ、豆組さんとモルモルさんって女性なのかな? まあ、女性のファンもちらほらいたしな。二人もこう言ってくれてることだし、その内公式HPにでもメールしてみようかな?)

 優は他に二人も同意してくれて、このことに少し自信をつけた。



 優はブログ全体をざっと見直しながら、悶々としていた。

 

 先週のライブで恵にこのブログのこと、メールアドレスも載っていることを伝えたから、連絡がもらえるものだと思い込んでいた。

 昨日の実知子の話で、恵の好きな人は自分なのではないかと淡い期待もしていた。

 それなのに、恵からの反応はなし。


(なんでめぐちゃんコメントくれないんだー‼

 やっぱり、めぐちゃんの好きな人って俺じゃないんじゃん!?

 ……いや、でも、こんな誰にでも見られる所で、『めぐみです』って、名乗れないか。

 このブログでめぐみって名乗ったら、『メンメンガールズのメグちゃん?』ってなっちゃうもんな。

 事務所の人からネット上で『緑野メグミ』と名乗っちゃダメとか言われてるかもだしな……。

 じゃあ、メールは⁉)


 優はゴーゴンに言われて作ったブログの連絡先用フリーメールを開いてみた。

 昨日の夜にスマホで確認した時にはまだ、ゴーゴンとイチラとブログ運営関係のメールしか来ていなかった。


(な、なんだこれ⁉)

 優は受信箱のメール数を見て驚いた。

(13,857通って、なんで⁉)


 受信箱には大量のメールが押し寄せていた。

 題名をざっと見ると『あなたにお届け、最新エロ動画!』とか『ロト12必勝法‼』とかに混ざって『メグミだよ』とか『緑野メグミより』が混ざっていた。


「にゃ~ん」

 コーネは優の不安を察したように伸び上がり、優の顔を舐めた。


「ありがとコーネ。ちょっと電話するから、静かにしててな」


 優は慌ててゴーゴンにライーン電話をした。


「何用でござるか、優」

 ゴーゴンはすぐに電話に出た。


「あ、ゴーゴン! ブログのメールがなんか大変なことになってんだよ‼」

 優は早口でそう言うと、状況を説明した。

「ちょっと見てくれよ!」


「ふむ」

 ゴーゴンがそう言うと、電話口からカチャカチャとキーボードを打つ音がした。

「今見るから、一回メールログアウトして欲しいでござる」


 ブログ作成とメールアカウントの設定をゴーゴンに手伝ってもらった関係で、ゴーゴンもそれらのパスワードを知っていて自由に見られるようになっている。


「分かった!」

 優はそう言うと、すぐにメールサービスからログアウトした。


 しばらく電話口からカチャカチャする音だけが流れ、ゴーゴンはメールを確認しているようだった。


「ふむ。荒らしのせいでござるな」

 ゴーゴンは落ち着いた声で言った。

「結構PCについて詳しそうでござるな。このアドレスでいかがわしいメールマガジンに登録したりなんなりで、迷惑メールに振り分けられない迷惑メールを増やしているでござる。

 よくあることとはいえ、早いでござるな……。

 で、優はどうしたいんでござるか?」 


「え、どうって?」

 優は戸惑った。

「来てるかもしれないめぐちゃんのメール読みたいんだけど」


「今もどんどんメールが増えてるでござる。15,000通全部1通1通見るでござるか?」


「めぐちゃんっぽいのだけ確認できないもん?」


「『恵』で検索しても変なのしか出ないでござる」

 カチャカチャの後にゴーゴンが言った。

「『めぐ』でも『メグ』でも本名の名字でも、怪しいのしかでないでござる。

 ……タイトルだけでも全部に目を通すのは無理でござるよ」


「えー、でも、もしかしたらめぐちゃんがメールしてくれてるかも知れないし……」


「まあ、もうこのアドレスを使うのは諦めた方がいいでござる。ウィルスが仕込んでありそうな危ないメールも多いでござるし。

 こうなっても大丈夫なようにネットに公表するアドレスは別に新しく作ってもらったでござる」


「誰だよ、こんなことした奴‼」

 優は恵から来ているかも知れないメールを読めないことに苛立ち、叫んだ。


「心当たりないでござるか?」

 

 優は首を右左に振り考えたが、思い当たらなかった。

「……ない‼」

 

「意味無くやる嫌がらせにしては、手が込み過ぎているでござる。

 犯人は明確な意図があってやっているはずでござる。

 ……それにしては、掲示板の方には被害がない……」

 ゴーゴンは呟きながら、キーボードをカチャカチャさせた。

「ん?」


「何、ゴーゴン!? めぐちゃんのメールあった!?」


「いや、管理人だけ見られる設定の掲示板のIPアドレスを見ていたでござるが、イチラとモルモルのものが一緒だったでござる……。

 なりすまし……とにかく、この二人? には気を付けた方がいいでござる。まあ、もしかすると――」


「え、イチラさんが迷惑メール送りつけたってこと⁉」


「いや、そうとは限らないでござるが、イチラとモルモルを使い分けている意図が分からない分、気を付けた方がいいでござる」


「えー、イチラさんこの前割といい人だったけどな」


「実際に会ったことあるでござるか?」


「そう、この前の七夕ライブで。その前まではお互い知らなくてちょいちょいヤなこと言われたけど、ブログを通してイラストあげたりしたら割と仲良くなれたんだよね」


「まあ、今後は極力個人情報を教えないが吉でござる」


「分かった! ……ような気がする」

 優はパソコンに詳しくないのでいまいちよく分からなかったが、とりあえずイチラとモルモルに気を付けようと思った。


「『ごんちゃーん、ちょっといい~?』」

 電話口からノックの音が聞こえ、ゴーゴン母の声が続いた。

「あ、母上が呼んでるんでいったん切るでござる」


「あぁ、ゴーゴンありがと‼」

 優がそう言い終わると同時に、電話が切られた。


 優は来ているかも知れない恵からのメールを探そうとまたメールアカウントにログインしたが、受信箱のメール数はさらに増えていた。


 優は諦めきれずにメールのタイトルだけでそれっぽい物を探したが、探すそばからメールは増え続け、一向に見つからなかった。


(あーーっ‼ 誰だよ、こんな嫌がらせする奴っ‼

 イチラさんが怪しいって、イチラさんなのか⁉

 でも、始めはなんかヤな人だったけど、そこまで陰湿なことやるような人には見えなかったし……。

 一体、誰なんだー‼)

 優は心の中でそう叫ぶと、そのストレスをコーネを高速なでなですることで緩和させようとした。


「なぁ~ん」

 コーネは少し迷惑そうに鳴いたが、優を気遣ってか、されるままでいた。

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