第18話

18.


「ふーん」

 湊が腕を組んで言った。

「まぁ、プライベートな話ができないのは仕方なくね? デビューしたてなのに知り合い一人だけと親密に話してたら、まずいじゃん。

 それに、会えて嬉しいって言われたんだろ? ただの一ファンにしては、サービスしすぎじゃね?」


「それがアイドルの手口でござるよ? 変な期待を持たせるのは可哀想でござる」

 ゴーゴンがスプーンを咥え、首を振りながら言った。

「中途半端にファンを続けてずるずる時間とお金を取られるより、すっぱり諦めて、次の恋にそれを向けるでござる」


「手口ってなんだよ! メグちゃんをそんな詐欺師みたいにいうな!」

 優が珍しく大きな声で言った。

「それに次の恋って……そんなすぐに、他のコ好きになれる訳ないじゃん」


「まあ別にすぐに次の恋を探す必要はないでござるが――」


「めぐちゃんにアイドルになっても応援してって頼まれたんだ! 俺はめぐちゃんがアイドルでいる限り、応援するんだ!」


「いつまで続けるつもりでござるか?」


「め、めぐちゃんが、アイドルじゃなくなるまで……」


「では、いつまでとも分からないその時まで、優は誰のことも好きにならないと?」


「も、もちろんそうだよ」


「ずいぶん傲慢なお願いではござらんか『応援して』とは。優にいつまでとも知れず心と時間、お金を費やさせて、メグミ殿は優に何を与えるでござるか?」


「……」

 優は言葉に詰まってしまった。


(え、メグちゃんが俺に与えるもの……

 えーと、メグちゃんが元気に楽しそうに歌って踊っているのを見ると、俺も楽しいし嬉しい。それだけじゃダメなのか?)


「幸せな時間」

 優はようやくぴったりくる言葉に閃いて、思わず手を打った。

「そうだよ『幸せな時間』、これなら文句ないだろ! これ以上のものないんだから!」


 ゴーゴンは半ば優の気迫に押されたように、半ば呆れたように言った。

「優がそれでいいなら、もう拙者は何も言わないでござる」


「ま、ゴーゴンに言われても、説得力ないよなー」

 薄く笑いながら湊が言った。

「絵の女好きに、アイドルに時間とお金かけても無駄とか言われてもね~」


「はァ⁉」

 ゴーゴンの目がギラリと光ったような気がした。

「何が言いたいでござるか⁉」


「だからー、絵の女好きのゴーゴンにとやかく言われても、説得力がないって言うかー。付き合えるわけでもないんだしー」


「別に拙者は日満梨ひまり殿と付き合いたいとか、結婚したいとか思ってる訳じゃないでござる」


「いや、結婚までは言ってないけど――」

 湊が小さくツッコミを入れた。


「日満梨殿とは結ばれない運命なのは、重々承知」

 ゴーゴンは拳を握り何故か上を見上げ、何かに耐えるようなポーズをとった。

「しかし! それでも、好きなものは好き! その存在自体が、尊いのでござる。いてくれるだけで有難いのでござる」


「はぁ」

 湊の口から、あきれたような声が漏れた。


「うぅ……分かる、分かるよ、ゴーゴン‼」

 優はそう言うと、ゴーゴンの握られた手を両手で握った。

「そうだよな、付き合えなくたって、好きは好きでいいんだよな‼ その存在自体が、尊いんだよな‼」


「優、分かってくれるでござるか‼」


「分かるよ、ゴーゴン‼」

 二人は肩を抱きながら何の涙かは分からないが、オイオイ泣き始めた。


「あ~俺、一応ゴーゴンから優を庇ったつもりなんですけど」

 湊が状況にあきれながら言った。

「なんだこの流れ」


 優とゴーゴンはまだ肩を組んで泣いている。


「あ~~ばからし。俺、帰るわ」

 そう言うと、湊は荷物を持って本当に帰って行ってしまった。


 しばらく二人は状況を忘れてオイオイ泣いていたが、優が先に我に返った。


「あれ、湊がいない」

 優はきょとんとしていった。


「湊なんてほっとけばいいでござる」

 ゴーゴンが涙を拭きながら、吐き捨てるように言った。

「優には是非うちで『向日葵ひまわり、全開!』をやってみて欲しいでござる。日満梨殿の良さを分かって欲しいでござる!」


「おう、やったるぜ!」


 優とゴーゴンは残った甘味を素早くかき込むと、早速喫茶店の隣にあるゴーゴンの自宅に移動した。

 二階のゴーゴンの部屋に行くと、早速『向日葵、全開!』を始めた。


「このパーフェクトデータでプレイするでござる」

 ゴーゴンが鼻息荒く、胸を張って言った。

「このデータを使えば、全ての攻略キャラをすぐさま落とせるでござる」


「おう!」

 そう威勢よく言ったが、優はこのゲームの内容を忘れていた。


 『向日葵、全開!』は元々乙女向けゲーム。つまり、主人公の女の子が、様々なイケメンとラブラブいい感じになるゲーム。


「この、データを読み込むときの日満梨殿のアイコンがキュートでござる」

「このデート前の日満梨殿の恥じらう顔が最高でござる」

「あ、まって、そんなすぐにボタンを押したら、可愛いセリフがスキップされるでござる!」

 等々、ゴーゴンは優がプレイする間、とてもうるさかった。


 優は結局ゴーゴンの言う通りボタン操作を行うしかなかった。


 で、迎えたエンディングは、銀髪赤眼のイケメン忍者が、日満梨を抱きかかえ、優しく口づけをしようと――


「って、なんで好きなコが他の男のもんになるとこを見なきゃなんね⁉」

 優はゴーゴンの肩をつかみ、ガクガク揺すった。

「お前、どМか‼」


「はァ⁉ この真っ赤な笑顔の日満梨殿に惚れないんでござるか⁉ 理解できないでござる‼」

 口角に泡を溜めてガクガクされながらゴーゴンが言った。


 結局、優とゴーゴンは、お互いの趣味を理解することはできなかった。


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