第12話

12.


 湊のうちのアルバイトの後、優は自宅で一人、古めかしいPCの前にいた。

 バイト代八千円が入り懐の温かくなった優は、次のイベントで何を買おうか吟味しようとしていた。


 優の家族――父と母と妹――は、今日は近くのショッピングモールに行くと言っていたから、帰ってくるのは夕方だろう。

 他にもペットの猫がいるが、見たら窓辺で寝ていたのでそっとしておいた。


 人間の家族が帰ってくるまで、優は滅多にできないネット三昧をしてやろうと目論んでいた。

 普段できないのは、家族共有のPCが居間にあり、優がPCをいじっていると誰かしらちょいちょい覗いて来るから、アイドルとか恵のことが好きだとか家族にばれたくない優は、落ち着いて閲覧できないのだ。

 

 時刻は午後三時五十分。

 昼ご飯は湊の家で休憩時間にご馳走になっていた。

アルバイトの人にも、お握りと卵焼き、ウインナーにじゃがバター、青菜のお浸しといった昼食が振舞われたのだ。

 湊母と姉達が作ったというご飯は塩味が効いていて、疲れて汗だくになっていた優にはとても美味しく感じられた。


 汗だくになって帰ってきた優は、家に着くとすぐに着ていたものを脱いでシャワーを浴びた。

 その後Tシャツ半ズボンに着替えると、父のビールジョッキに氷をザクザク入れて並々と牛乳を注いだ。

 大好きなとっておきのチョコレートをパントレーから出すと、ジョッキと一緒にPC用の椅子にどかりと座った。

 PCとプリンターが備え付けられたPCラックは、居間の動線から離れた部屋の隅っこにある。椅子は、母が小学生の時から使っていた勉強机とセットだった古いけれど丈夫なものだ。


(くーっ、しんどかった!

 ほんとは昼寝でもしたいけど、こんなPC触り放題のチャンス、滅多にないからな!

 みんなが帰ってくる前に、色々調べなきゃ)


 PCの電源を入れると起動する待ち時間の間に、優はグイっとジョッキを傾けた。


(メグちゃんグッズ、何買おう! 八千円も入ったし、いっぱい買えるよな!)


 PCが起動し、優は真っ先にメンメンガールズの公式HPを見た。


「にゃ~」

 鳴き声がして、ペットの白猫がトトトッとやって来た。右後脚を少し引きずっている。


「コーネ、ただいま」

 優はコーネを膝に抱き上げると頭をなでた。


「なぁ~ん」

 コーネは甘えた声を出し、頭を優の手に擦り付けた。


 この『ネコ』を逆にしただけの単純な名前は、優が小学生でコーネを拾ってきた時に付けた名前だ。

 コーネは牛乳が気になるのか、そちらに首を伸ばし、ふんふんと盛んに匂いを嗅いでいる。


 優は左手でコーネの体をなでながら、右手でマウスを操作して、PC画面を見た。

 イベントの画面で、次のイベントのトリスミお習字ライブの詳細が載っていた。


「次のライブ、メグちゃんもお習字するらしいぞ。楽しみだな!」

 優はコーネに話しかけるように言った。


「な~ん」


「次買えるのは……」

 マウスを動かしながら、優は言った。

「よっし、チェキと、Tシャツはある! 良かったなコーネ!」

 まるでコーネが欲しがっているかのように、優は話しかけた。


  優は手元に用意したメモ帳に『チェキ、Tシャツ』と書き、値段も書き留めた。


「で、CDもある、と。……でもまあ、メグちゃんがメンバーに入ってない時のみたいだから、これはパスだな」

 PC画面を見ながらそう言うと、優はコーネの方を向き続けた。

「いいかコーネ。金ってのは限りがあるからな! 本当に欲しいのだけにしとかないと、次メグちゃんの歌声が入っているのとか出た時とか、買えなくなっちゃうからな!

 計画的に使わないと!」


「みゃう」

 返事をするかのように、コーネが短く鳴いた。


 優はマウスをゆっくり動かし、グッズを見ていった。

「……メグちゃん缶バッチ。これは絶対買いだな‼」


 優は真剣な顔でそう言うと、メモ帳に『メグちゃん♡缶バッチ』と書き、下に二本線を引いて強調した。


(めぐちゃんの写真がこんなに簡単に手に入るなんて、好きなコがアイドルになるってのも悪くない……のか?)

 優は苦労して手に入れた、たった一枚の卒業アルバム以外の恵の写真のことを思い出しながら、心の中で呟いた。

 ちなみにメグちゃん初舞台の写真は、撮ったもののピンぼけが酷くてダメだった。


(それに、めぐちゃんがアイドルになってなかったら、もう会えなくなってたかも知れないしな……。

 でもなぁ……会えるというか、俺はめぐちゃんだけを見てるけど、めぐちゃんにとっては、大勢の中の一人、下手したらいても気付かないかも知れないしな……)

 少し切なくなって、優は「はぁ」とため息をついた。


「な~ん」

 コーネが伸びあがり、慰めるように優のほほに顔をこすりつけた。


「大丈夫だよー、ありがとなー」

 優もほおずりを返しながら言った。

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