第25話
25.
「お花のお兄ちゃ~ん!」
声がして振り向くと、メグミの初ライブで場所を譲ってあげた五歳位の女の子、このみちゃんが少し離れた所で手を振っていた。
髪を高めのツインテールに結い、ピンク色で下がふわりとしたスカートになった子ども用のなんちゃって浴衣を着ている。
「このみちゃん!」
優も反射で手を振った。
ステージが終わり、優はチェキのためにメンバーが待つテントに並ぼうとしているところだった。
今回のイベントでは混雑緩和のため物販はなく、チェキのみだ。
優はバイトを始めてはいたが、まだバイト代はもらっておらず、小遣いと湊の所でのバイト代の残りで、ぎりぎり三千円位は持っていた。
「ママ~、こっち」
このみちゃんは一瞬振り返ってそう言うと、優の方に向かって来た。
「こら、勝手に行かない!」
少し後から、このみちゃんのお母さんが人ごみから姿を現した。
お母さんは髪を横で緩く一つにまとめ、普通のTシャツにジーパン姿だ。
「あら~また会いましたね~」
お母さんは優の顔を見て言った。
(そう言えば、この前ライブでこのみちゃん「おねいちゃんを見に来た」と言ってたよな。もしかしてメンバーの身内⁉『おねいちゃん』って誰⁉)
「そう言えば――」
優は『おねいちゃん』が誰かを訊こうとした。
「あっ!」
急に誰かがドンッと強くぶつかり、このみちゃんが倒れた。
「「大丈夫⁉」」
優とお母さんの声が被った。
「チッ」
ぶつかってきた男は面倒くさそうに舌打ちした。
十代後半から二十代前半位のその男は、さらりとした茶髪の前髪を横に流し緑のサマージャケットを羽織った一見イケメン風だったが、唇が歪み皮肉気な顔をしていた。
ジャケットの胸ポケットに、ブランドのロゴか大きく入ったサングラスを入れている。
「ふぅえんー」
痛みと男の態度からか、このみちゃんは泣き出してしまった。
このみちゃんのお母さんは駆け寄るとこのみちゃんを起こし、守るようにだっこした。
「ふんっ!」
唇をさらに歪めて男が言った。
「子どもをこんな人ごみに連れて来るなよ」
そうお母さんに言い捨てると、歪め男はそのまま通り過ぎようとした。
「おい、謝れよ!」
ムカッとして優は叫んだ。
優は基本事なかれ主義のヘタレだが、妹の世話を長くしているからか、小さな子どものことになると守らなきゃスイッチが入ってしまう。
「なんだお前?」
男は優を上から下までじろじろ見て言った。
優は男より頭一つ分くらい背が高く、それでも男は分厚いそこの重そうな靴を履いていた。
「こんな所に子どもがいる方が悪いだろ。金を落さない子どもに見せても意味ないんだよ! ガールズの本当の良さも分かってないだろうに。邪魔なだけなんだよ」
「それは違う!」
イチラが急に横から出て来て言った。
「子ども達は宝なり!」
「はァ?」
イラついたように歪め男が言った。
「イチラさん!」
優は味方を得た安堵から言った。
「この子達が未来の支援者、メンバーになるかも知れない!」
そう言うと、イチラはニタリ――おそらくニコリと笑いかけようとしたのだろうが――と粘着質な視線でこのみちゃんを見た。
「ふぇーん」
このみちゃんはイチラから顔を背けると、また泣き出してしまった。
歪め男はイチラを一瞥すると「ふんっ」と鼻で笑い、そのままチェキのテントの方に向かおうとした。
「あ、まだ謝ってないだろ!」
優が叫んだが、歪め男は振り返りもせずそのまま行ってしまった。
追おうとする優を、お母さんが止めた。
「このみのために、ありがとうございます。でももう大丈夫です。変にトラブルになっても困るんで」
「そうですか……」
優はまだ釈然としなかったが、追うのを止めた。
「藤優君、ナイスファイトだ!」
イチラが言った。
「ヤオセイ
「え、あいつが⁉」
ヤオセイは館森市や近隣地域に店舗を構えるスーパーチェーンで、優がバイトするトリスミとはライバルに当たる。
トリスミは庶民的で、ヤオセイは若干高級志向だ。
「うむ。チェキを撮るたび、メンバーに自分でアピールしているのを信じれば」
「えーそうなんですか……」
守らなきゃスイッチが切れヘタレに戻った優は今になって、
(マズイ、やっちゃったかも)
と口出ししたことを後悔しだした。
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