ライブ1
第3話
3.
優は途方に暮れていた。
爽やかな五月の青空の下、大勢の人ごみの中に優はいた。
場所は希望の広場。
だだっ広い芝生が広がる場所で、館森市で祭が開かれる時よく使われる所だ。
優はメンメンガールズがステージに立つ、つつじ祭に一人で来ていた。
今日は恵が初めて舞台に立つ日。
メンメンガールズの公式トゥイッターでそれを知った優は、気合を入れて応援しに来たのだ。
(久しぶりに成島さんに会える!応援するから!)
祭の会場に来て十分ほどはそんな気持ちで一杯だった。
優と恵は別々の高校に進学した。優は地元の偏差値ほどほどの高校で、恵は近隣の有名進学校に通っていた。
ちなみに当郷と湊も優と同じ学校に進学したが、当郷だけクラスが分かれてしまった。
優はしばらくして、場違いな自分に気付き始めた。
優は大きな花束を抱えていた。
ピンクや白、オレンジのマーガレットをメインに、白いカスミソウ、青い桔梗が数本入った、かわいらしい感じの物だ。
(マーガレット好きって言ってたもんな。外してないはず)
花が人ごみで傷付かないかばかり気にしていて、しょっちゅう人とぶつかっていた。
優は混雑する祭の中、花束を持った自分がかなり浮いている事にようやく気付いた。
暑さのせいか、花はくたっとしはじめている。
(湊め~~! 花束渡せばポイントアップとか言って、誰も持ってねーじゃん!
これじゃぁ俺、ただの痛い奴じゃん! 高かったのに!)
恵の初イベントにつき、アイドルのライブに慣れてない優は、当郷と湊に相談していた。
「やっぱり花束は必須だろう。花束渡されて喜ばないコいないよ。ポイントアップ間違いなし」
湊はもっともらしく言った。
(やっぱ、もてる奴の言うことは違うな)
優はうんうんうなずきながら思った。
「だな、ピアノの発表会とか渡してるしな」
優は妹の発表会の時を思い出しながら、まるで自分がもてる側の人間かのように、いかにも分かっている風に言った。
「そんなもんでござるか?」
当郷は首をかしげながら言った。
しかしあまり祭に行った事がなく、女の子と関わったこともない当郷は、それ以上何も言わなかった。
ちなみに、当郷と湊は、それぞれ用事があると言って、誘っても一緒に来てはくれなかった。
祭の会場には、移動式ステージが設置されていた。
そこで時間によって、子どもダンススクールのショーだの、おばさま方のフラダンスショーだのが行われるのだ。
そのメインをはるのが、メンメンガールズのショーだ。
ステージは金属の骨組みむき出しな簡素な物で、体育館のステージと同じくらいの高さと広さの白い板張りで、日よけとして白い布の様な物が上に張られていた。
ステージのバックの白い布には、「館森市 つつじ祭」とカラフルな字で書かれていた。
14時からライブが始まる予定だ。
まだそれまで30分もあるのに、ステージの前にはぽつぽつ人だかりができていた。
そこにいる人達は、概ね2種類に人に分けられた。
まずは、純粋に祭を楽しみに来た人達。家族連れやカップル、小中学生のグループなどなど。
もう1種類は、いかにもな格好の、メンメンガールズのガチファン達だ。
脚立に乗りカメラを構えベストポジションを探す男性、やたらとレンズが長いカメラを首からぶら下げうろうろしながら時折急にカメラを構える男性。
皆、少しでも良い撮影場所を見つけようと一生懸命だった。
(みんな何時からいんだ?
それに、いいカメラ持ってんなー。ファンたるもの、スマホ撮影じゃ満足できないんかな)
ちなみに優はスマホすら持ってないので、今日は親の古い普通のデジタルカメラを持ってきていた。
スマホがないので、トゥイッターとかの情報は普段は家族共有のパソコンで見ている。
ガチファン達を見て、優は自分がアイドルのステージを舐めていたことを悟った。
(で、誰も花束なんて、持ってねーし!)
優は、自分がファンの中でも浮いていることを、再認識した。
ステージの前をしばらくうろつき、優は右袖の出演者がステージに出入りしそうな所に近い最前列でショーを見ることにした。
花束を渡すことを第一に考えての場所取りだ。
(本当は正面で見たいけど、花束渡せなきゃ意味ないもんな)
優はドキドキしながら、ショーの始まりを待った。
開演時間が近付き、ステージ前は混みあってきた。
椅子とかはない立ち見のみの場であったが、前の方は高そうなカメラを持った大人の男達、ガチ勢でほぼ埋まっていた。
「あーん、ママ、みえないぃー」
小さい女の子の駄々をこねるような声が聞こえた。
優が振り返ると、髪を二つに結った五歳くらいの女の子と、荷物をたくさん抱えた長い髪のお母さんがいた。
(俺のせいで見えないのかな……でも、成島さんを最前列で応援したいし)
優は悪いと思いながらも、知らんぷりすることにした。
「マァマー、みえないー」
「人がいっぱいなんだから、しょうがないでしょ。
始まったら、抱っこしてあげるから」
お母さんがなだめるように言った。
「やぁだぁー、いまだっこー」
「しょうがないなー」
そう言うと、お母さんは荷物を下におろして女の子を抱き上げた。
「やったー」
女の子は抱き上げられ、嬉しそうに言った。
しかし、しばらくして、
「あー、重いっ」
とお母さんが小さく叫ぶと、女の子は地面に下ろされてしまった。
「やだー、みえないー」
「えー、待って。もう少ししたらね」
お母さんは困ったように言った。
「ヤダー‼」
「あの、場所、代わりましょうか」
優は思わず後ろの母娘に声をかけていた。
「やったー!」
女の子が両手を挙げそう言うと同時に、優の前に素早く回り込もうとした。
優は女の子の勢いに押され体をずらし、後ろに回った。
「いいんですか? すみません」
お母さんは申し訳なさそうに頭を下げながら、女の子に続いて優の前に移動した。
「大丈夫です、見えるんで」
そうは言ったが、優の本心はこうだった。
(あーでも最前列がよかったな。成島さんにも見に来てるの気付いて欲しいし。
……でもまぁ、お母さん大変そうだったし、これでいっか)
優は結構なお人好しだった。
「ありがとうございます」
お母さんは優にもう一度頭を下げると、女の子の方を向いて言った。
「ほら、お兄ちゃんに、ありがとうしなさい」
「ありがとぉ、ございます」
そう言うと、女の子は優の顔を見てにこっと笑った。
「あー、コノミちゃん!」
急に小さい子の声が斜め後ろから聞こえた。
「あらー、やだー、久しぶり!」
5才位の長い髪を三つ編みにした女の子と、そのお母さんらしき人が近寄って来た。
どうやら前のお母さんと知り合いらしい。
「ほんとー久しぶり!今日旦那さんは?」
「それが、今日仕事になっちゃたのよ。祭、この子と来たいって言ってたのに。
コノミちゃんのとこは?」
「うちは昨日飲み過ぎで、家で寝てるって。もーやんなっちゃう」
そんなママ友同士のやり取りがしばらく続いて、気が付くと後から来た母娘も優の前を陣取っていた。
話の合間に、コノミちゃんのお母さんが優を見て「すみません」と小さく謝った。
その後も何故かコノミちゃんとお母さんの知り合いがどんどん増えて行き、優は人に揉まれて移動しているうちに、どんどんステージから遠ざかってしまった。
(うぅ……こんなはずじゃなかったのに!
最前列で、一番近くで応援して、成島さんにも気付いて欲しかったのに。
こんな後じゃ、絶対気付かれないよぅ。
やっぱ、場所なんて代わんなきゃよかったーー‼)
そうぐじぐじと考え続ける優は、お人好しと言うより、へたれなのかも知れない。
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