第29話

29.


「アイドルを好きになるって辛いよね」

 実知子がしんみりと言った。

「あ、でも優君は逆か。好きなコがアイドルになっちゃったんだよね。

 つまり、ただの『推し』じゃなくて、『ガチ恋』ってことでしょ?」


「……俺、『推し』と『ガチ恋』の違いがいまいち良く分かんないですけど……」

 優は辛うじて顔だけあげ、言った。


「私も実はよく分かんなくって間違ってたらごめんだけど、私の理解としては――

『推し』は対象の幸せを考えるけど、『ガチ恋』はと対象の幸せを考える。『推し』は対象を他の人と共有できるけど、『ガチ恋』は独占したい。って感じかな?」


「アガペーとエロースの違いとも言えないでるでござるか?」

 ゴーゴンが黒縁眼鏡をクイっと押し上げながら言った。


「「エロス⁉」」

 優と湊がハモッた。


「ゴーゴン君、難しいこと知ってるんだね。古代ギリシア哲学だっけ? キリスト教だっけ? 私は大学の哲学だかの授業でやったんだけど……」

 実知子が言った。

「同じ『愛』の概念を表す言葉なんだけど、すっごく乱暴に言っちゃうと、アガペーが『与える愛』で、エロースが『求める愛』って感じかな? まあ他にもフィリア、友愛と、ストルゲー、家族愛とかあるんだけど、愛の概念として」


「古代ギリシア哲学かキリスト教の教えかで、同じ言葉と思われるものでも意味が違って、解釈が難しいでござる」

 補足するようにゴーゴンが言った。

「昔っから色々な哲学者や宗教家が『愛』を定義しようとしているけれど、解釈の仕方は様々で、言葉で定義するのは難しいでござる」


「へーっ! ゴーゴンよく知ってんな‼」

 湊が感心したように言った。


 ここで、優はむくりと上半身を起こした。

「どうせ俺はエロイですよ! ガチ恋ですよ‼」

 優は話をよく理解したのかしていないのか、キレ気味に訳分からないことを言った。


「ってか、高校生男子が与える愛だけとか、あるわけないじゃん! 

 ってか、今の俺は、そこまで行けてないの! めぐちゃんに好きな人がいてガーンッで止まってんの! 考えて‼」


「「「あっ、ごめん」」」

 実知子、湊、ゴーゴンが気まずそうに同時に言った。


 優は自分で言った言葉に衝撃を受け、絶望と共にまたテーブルに突っ伏した。


(うぅ、めぐちゃん……。

 応援するって決めたけど……決めたけど……好きな人のことを想って輝く君を応援しなきゃなんて、なんて、惨めで辛いんだーー‼)

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