第32話
32.
「でも優君、そんなに頑張っても、恋愛ってダメな時はダメだからね」
実知子が少し心配そうに言った。
「努力が必ず実るとは限らない分野だから。
例えば優君が百人中九十九人に好かれるような素敵な人になっても、たった一人のめぐちゃんに『生理的に無理』とか、どうしようもない理由で好きになってもらえないこともある」
「うっ……」
優は恵に『生理的に無理』と言われるところを想像して、ずきんと痛む胸を押さえた。
「好きなコのために頑張るのはとても素敵なことだけど、あまりめぐちゃんだけに固執しないでね」
「え……」
優は戸惑い呟いた。
「さっきは情熱的で一途なとこがいいとか言ってなかったでござるか?」
ゴーゴンも不思議そうに言った。
「そうだね。私はそう言うの好きだけど、もしめぐちゃんに気がなかったら、めぐちゃんにとっても優君にとっても良くないことになるから」
「でも応援してって言われたんで……」
話の意図がよく分からないまま、言訳するように優は言った。
「さっきアガペーとエロースの話をしたじゃない?
応援するにしても、与える愛の方が強ければそこまで問題でもないけど、求める愛が強すぎると、もしめぐちゃんからそれを得られなくなった時、辛いことになると思うよ。
……好きな分だけ、よけいに」
「あれじゃね、もしメグちゃんがアイドル辞めたり、熱愛発覚したりした時、メグちゃんロスになるってことじゃね?」
湊が口を拭きながら言った。
「まあ簡単に言うと。
それにこの前、地下アイドルがストーカー化したファンから刺されて殺されちゃった事件があったじゃない?
優君はまぁ大丈夫だと思うけど、そこまで思い詰めないように気を付けてね」
実知子は少し眉根を寄せて、少し寂し気な顔で続けた。
「…………それにね、相手がアイドルでも普通の人でも想いが強すぎるとその恋がダメになった時に、一生心に穴が空いたままの人もいるから――」
ピンコ~ン。
実知子のスマホが鳴った。
着たメッセージを読むと一瞬嬉しそうに微笑み、実知子は残っていたアイスコーヒーを飲み干した。
「ごめんね、そろそろ行かなきゃ」
そう言うと、実知子はテーブルを片付け出し、伝票を持った。
「あ、ありがとうございました!」
優は慌てて言った。
「色々教えてくれて、心配もしてもらっちゃって。俺、めぐちゃんの害にならないように気を付けます!」
「なんだかんだ言っちゃったけど、優君のこと、応援してるから!」
実知子はパチンとウィンクして言った。
「でも頑張ってダメだったら、その時は連絡してね! 色々な方法で、慰めてあ・げ・る♡」
「みーちゃん!」
湊がすぐさま非難がましく言った。
「色々な方法って、どんなでござるか⁉」
ゴーゴンが鼻息荒く言った。
「え、あ、はいっ!」
優はとっさになんと返事したらいいか分からなかったが、失礼にならないように肯定しておいた。
「ちょ、ちょっと訊きたいでござるが!」
ゴーゴンが手を前に出し叫んだ。
「後学の為、拙者がもてる方法も知りたいでござる!」
人見知りしていたとは思えない積極的さだ。
実知子は帰り支度を整え、ちょうど席を立とうとしているところだった。
「ゴーゴン君が?」
実知子は顎に手を当て、小首を傾げゴーゴンを見た。
「ごめんね、私ゴーゴン君のことよく知らないから、分からないなぁ……」
「外見だけのことでもいいでござる!」
「そう? じゃあ、外見のことだけ言うね……」
実知子はそう言うとゴーゴンを見つめた。
ゴーゴンは「ごくっ」と唾を飲み込み、背筋を伸ばした。
「伸びしろしかないっ! かな?」
そう言うと、実知子は笑って背を向け、手をひらひらさせた。
「じゃあ、またね~!」
「じゃね~」と湊。
「ありがとうございました!」と優。
「どーゆー意味でござるか~!?」
ゴーゴンが実知子の去っていく背中に手を伸ばし、泣きそうな声で叫んだ。
「これって誉め言葉でござるよね⁉」
ゴーゴンが湊と優を交互に見て、必死に言った。
湊と優は一瞬顔を見合わせると、何も言わずにうなずき合った。
そして二人は、ゴーゴンの視線を避け、実知子の背中に長いこと手を振っていた。
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