第1話 04/08TURN

 時が経つにつれて騎士達の悲鳴が遠のいていく。

 臆病風に吹かれ、ナコエーに攻め込む者が次第に減少していた。

 ナコエーが戦いながら美術品を見渡していると、見覚えのある作品が展示されていることに気付いてしまう。

(あの壺絵はミスミソウ……!?父さんがあたしの誕生花だと知って作った大壺……!?)

(父さんがあたしのために作った大壺を売るわけがない……!!)

(……売られてしまったということ……?……どうして思い出を売るの……?)

(父さん……母さん……どこに行ってしまったの……?)

 美術品には作者の意思が反映されるという。

 父が子を思って作り上げた大壺であれば、母は何を思って描き上げた絵画なのか。

 わからない。失踪した理由も、生きているのかさえもわからない。

 過去も未来も絶望しかない。非情な現実が生きる意味を奪っていく。

「試合では使ってはならん禁止技を好むのだな」

 蒸し返す悲しみに心が浸るナコエーの耳に将軍の声が届いた。

 ナコエーは気持ちを切り替えて現実に目を向ける。

「ヨテムサニヒ流空手は生きるための武道。禁止技は無い」

「なるほど。世間の常識は通用しないと」

 将軍は興味深げな顔をしながら槍の穂先をナコエーに差し向けた。

「私はメフテリガ第一騎士団の将軍ワジュメゾン」

「武器を使え。貴殿に一騎打ちを申し込む」

 やはり……!将軍ワジュメゾンの近くで弱音を吐いていた騎士の予感は的中する。

 しかし、相手は今の今まで背負っている斧どころか盾をも使わずに空手だけでここまで戦ってきた国賊だ。

 律儀に武器を使うのだろうか。

 心の中で不安を吐露する騎士とは裏腹に、ナコエーは自信ありげに口を開く。

「あたしにこの斧を使えというのか。いい度胸だな」

「忠告してやる。戦いにならないぞ」

 その言葉に驚きと共に、周囲の騎士達はワジュメゾンを見つめる。

 空手だけでこれほど強いのであれば、武器を使えば将軍を凌ぐ強さになるのではないか。

 将軍の敗北を予期する声と張りつめた緊張が高まる中、ワジュメゾンは確然と答えた。

「戦わねばわかるまい」

 武人である将軍がどう返してくるかはわかっていた。

「……忠告はしたからな」

 ナコエーはすかさず父の作品である大壺を一瞥する。

 父から声援を貰いたい。無意識にそう望んだのだろう。

 だが、大壺から僅かに臭気が漂う。少し遠くにある展示品なのに……奇妙だ。

 気になりはする。けれども、将軍と戦わなくてはいけない。

 ワジュメゾンの気迫に呼応してナコエーは背負っていた斧と盾を手にしていく。

 盾の持ち手に括り付けてあるロケットペンダントを一目見てから、斧の斧腹をワジュメゾンに差し向けた。

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