第4話

「みんな~今日も来てくれて、ありがと‼」

 

 時間になり、元気一杯の4人の女の子たちが、手を振りながらステージに上がった。

 メンメンガールズの4人だが、まだ恵はいない。


 みんな同じデザインの、スカートの短い白い水玉模様のふりふりワンピースを着ている。

 違うのは色で、それぞれのイメージカラー、赤、白、黄、青の物を着ている。

 白のコだけ、白ではなく黒い水玉模様だ。

 みんなヘッドセットを付けており、マイクは握っていない。


 ちなみに、優は何を着ていいか分からず、制服の黒い学ランで来ていた。

 花束を持って学ランを着た優は、良くない方で目立っていた。


「今日は緑川みどりかわニコルちゃんとバトンタッチで入った、緑野みどりのメグミちゃんの初舞台です! みんな、応援してね~‼」

 赤いワンピースを着たコがそう言うと、両腕をステージの脇に伸ばし、手をヒラヒラさせた。

 続いて白、黄、青のコも同じように手をヒラヒラさせた。


「メグちゃん、どうぞ~‼」

 

(いよいよ、成島さんの番だ!)

 優は久しぶりに想い人に会える嬉し恥ずかしい気持ちを胸に、花束を握りしめた。


 衝立で見えないようになっている袖から、緑のワンピースを着た恵、いやメンメンガールズとしてのメグミが走ってステージに上がった。


 やや小柄ながらもすらりとした手足にまっすぐ伸びた背筋のせいか、足の動きや手の振り、一つ一つの所作が美しく見える。

 重めの前髪に両脇に少しの髪束を残し、肩ぐらいまでの艶のある髪を両こめかみの少し上のあたりで緑色のフリルの付いたリボンで止めている。

 やや丸みを帯びた顔の輪郭に、ちょこんと小さな鼻と口。くりっとした黒目がちの瞳に、澄んだ白目。


(成島さん……いや、メグちゃん、やっぱり可愛い‼)

 優は、初めて見るアイドル姿のメグミを前に、目頭が熱くなるのを感じた。


 他の4人がメグミの両脇に2人ずつ立ち、メグミに向けて両腕を伸ばすと手をヒラヒラさせた。


「ご紹介ありがとうございます!」

 片手を大きく振りながら、はつらつとした声で言った。

「キュウリにゴーヤ、白菜小松菜、みんな大好き緑の野菜、緑野メグミです‼

よろしくお願いします‼」


(でも、あんな大きなはきはきした声で話して、やっぱり学校の時とは違うよな)

 優は以前の少し小さな声で恥ずかしそうに話す恵を思い出しながら、少し寂しさを感じた。

(……アイドルとして、少し無理して頑張ってるんだ)

 そう思うと、優は知らぬ間に両目から熱い涙を流していた。


 ちなみに、キュウリにゴーヤ、白菜小松菜は館森市でよく作られている野菜で、おそらく農協がらみの大人の都合上、メグミのキャチコピーはそうなったと思われる。


「みんな~メグちゃん、よろしくね♡」

 赤いワンピースのコが言うと、他の3人も声をそろえて言った。

「よろしくね🎵」


「では早速、歌っちゃうよ~‼

始めはこの曲、私達のテーマソング、『キラキラ☆メンメン』」

 赤いコがそう言うと、みんな素早い動きで、定位置についた。

 メグミはステージの優から見て一番右側だ。


 アップテンポな曲が始まり、メンメンガールズは切れのあるダンスと歌を始めた。

まだ少し幼さの残る、可愛らしい声だ。


 優はメグミのコロコロ変わる表情や揺れる髪、スカートの裾の辺りを、猫じゃらしを見る猫のように忙しく見つめた。


 優は始めそんな感じだったから、歌はサビの部分だけどうにか覚えられた。


♪わたしたち~キラキラメンメン~

 キラキラメンッメン~、わたしたちキラキラメンコイ、メンメンガ~ルズ~♪


 会場にいる小さな子ども達が、歌に合わせて楽しそうに踊った。

 みんな好き好きに踊る適当なものだったが、優は猛烈に感動してしまった。

 ガチ勢も、写真を撮る合間にだが、体を揺らして楽しんでいる。


(会場のみんなが一つになってる……メンメンガールズの歌と踊りで。

アイドルには、みんなの気持ちを一つにする力があるんだ。

愛と調和に満ちて……アイドルは世界を平和にするんだ‼)


 優は今まで特にアイドルに興味を持ったことがなかったからか、アイドルに耐性がなかった。

 それが、好きなコの可愛いアイドル姿という強烈な場面にいきなりさらされて、天国の門を間違って開けてしまったような、新しい世界が広がったような、そんななんとも言えない恍惚感に包まれていた。


 その後、定番の曲らしい『そろばんずくだよっ🎵』と『愛のサンバ!』が続いた。



 ショーが終わっても、優は魂を持っていかれたように、ステージを見つめたままだった。

 涙が、滝のように流れているのも気付かぬままに。


 なので、コノミちゃんとそのお母さん、更にその結構な数のお友達がすぐ近くに来ていることに気が付かなかった。

 コノミちゃんのお母さんは、優の場所がどんどん後ろになってしまっていたのを気にして、お礼と謝りに来ていたのだ。

 しかし、優の泣きっぷりに、なかなか声をかけられないでいた。


「ねぇ、お花のお兄ちゃん、すっごく泣いてるよ」

 コノミちゃんがお母さんの顔を見ながら、心配そうに言った。

「お兄ちゃん、可哀そう。どうしたのかな?」

 コノミちゃんが心配そうに首を傾げた。


「おっかしいの~~」

 後から来た、コノミちゃんのお友達が笑いながら言った。


「もうおっきいのにね~。赤ちゃんみたい!」

 他のお友達もそう言うと、小さいお友達がいっせいに笑った。


 優は笑い声に魂を引き戻された。

 自分が笑われているのに気が付き慌てて涙をぬぐうと、白い顔が見る間に真っ赤になっていった。

 

 優が花束を渡しそびれていることに気が付くのは、もう少し後の話だ。



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