第6話

6.


「で、どうだった、アイドルのめぐちゃんは?」

 席に着いて早々、みなとが訊いて来た。


 今日は当郷とうごうの家の喫茶店、ミュゲに集まり、ゆうへの『恋の進路相談』をすることになっていた。

 言い出しっぺは湊だ。 

 

 ミュゲは落ち着いた木材の優しさを感じさせる内装で、テーブルごとに低い木の衝立で仕切られており、ゆったりとした雰囲気が漂っていた。

 優達は、店の奥まった、一番目立たない席に座っていた。


 日曜日の四時頃で、店は結構混雑していた。


 優はダークチェリーガトーショコラパフェ、当郷は天使のプリンアラモードを食べていた。

 天使のプリンアラモードはミュゲの看板メニューで、とろけるようなプリンにたっぷりの生クリーム、それを旬の果物が囲む、甘いもの好きにはたまらない逸品だ。

 優のダークチェリーガトーショコラパフェは名前の通り、チョコレートパフェに、ダークチェリーがトッピングされたガトーショコラがドーンと乗ったチョコ好き垂涎の逸品だ。

 湊はアイスカフェラテをちびちび飲むだけだった。

 当郷の家に集まるといつもおやつと称して、こういった喫茶店のメニューをタダで飲み食べさせてくれる。太っ腹だ。


「可愛かった、輝いてた……」

 脳内でショーの記憶を再生しながら、優はうっとりと言った。

 

「ちゃんとやれてたでござるか」

 当郷が意外そうに言った。

成島なるしま殿は恥ずかしがりやゆえ、がちがちに緊張してそうでござるが」


「それが、ゴーゴン!」

 優は勢いよく言った。

 ゴーゴンとは、当郷のあだ名だ。とうすけの氏の終わりと名の始まりをとって、ごうごん、呼び辛いからゴーゴン。


「すごく堂々とにっこりしてて、全然初ステージって感じしなかった」

 優は首をひねりながら言った。

「歌もダンスも完璧だった」


「それって、優に変なフィルターかかってたからじゃないか?」

 湊が言った。


「いやー、本当に輝いていたと思うよ。初ステージなのに、何人もチェキと握手に並んでたし」 

 通ぶって優は続けた。 

「チェキって、インスタントカメラで撮るサービスの事ね」


「ふーん、やるじゃん。めぐちゃん」

 湊が感心したように言った。


「そう言えば、湊‼ 誰も花束なんか持ってなかったし、そのせいで金なくなって俺、恥かいたんだぜ‼」

 優は恥ずかしさまで思い出しながら、八つ当たり気味に言った。


「そうなん? 悪い悪い!」

 湊が軽く笑いながら言った。


「で、渡せたでござるか?」  

 ゴーゴンが言った。


「渡せた。喜んでくれた」

 優は渡した時のメグミのとろけるような笑顔を思い出し、にやけながら言った。

「本当はチェキ買わないとダメなのに、握手もしてくれた」


「おーーっ!」

 ゴーゴンが目を見開き言った。


「なんだ、結果オーライじゃん」

 湊がストローでカフェラテを混ぜながら言った。

「これで、少なくとも優を嫌ってないってことが分かった訳だ」


「そうだよな!」

 優は弾んだ声で言った。

「むしろ好きさえあるかも⁉」


「成島殿は優しく公平な性格ゆえ、他のファンと同様に握手をしただけでござらんか?」

 ゴーゴンが首をかしげながら言った。


 優はしゅんと首をうなだれた。


「でもまあ、『このストーカー、キモイんだよっ』ってやつに、不必要な握手はしないだろ」

 湊がにやっとして言った。

「良かったじゃん、そこまで嫌われてなくて」

 

「そうかな、やっぱそうそうかな⁉」

 優は前のめりになりながら、目を輝かせて言った。

「やっぱり俺、このまま応援続けていいんだよな‼」 


「ところで、成島殿に告白していた他の生徒は、会場にいたでござるか?」

 ゴーゴンがホイップクリームの上に乗った苺を慎重にすくいながら言った。

 そしてそのままぱくりと苺をほおばった。


「そいえば知ってるやつには合わなかったな」

 優は首を傾げて言った。

 そう言うと、優はダークチェリーをフォークの先でつついた。


「まあ、高校生で地元のしょぼい祭りに行くやつ、あんまいないよな」

 湊が言った。

「やっぱり、アイドルになること言ったの、優だけだったんじゃね。

 じゃなきゃ、告白した他のやつらもショーに来てただろ」


「俺、もしかして、めぐちゃんとそのうちつきあえちゃう⁉」


「はぁ、それは夢見すぎでござる」

 苺を飲みこんだゴーゴンが言った。

「ステージできらめくアイドルと、己の姿を見比べるでござる」


「そりゃぁ、分かってるよ……」

 そう言うと、優はフォークをガトーショコラに突き刺した。

 ふわふわした妄想から急に現実を突きつけられ、非常に面白くない気分だ。


(そんなこと、ゴーゴンに言われなくても分かってるよ!

 可愛くて性格もいい、もてもてキラキラのめぐちゃん。

 でも俺は、もてたことなんて一度もない、グッズを買う金もない、ただの高校生。おまけに顔はニキビだらけだし……)


「はーーーー」

 優は大きなため息をつくと、大きなガトーショコラのかけらをがぶりとほおばった。

 

 恋する少年の心は、かなり情緒不安定だった。

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