第5話

5. 


 ステージからメンメンガールズがはけてから約十分後、少し休憩をとった彼女らは、今度はステージ脇の白い簡易テントに来ていた。


 その前には、長い行列が出来ていた。

 並んでいるのは、ガチ勢の男性ばかりだ。


(ふーよかった~、これで花束渡せるよ)

 優は安堵のため息をついた。


 優はなんの列かよく分からないまま、花束を渡そうと並んだ。

 一応メンバー別に行列は分かれているらしく、優はメグミが先に待つ列に並んだ。

 メグミは新メンバーで初舞台のはずなのに、軽く二十人は並んでいる。

 優はショーが終わってからもしばらく魂が抜け呆然としていたせいか、列の最後だった。


 優はメグミに会える嬉しさと、戸惑いで、心の中で忙しく自問自答していた。

(メグちゃん、花束喜んでくれるといいなぁ。

 俺が見に来てるの、ステージから見えてたかな?

 振られたのに見に来て、ストーカーみたいでキモイって思われたらどうしよぅ……。

 でも、応援してって言ってたもんな、きっと会えば喜んでくれるはず!

 でもでも、それが社交辞令だったら……)

 

「チェキと握手、一人三千円でーす‼」


 運営スタッフらしき男性がメガホンを通して言った。

 運営スタッフはみな、黄色の縦書きで『メンメン☆ガールズ』と書いてある黒地のTシャツを着ている。


(チェキってなんだ? ってか、三千円で握手⁉ 

 俺は一度もしたことないのに⁉

 ……したいけど、花束で小遣いほとんど使っちゃったしな)


 優の小遣いは中学まで月二千円だった。

 高校に入り月三千円とアップしたが、お年玉は貯金しとくと取り上げられ、バイトもしていない優にとっては、五千円の花束は勇気のいる買い物だった。

 今の優の所持金は、たった二百三十円だ。


(ってか、お金を出せば誰でもメグちゃんに触れられるって、おかしいだろ!

 俺がずっとしたかったことを、この場にいる奴らは、金を出すだけでできるって!

 アイドルって、そこまでサービスしなきゃいけないのか!

 世の中、結局金なのか⁉)


「アルバムCD三千円、メンメンTシャツ三千円、新作タオル千五百円でーす。

新作タオルは、メグミちゃんのサイン入りでーす‼」

 スタッフが叫んだ。


(くーっ、全部欲しい!

 バイト探さないとな……。スマホも欲しいし)


 少しずつ列が短くなり、メグミとの距離が縮まって来た。

 メグミは少し離れたテントの下にいて、ファンと握手をしたり、一緒にチェキで撮影されたりと、忙しそうだった。

 忙しそうだが、絶えず笑顔を崩さずにいた。


 優は一人胸を痛めていた。

(アイドルって、こんな事まで笑顔でしなきゃいけないのか⁉

 こんなよく知らない男達に囲まれて、次々と握手をねだられて……これって普通、怖くないか?

 俺の知ってる成島さんなら、絶対怖いの我慢してるよ……)


 メグミがいるテントの前に簡易テーブルがあり、そこで受付、会計を行ってからメグミに会えるようになっていた。

 

 優は気になって、ちょうど受付が始まった前の人のやり取りを凝視した。

 赤いバンダナを頭に巻き、やたら長いレンズのカメラを首から下げた、三十代位の男だ。


「メグちゃんのツーショットチェキとタオルお願いします!」


(あー、チェキって、あのインスタントカメラで撮影した写真のことなんだな)

 優はようやくチェキがなんだかをなんとなく理解した。

 

「はい、四千五百円です」

 受付のスタッフが言った。

 

 男は財布を開くとちょうど支払い、引換券のようなものを受け取った。


(高っ!

 ……大人はいいよな、金があって。俺もバイト探そう)


「次の方~」


 優は机の前に立つと、一瞬固まった。

 金欠で買えるものもなく、なんと言えばいいのかとっさに出てこなかったのだ。

「あ、あの……えぇと…」


 スタッフが怪訝そうに優を見ている。


 思わずメグミの方を見ると目が合い、メグミは嬉しそうににっこりと笑った。


「あ、あの! メグミさんに、これを渡しに来ました!」

 優はメグミの笑顔に後押しされるように、顔を真っ赤にしながら言った。


「あー、チェキとか何かお買い上げは?」

 困ったようにスタッフが言った。


「えーと、あまりお金なくて……」

 優はもごもごと小さな声で言った。


「缶バッチ、一個三百円で発売中ですが」


 優は念のため財布を見たが、やっぱり二百三十円しかなかった。


「ちょっと買えないです……」

 優は情けない思いをしながら言った。


「ぷっ、だっさ!」 

 優が声の方を見ると、前に並んでいた赤いバンダナ男がメグミのすぐそばから、勝ち誇ったように言った。


(うぅ……ほんとにださいよ、俺。

 ……でも、知ってればもうちょっと安い花束買ったのに。

 メグちゃんにこんなとこ見られて、穴があったら入りたい‼)

 優は恥ずかしさと後悔でうなだれてしまった。


メグミはバンダナ男を一瞬嫌そうに見ると、優の方、受付の方に歩いて来た。


「今日は来てくれて、ありがと!」


「あっ、なる、メグちゃん!」

 優はメグミが来てくれた嬉しさで、一瞬本名を呼びそうになったが、慌てて言い直した。

 面と向かって下の名前で呼んだことがなかったので、気恥ずかしさで優の顔は更に赤くなった。


「これ、渡したくて‼」

 優は花束をメグミに差し出した。

 花束は人込みで揉まれたせいか、包装紙がぐちゃっとなりマーガレットの花弁もかなり散ってしまっていて、よく見るとみすぼらしくなっていた。


(うわぁーこんなになってたの気付かなかった!

 こんなの喜んでもらえないよ……)


「ご、ごめん、買った時はすごくきれいだったんだけど、こんなになっちゃって……」


 メグミは一瞬きょとんとしたが、すぐに顔いっぱいの笑顔になった。

「とってもきれいだよ、ありがとね!」


「ショー、すごくよかったよ。なんか、ほんとによかった‼

 会場にいる人達みんな楽しそうで、子どもも踊ってたし」

 優は嬉しさのあまり慌てすぎ、自分が何を言っているのかよく分からないまま、勢いで言った。


 メグミは大きな花束に一瞬顔を埋めた。

 顔を上げると、少し赤くなったとろけるような笑顔で言った。

「ほめてくれてありがとう。自分ではできはよく分からないんだけど、今日のためにすごく頑張って来たから、嬉しい」


「俺、応援するよ! これからもずっと‼」


「ありがとう」

 そう言うと、花束を抱えていない方の手を差し出した。

「よろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願いします‼」

 優はメグミの手を勢いよくにぎった。


 二人の意識の外では、赤いバンダナ男や他のファン達が、悔しそうに優を見ていた。


            *   *   *


 そんな優的にはいい感じに終わったメグミの初舞台であったが、公式トゥイッターにイベントに花束持ち込み禁止と書かれるのに、そう時間はかからなかった。

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