第24話

24.


 『キラキラ☆メンメン』が終わると、メンバー達はステージ端に行き、何かを手にした。

 そろばんだ。


 ステージ前は、すごく混みあっていた。

 椅子や流れを規制するポールなどなく、ただトラックステージが置かれその両脇テントが設営してあった。

 そんな訳で、ステージを見る人以外にも、そこを通路として使う人達もいて、ひっきりなしに人の移動があった。

 ステージ前に留まる人は、ガチファンや小さな子どもを連れた家族、若いカップルなど、様々だった。


「見えない~、見たい~」

 色んな所から、小さな子が見えないと訴える声が聞こえた。

 保護者はだっこや肩車をするも、すぐに力尽き地面に下ろされてしまう。

「見たいよ~」


 優はそんな子ども達の様子を見て思った。

(ちょっと可哀想だよな、こんな素晴らしいステージをちゃんと見られないなんて。

 前の方、少しでもいいからちびっこスペースとかにしたらいいのにな)


「みんな~、お待たせ!」

 イチゴが左手に持ったそろばんを掲げ言った。

「次は『そろばんずくだよ!』」


 それまでステージにくぎ付けで写真を撮りまくっていたイチラが、急に優の方を振り向いた。

「藤優君、ペンラは買ったかね?」

 そう言うと、イチラはリュックを漁りだした。


「はい! おかげ様で!」

 優はリュックからペンラを出しながら、力強く言った。

 ブログを通してイチラに教わったネットショップで、母に頼んでペンライトを購入していた。

 

「うむっ、よろしい! 今がその時!」

 イチラはリュックからペンラを取り出すと、力強く言った。


「はいっ!」

 優も勇んで言った。


「皆の者、準備はいいか‼」

 イチラは辺りを見渡すと言った。


「おーーっ‼」

 イチラの周りにいたガチファンたちもペンラを掲げ、雄たけびを上げた。


いくさか!)

 優は心の中で突っ込んだ。

(って、周りの人達、イチラさんの知り合い? 多いな。

 あれ、でも前はキラキラ☆メンメンの時にペンラふってなかったか?)


「イチラさん、ペンラを使うタイミングとかあるんですか? この前はキラキラ☆メンメンの時だった気がするんですけど」


「まぁね。この前のお習字ライブは一曲だけだったろ? だからあのタイミングだったけど、今回は三曲あるからね。あんまりはじめっからペンラ振ると情緒が足りないから、今日はこれからなんだよ」


「はぁ」

 優は分かったような分からないような気がして、あいまいな声を出した。


(あれ、イチラさん今日は三曲だって何で知ってんだろう?

 メンバーが言った訳でもないし、祭とメンメンガールズの公式情報にはなかったのに。

 でもま、毎年七夕祭は三曲とか決まってんのかな?)

 優はふと思ったが、特に訊かずに流した。


「そのタイミングって、どうやったら分かるんですか?」


「それは、小生が見計らって決めるのよ」

 誇らしげにイチラが言った。

「これでも小生、ファンクラブ会長ですから!」


「おーーっ‼」

 優は尊敬の眼差しでイチラを見つめた。

「イチラさんって、そんな偉い方だったんですね!」


「まぁね」

 胸を反らしてイチラは言った。


 ステージではメンバーの5人はそれぞれそろばんを左手に持ちその手を上にあげ、右手は腰に当て、ポーズをとった。

 音楽が始まり、メンバーはそろばんをシャカシャカ振りながら歌とダンスを始めた。


♪ そろばんずくだよ~、そろばんずくだよ~!

  あなったに、振りっ向いて欲しいから~♡   

  そろばんずくだよ~、そろばんずくだよ~!

  あなったに、好きーになぁって欲しいから~♡   ♪


「そろばんずくだよーー! そろばんずくだよーー‼」

 さびに入ると、イチラと周りのガチファン達は推しの担当色のペンラを振り、合いの手を入れだした。


 さびが終わると、すかさずカメラを構えるガチファン達。

 なかなか楽しくも、忙しそうだ。


『そろばんずくだよ』が終わると、メンバー達は、二人、二人に分かれて、ステージの両袖に引っ込んだ。


「あれ、三曲あるんですよね? 行っちゃいましたよ!」

 優は少し焦って言った。


「いや、大丈夫。まだ『愛のサンバ!』がある」

 イチラが得意そうに言った。


(さすがファンクラブ会長だな~。会長ともなると、マル秘情報とかも教えてもらえるのかな?)

 優は祭のプログラムにも、メンメンガールズ公式情報にも載ってないことをどうして知っているんだろうと、少し不思議に思った。

 

 メンバー達は、直ぐにステージに戻ってきた。

 皆背中に、担当色の大きな羽根のようなものを背負って、頭に羽根の付いたカチューシャを着けていた。衣装はそのままだが、羽根はサンバカーニバルに使われそうなものだ。


「みんな~お待たせ~」

 メンバー全員が手を振り言った。


「では、残念だけど最後の曲、『愛のサンバ!』歌っちゃうよ~!」


 陽気でアップテンポなサンバの曲が流れ始めると、メンバー達は両腕を上げ、サンバっぽい踊りを始めた。


 優は一瞬、このメロディどっかで聞いたことあるな、とも思ったが、メグミの揺れる色んな所――主にわずかに揺れる胸部辺り――を目に焼き付けるのに夢中になって、考えるのを止めた。


♪ サーンバ、愛のサーンバ‼

  メンメンサーンバ―‼ オッレ‼ ♪


「「「サーンバ、愛のサーンバ‼

 メンメンサーンバ―‼ オッレ‼」」」


 いつの間にか、優はイチラと周りのガチファン達と一緒になり、歌いながらペンラを振って揺れていた。


(あぁ、この一体感‼ メンバー達と会場が一体になって!

 愛と調和に満ちて……やっぱり、アイドルは世界を平和にするんだ‼)


 優は感動のあまり目が潤んでいくのを感じた。

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