第8話
8.
「う、うん」
優は気をとり直して言った。
「まあ、好みは人それぞれだよな」
優はそう言うと、パフェの溶けかけたチョコレートアイスを細長いスプーンですくって食べた。
「そうでござる」
ゴーゴンがうなずきながら言った。
「だが、我が
そう言うと、プリンアラモードに乗った大きなスイカを一口かじった。
「ひまり殿って、なんだっけ?」
湊がタブレットから目を離して言った。
「アニメだっけ?」
優もゴーゴンが何度か言っていたひまり殿について思い出そうとしたが、漫画だがアニメだかはっきりしなかった。
とりあえず、二次元だったのは覚えている。
「日満梨殿は、恋愛ゲームの先駆け、『
元はゲームでござるが、人気が出て、アニメや漫画にもなってるでござる。
も~何度も言わせるなでござる」
ゴーゴンは身をくねらせ、嬉しそうに早口で言った。
「日満梨殿はくノ一に憧れて忍者学校に入ろうとするも、色気がなくてくノ一教室に入れず、かわりに男子教室に性別を隠して入って、なぜかモテモテうふふになるゲームでござる」
ゴーゴンはタブレットを操作すると、画面を優と湊の方に向けた。
そこには、向日葵の花を背景に、髪をポニーテールにした元気な感じの女の子の画像があった。
バックに
「え、何それ。エロゲ?」
湊が瞳を輝かせて言った。
優もゴーゴンの方に少し身を乗り出した。
「エロゲではござらん!」
ゴーゴンが大きな声で言った。
「まあ、ちょっと際どいシーンもござるが」
「際どいって、どんくらい?」
湊が身を乗り出して言った。
「でも待って、それって女のコ向けじゃね?」
優が言った。
「際どいシーンって男の?」
「まあ、そうでござる」
こともなげにゴーゴンが言った。
「でも主人公の日満梨殿が、とにかく健気で可愛いんでござるよ‼」
「へーーっ」
一気に興味を失って、優と湊は気の抜けた相槌を打った。
優はパフェの発掘作業を再開し、湊はアイスカフェオレをズズッと飲んだ。
「で、まあ、なんだったけ?」
気を取り直したように、湊が言った。
「優の話」
そう言いながら、湊はストローで優を指した。
「再来週の日曜日、トリスミでお習字ライブがあるんだよ」
優も気を取り直して言った。
ゴーゴンはまだひまり殿のことを語り足りないようで、話の流れを無視して一気に語りだした。
「日満梨殿は、何度も危ない目にあうんでござるが、めげずに常に向日葵のように前向きに、切り抜けていくんでござるよ。
人から嫌がらせとかもされるんでござるが、根に持たずに、そんな人とも最後は仲良くなれる、そんなコなんでござる。
そんな日満梨殿のことを考えるだけで、拙者の心は温かくなるんでござる」
優はゴーゴンの勢いに引きながらも、最後の方は少しだけ共感できた。
(そう、めぐちゃんのことを考えるだけで、幸せな気持ちになれるんだよな……)
「絵の女んこと、よくそんなに好きになれんなー」
湊は、薄笑いを浮かべて言った。
「好きになってどうなるん?」
「なんですと⁉」
ゴーゴンが目を吊り上げて言った。
「絵の女じゃなくて、日満梨殿でござる! 日満梨殿は拙者の中で生きているでござる!
それを、それを!」
顔を赤くして、唾を巻き散らかしながらゴーゴンは言った。
湊は一瞬面倒くさそうなうんざりした顔をしたが、すぐに仏様のような笑顔を浮かべて言った。
「うんうん、分かったよ。俺が悪かったよ」
「うんうん、ひまりちゃんも可愛いよな」
優もタブレットのひまりを見ながら、めぐみのことを思い浮かべて言った。
「分かってくれるでござるか!」
ゴーゴンは目をうるうるさせながら言った。
「流石、親友!」
湊はそんなゴーゴンの方は見ず、優に言った。
「で、お習字ライブだ」
「チェキとグッズ販売もあるようでござるよ」
ゴーゴンがタブレットを操作しながら言った。
やっと通常運転に戻ったようだ。
「チェキと握手で三千円、Tシャツ三千円……」
ゴーゴンが一瞬無言になった。
「どーしたん?」湊が言った。
「何?」優も湊とほぼ同時に言った。
「どうやら、このメンメンTシャツってやつを買うと、希望者はファンクラブに入れるらしいでござる」
「えっ、そうなん!」
優が驚いて言った。
「ファンクラブなんてあんだー」
湊が優のワンテンポ後に、間延びした声で言った。
優はスマホを持っておらず、メンメンガールズの情報は家族共有のパソコンからホームページを見て得ていた。
パソコンは居間で使うよう備え付けられているので、家族にメンメンガールズのこと、めぐみのことを調べていることがばれるのが恥ずかしい優は、短時間にこっそり、家族の気配にびくびくしながら調べるしかなかった。
そんな訳で、優はメンメンガールズの情報を、必要最低限の次のライブについてしか調べられていなかった。
「入りたい! 見せて!」
優は半ば奪うように、ゴーゴンからタブレットを受け取った。
優はグッズ説明のTシャツの近くにある、『ファンクラブについて』と言う所をタップした。
そこには、次のように書いてあった。
『「
運営事務局指定の「Tシャツ」をお買い上げの方の中で入会をご希望の方は、メンメンガールズファンクラブ「愛らぶ麺」へ入会することができます。
入会ご希望の方は、物販のときに「入会申込書」をご記入のうえ、運営事務局へお申し付けください』
「見してー」
湊がタブレットの端を少し自分の方に傾けて言った。
優はタブレットを湊とゴーゴンが見やすい位置に持った。
「三千円……チェキと合わせて六千円か……」
優はどう捻出しようか考えながら呟いた。
全財産は貯金箱の額を合わせても、二千円にも満たないだろう。
次の小遣いまでまだ日があるし、優の両親はかなり財布の紐が堅い。
「どうしよっかな……前借させてくれるかな……」
「何、金ないん?」
湊が言った。
「お年玉とか、ないんでござるか?」
ゴーゴンが言った。
「お年玉、毎年貯金しとくって取られるから多分貯まってるとは思うんだけど、でもしたら何で必要かって絶対訊かれるだろ?」
優はそこで言葉を切って、湊とゴーゴンを見た。
「ハズイだろ、かーちゃんにばれたら。アイドルとかめぐちゃんのこと好きだとか」
「ぜってーすぐばれるって!」
湊がにやにやしながら断言した。
「早めにばれて、楽になった方がいんじゃね?」
「何が恥ずかしいんでござるか?」
恥の概念がないのか、不思議そうにゴーゴンが言った。
「好きな物は好き、真っ当なことでござる」
「うん、まあ、お前んとこはそんな感じだろうな」
湊が言った。
「あの父ちゃんと母ちゃんなら、そう言うんだろうな」
優はゴーゴンの両親を思い浮かべながら言った。
ゴーゴンの父も母も、一人っ子であるゴーゴンを猫可愛がりして、甘々なのだ。
加えて、父も母も、どこか浮世離れしていて、話していると感性がどこか独特だ。
よく言えば、あまり小さなことには拘らない、器の大きい人達なのかも知れない。
父は売れない小説家兼、地元の飲食店チェーンのオーナーで、母はこの喫茶店ミュゲ、藤見町店の店長をしている。
ちなみに優の母とゴーゴンの母は高校の同級生で、そこからずっと友情が続いている。
「バイトしなきゃかなー、スマホも欲しいし」
優は嫌そうに呟いた。
「なら単発だけど、うちでバイトするか?」
湊が言った。
「今からバイト探しても次のライブまでに金手に入んないだろ?
うちなら働いたその日に出すぜ。
多分日給八千円。高校生はもしかしたらもうちょい低いかも」
「え、いいの⁉」
優は話に飛びついた。
「あぁ、ちょうど来週麦刈りと田植えの準備すっから、今バイト探してんだよ。
俺も駆り出されるし」
湊のいえは結構手広くやっている農家で、この麦作から米作にかわる時期は忙しそうだ。
「姉ちゃん達も帰ってくっし、メンメンガールズのこと聞けるかもよ」
湊がにやっと笑いながら言った。
「みーちゃん、メンメンガールズやってるとこの習字通ってたから、もしかしたら知り合いいるかも」
みーちゃんは湊のすぐ上の姉、三女で、今は東京にアパートを借りて大学に通っている。
湊は四人姉弟の末っ子長男で、姉が三人いる。
今は長女夫婦が主に農業を切り盛りしていて、次女は東京で働いているらしい。
「えっ、いいの!」
目を輝かせて優は言った。
「ホントにやる? なら今大丈夫か訊いてみっけど」
湊が自分のスマホをバッグから取り出しながら言った。
「やるやる!」
「じゃあちょっと待ってて」
そう言うと湊は席を外し、電話をかけに店の外に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます