第1話 07/08TURN

(覚悟はしていたが……父さんの作った大壺に何を入れているんだ……?)

 液体が流れ止まる様子を見計らい、ナコエーは腰を低くして大壺の中を少し遠くから覗いていく。

 厳格な王が統べるこの城に似つかわしくない混沌とした存在が見えざる闇を感じさせる。

(誰が何のために?この城で何かが起きているのか?)

(……城の内情がどうなろうとあたしには関係ない。知ったことではない……)

 ナコエーが腰を上げてゆっくりと立ち上がると、何者かが近づいていることに気付く。

 薬学者か。初めはそう思ったが、エプロンドレスのシルエットをしている。

 それも一人だ。何かを手にしていることからもメイドの姿をした暗殺者かもしれない。

 化学臭を物ともせずに平然と近づく怪人はこの城の異変に嗅ぎ付けてきた闇の部分だろう。

 考えを張り巡らしながら用心深く身構えるナコエーだが、その思惑を裏切るように怪人は礼儀正しくお辞儀をした。

「貴女様はお強いのですね」

 怪人は感情を欠いた声で話しかけてきた。

 焦茶色の短髪と瞳にカチューシャを頭につけた無表情の若い女。

 頭部に二本の角が生え、尖った耳を持つケフン族のメイドのようだ。

「次は私が相手です。とでも言うつもりか?」

 ナコエーが冗談のように言葉を返すと、メイドは首を横に振って否定する。

「いいえ。私は戦いません」

「戦わないならその斧で何をするつもりだ?」

 メイドが手にしていたのは斧だ。

 刃と柄が白金一色で馴染みのない作りから市販品ではないと推測できる。

「王妃様から貴女様にこの斧を託すようお願いされました」

「……どういう意図だ」

「大樹様からのお告げと申されました」

 王妃と面識もなければ、お告げをする大樹も知らない。

 御伽噺のような者に頼らなければいけないほど、この国の王妃は深刻な状況に立たされているのだろう。

 国賊になるような傭兵に白羽の矢が立つ理由はわからないが……斧がタダで手に入るのなら悪くはないかもしれない。

 ナコエーはメイドに斧を手渡されるが、事の経緯から無粋な疑念を彼女に投げつけていく。

「あたしに勇者ごっこでもしろと?どこに魔王がいるんだ?国王が魔王にでもなったか?」

「私には王妃様の意図はわかりかねます。申し訳ございません、ですが……戦うべきは悪しき心だと思います」

「……どこの受け売りだ」

「……お兄ちゃん」

 王妃から伝え聞いたことを淡々と述べるだけかと思いきや、兄妹の繋がりを垣間見せたメイドにナコエーは気を和らげる。

「良い兄だな、大切にしろよ。……せっかくだし、斧に名前でも付けておくか」

「この斧は正義を司るアルカナ・ウェポン……貴女様の心に共鳴する裁きの剣……」

「どっちだ」

「私は星……希望を心に天高く……」

 メイドは空を見上げ、晴天に輝く星々に手を組んで祈りを捧げるような姿勢をとった。

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