第26話

26.


「では、小生はこれよりイチゴちゃんのチェキへ向かう!」

 イチラが手を額に当て敬礼した。

「その後、メグミちゃんのチェキに向かう故、会ったらまた!」


「はい、自分はメグミちゃんのチェキに向かいます!」

 釣られて優もびしっと敬礼した。


 コノミちゃんとお母さんは、すでにお礼を言って立ち去っていた。


 人ごみに紛れていくイチラの背中を見ながら、優はあることに思い当たった。

(あっ! また『おねいちゃん』が誰か聞きそびれたぁ……)


 優は一瞬頭を抱えたが、これからメグミに近距離で会える嬉しさで『おねいちゃん』の謎は一瞬で頭の隅に追いやられた。

(ま、しょうがないっか!)

 


 今回のチェキは今までのように総合受付がある訳ではなく、メンバーそれぞれについたカメラマンにお金を払い、撮ってもらう仕組みだ。


 優がメグミのチェキの列の最後に並ぶと、一人前にさっきの唇歪め男がいた。

 歪め男も優に気付いたようで、一瞬眉をしかめ、唇をさらに歪ませた。


 列は徐々に短くなり、歪め男の番になった。

「十枚分」

 歪め男はカメラマンにそう言い金を払うと、メグミに近付いて行った。

 唇は歪めたままだが半開きにし、酔ったような心底嬉しそうな表情で。


「メグちゃん! やっと会えたね……」

 そう言うと、メグミの手を両手で握った。

「イチゴちゃんは織姫みたいに待ってたって言ってたけど、メグちゃんも待っててくれた?」


「えぇ! にお会いできるの、楽しみにしていました!」

 若干引きつるような笑顔でメグミが言った。


「皆さんじゃなくて、僕、城街しろまち裕貴ゆうきを、だろ。

 今日だって十枚チェキお願いしたから。なんならもっと買うよ? 買って欲しい?」

 城街は手を握りメグミに顔を近付けながら言った。


 メグミは若干上半身をのけぞらせた。


(近い、近いんだよ顔! メグちゃんだって嫌そうじゃん! 金持ちアピールうざ!   

 それに言う事もなんかキモいし。……あれ、でも、俺もこんなこと言ってないよな?)

 優は列に並びながら、イライラしてやり取りを見ていた。


「ありがとうございます、でも……」

 メグミはぎこちない笑顔で言った。


「すみませ~ん、フィルムの残り、五枚しかなかったんで返金します」

 カメラマンが紙幣を手に言った。


「チッ!」

 城街は渡された紙幣を確認すると、唇をさらに歪めた。

「どういうことだ? 五枚あるんなら全部俺が買うんだよ」


「すみませ~ん、そうすると今待っている人分がなくなっちゃうので、一枚でお願いします」


「そんな決まり聞いた事ないぞ!」


 優はチェキが買い占められてしまうのではとヒヤヒヤした。

(ってか、こいつほんと嫌な奴だよな!)


「しかしですね~~」

 カメラマンは頭を掻きながら、列に並んだ優とその前の人をちらちらと窺う。


「そんな決まりないんだから、五枚撮れよ!」


「しかしですね~~」

 

「僕はヤオセイの御曹司だぞ! ここで断ったら、後々面倒なことになるぞ」


「しかし~~」

 カメラマンは困ったようにペコペコ頭を下げた。


「私のために、そこまでしてくれてありがとうございます!」

 メグミが明るい声で言った。

「でも、そうすると後の人が困っちゃうみたい。

 心の広い優しい城街さん、私、素敵だと思うな♪」


「そ、そうかァ?」

 城街は一瞬で顔をデレッとさせ言った。

「じゃぁ、一枚で」


(メグちゃーん、ありがと~~‼)

 優が安堵で胸を撫で下ろしていると、メグミが優を見てパチンとウィンクした。


 城街とその次の人のチェキが終わり、とうとう優の番が来た。


 優はカメラマンになけなしの三千円を渡すと、メグミの前へと進んだ。


「メグちゃん、さっきの城街って奴の買い占め阻止してくれて、ありがとう!」

 優はメグミと握手しながら言った。

 本当は両手で握手をしたかったが、城街が握手をしている時のことを思い出しあまりぐいぐい行くとメグミが困ってしまうかと思い、耐えた。


「どういたしまして!」

 メグミはとろけるような笑顔で言った。


「城街って、いつもあんななの? ちょっと怖くない⁉」

 優は周りを見渡して城街がいないことを確認してから言った。


「んーーーー」

 メグミはニコっとしながら表情を固めた。

「んーーーー……大丈夫!」


(全っ然大丈夫じゃなさそうだ!)

 優はアイドルの大変さを垣間見たような気がした。


「はいじゃあ、チェキとりまーす」

 カメラマンが言った。


「優君」

 メグミはそう言うとニッコリ微笑み、手でハートの半分を作った。


(メグちゃんが名前呼んでくれた! しかも、ハートも!)

 優も慌てて手でハートの半分を形作り、メグミの半分と合わせた。


「はい、メンメン!」 

 そう言うとカメラマンはパシャリとチェキを撮った。


 出て来た写真を優とカメラマンと確認していると、メグミものぞき込んできた。


「……すみません、私の顔が微妙なんでもう一枚いいですか?」

 メグミが言った。


「そうかな? すごくよく撮れてるよ?」

 カメラマンが言った。


「すごく可愛くとれてるよ!」

 優も言った。


「お金は後で払うんで、取り直して下さい!」

 メグミが少し赤くなって言った。

「優君、これは私がもらうんでいい?」


「ん~~、これはもしかして……?」

 カメラマンはニヤニヤしながら呟いた。


(メグちゃん、結構完璧主義なとこあるんだな~)

「いいよ!」

 優は何も気付かず、ぼけっと言った。


「じゃあ、はい、メンメン!」

 

 取り直した写真は一枚目とほとんど変わりなくよく撮れていた。違いと言えば、メグミの顔がほんのり赤くなっている位だ。


 優とメグミは一緒にチェキ見つめ、しばらくして優がメグミの方を向くとメグミも丁度視線を上げ、一瞬見つめ合う形になった。

 ほんのり汗ばみ、いつもよりもつやつやしたピンク色の頬に、潤んだ瞳が祭のライトを反射しキラキラ光る。

 優とメグミはなんとなく楽しい気持ちになり、お互い微笑んだ。


(メグちゃん可愛い!

 ってか、今メグちゃんといい感じじゃない⁉)


「はい、すいませ~ん」

 急にカメラマンの声が二人の世界に入って来た。

「次の人来たんで~」


(ちぇっ!)

 優は自分が最後だと思っていたのに邪魔が入って、心の中で舌打ちをした。


 優は慌ててチェキを専用のプラスチックケースに入れると、伝えなきゃと思っていたことを思い出した。

 

「そう言えば俺、ブログ作ったんだ。『メンメンガールズを応援し隊 by 藤優』っていうの。検索すると出てくるから、良ければ見てみて! コメントも書き込めて、メールアドレスも載ってるから! スマホも買ったから!」


「藤優君」

 声に振り向くと、イチラがいた。

「また会ったね。今日は小生がトリを務めさせてもらうよ!」

 何故か勝ち誇ったようにイチラが言った。


「はぁ」

 優はメグミとのやりとりですっかり忘れていたが、この前のイベントでイチラと最後を争ったことを思い出した。


「はい、では次の方~横に並んでください~」

 カメラマンが言った。


「優君、ありがとう。今度見てみるね!」

 メグミの言葉に、優は嬉しさでイチラのことはどうでもよくなった。


 優はイチラに押し出される形で、横歩きをしながらメグミに叫んだ。

「ありがと、でも、時間のある時でいいから。余裕のある時で!」


 メグミはにっこり笑い、優に小さく手を振った。


 優も祭の人の波に飲まれながら、大きく手を振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る