ひとつ屋根の下で(1)

 運動会から一か月後。

 本格的に暑くなってきた七月の上旬。

「おお……」「わあ……」

 私と千聖くんは感動に打ち震えていた。


 私たちがいるのは十階建ての時坂ときさかマンションの一階、エレベーターの前。

「「エレベーターがある!!」」

 私と千聖くんは後ろに立っている皆を振り返り、同時に叫んだ。


「十階建てのマンションだからね。この高さになると設置義務があるからね」

 麻弥さんの傍に立ち、ジロさんが入ったキャリーケースを抱えてお父さんは苦笑している。

「もう重い荷物を抱えて階段を上り下りしなくていいんだな……」

「こんにちは文明……」

 私はエレベーターの階数表示ボタンに頬擦りをするフリをした。


「私たちの部屋は五階だって言ったでしょう? さすがに階段がないと辛いわ」

「三階でも大変だったもんね」

 言い合っているうちに、エレベーターが一階に着いた。

 五人で乗り込むと、エレベーターも少々狭く感じる。

 エレベーターの後ろには鏡があった。


「なんで鏡がついてるんだろ? 移動時間を利用して、身だしなみを整えるため?」

「防犯とか?」

「車いすの利用者をサポートするためについているんだよ。自分がいま車いすに乗っていると考えてごらん。乗り込むときは問題なく正面から乗り込めるだろうけど、狭いエレベーターの中じゃ方向転換はできないだろう?」

 穏やかな声でお父さんが言う。

「うん」

 私はエレベーターを見回して頷いた。

 この狭さじゃ、方向転換するのは確かに難しい。


「だからね。後ろを確認しながら下りられるように鏡がついてるんだ」

「車のバックミラーみたいな感じですか?」

「そう、そんな感じ。千聖くんは理解が早いね」

「知りませんでした。誠二さんは物知りなんですね」

 麻弥さんは感心したように言った。


「いやいや、そんな。聞きかじった話ですよ」

「誠二さんさあ。母さんもだけど。そろそろお互いに敬語使うの止めたらどうですか? お試しとはいえ、これから家族として一緒に暮らすっていうのに、敬語を使うのはおかしくありません?」

 千聖くんがそう言うと、お父さんと麻弥さんは上昇するエレベーターの中で顔を見合わせた。

 それから、二人して照れくさそうに笑う。

「そうね、そうしましょう。これから敬語は禁止ってことで」

「うん。そうだね。麻弥さん。千聖くんも敬語は止めてくれると嬉しいな」

「……」

 自分のことを言われるとは思わなかったのか、千聖くんは目をぱちくりした。


「ああ、はい。じゃない。うん。わかった」

「敬語はなし。それが私たちの最初のルールね」

 麻弥さんが微笑んだ直後、エレベーターの上昇が止まって、扉が開いた。

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