すれ違い(1)
七月の中旬、月曜日。
静かな部屋に機械的な電子音が鳴り始めた。
放っとくと延々鳴り続けるため、速やかに起きて止めなければならない。
隣の部屋にいる千聖くんたちにも迷惑だろうし。
いや、ひょっとしたらもう起きてるかもしれないけど。
「んんー……これも予知夢かなあ……」
嫌な夢を見た私は眉間に皺を寄せたまま、手探りでスマホを探した。
手探りで枕元のスマホを探し当て、アラームを切る。
スマホを握ったまま目を閉じ、カウント開始。
五、四、三、……一、ゼロ。
よし、起きた。
五秒数えることで眠気と決別。
愛用しているイルカの抱き枕をベッドの脇に退けて起き上がる。
寝ぼけまなこを擦ってベッドから下り、カーテンを開けると青空が広がっていた。
今日も暑くなりそうだ。
部屋を出て、洗面所に向かう途中、廊下にジロさんが落ちていた。
「おはよ、ジロさん」
ジロさんは寝転がったまま反応しない。
私は苦笑して洗面所に入り、洗顔を済ませた。
「おはよう」
挨拶しながらリビングに入る。
「おはよう、愛理ちゃん」
対面キッチンではエプロン姿の麻弥さんが朝食を作っていた。
お味噌汁の良い香りがする。
テーブルには優夜くんが座り、一足先に朝食を食べていた。
お父さんの姿はない。既に出勤したのだろう。
「千聖がまだ寝てるのよ。あの子のことだから、きっとまたゲームに熱中して夜更かししたんでしょう。というわけで、起こしてきてくれない?」
「えっ?」
私が!?
「愛理ちゃんが起こしに行ったら驚いて飛び起きると思うのよね。お願いできる?」
「え、でも千聖くん、私に寝顔を見られるのは嫌じゃないかな?」
「愛理ちゃん」
と、口を挟んだのは食事中の優夜くん。
彼は右手に箸を、左手にお茶碗を持ったまま、眼鏡越しに私を見つめた。
「いまなら『お母さんが行けって言った』ってことにできるよ? お兄ちゃんの寝顔を見るチャンスなんてなかなかないよ? ぼくが行っていいの? 後悔しない?」
「……行ってきます」
私はくるりと踵を返した。
「行ってらっしゃい」
麻弥さんが陽気に手を振る。
私は廊下を歩いて、優夜くんと千聖くんが共同で使っている部屋に向かった。
ドキドキしながら扉の前に立ち、控えめに扉をノックする。
「千聖くん。朝だよー」
返事はない。
ごめん千聖くん、私は好奇心に負けました! 許して!
「……失礼しまーす」
私はドアノブに手をかけた。
鍵のかかっていない扉を開け、おっかなびっくり入室する。
カーテンが締められたままの薄暗い部屋を歩く。
本棚に入っているのは教科書やノート、漫画本。
近くにある収納ラックにはゲームのソフトや小物が並んでいた。
足音を立てないように歩を進め、ベッドに歩み寄る。
水色のパジャマを着た千聖くんは仰向けの姿勢で眠っていた。
彼の枕元にはゲーム機が置いてある。麻耶さんの予想は大当たりだったみたいだ。
「…………ふふ」
なんとも無防備で可愛らしい寝顔を見て、自然と笑みが溢れる。
っと、ダメダメ。
私は彼を起こしに来たんだから。
「千聖くん。朝だよ。遅刻するよ。起きて」
もう一度呼びかけながら強めに揺さぶると、長い睫毛がぴくりと動いた。
ゆっくりと瞼が開く。
私と目が合うや否やその目は一瞬で見開かれ、千聖くんが跳ね起きた。
あ、ぶつかる、と思う暇もなく。
ごがっ、という鈍い音と共に顎に衝撃が走り、瞼の裏に火花が散った。
運動神経が良ければとっさに身を引くこともできたのだろうけれど。
そんなこと、鈍い私には不可能だ。
「~~~~~っ」
千聖くんは頭頂部を、私は顎を押さえ、二人して悶絶する。
「……なんで愛理がいるんだよ」
頭を片手で押さえたまま、千聖くんは怪訝そうな顔をした。
「麻弥さんに起こしてほしいって頼まれて……」
涙目で顎を摩る。
「……ったくもう……」
千聖くんはため息をついて、ベッドから下りた。
「……怒ってる?」
「いや。びっくりしたし、痛かったけど。怒ってはない。起きられなかったおれが悪いんだし……もう行って。着替える」
「うん」
着替えの邪魔にならないように、私は退散した。
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