真面目な話
「愛理、真面目な話があるんだ。ちょっとこっちに座ってくれないか」
運動会が終わってから、一週間後。
猫のジロさんをお供に、リビングのソファで漫画を読んでいた私にお父さんがそう言った。
私の顔色を窺うような、妙に緊張した様子のお父さんを見て、ピンと来た。
――とうとうこの日がやってきたらしい。
「何?
私は丸まっているジロさんを一つ撫でてから立ち上がり、お父さんの向かいの椅子に座った。
「もし、もしもだよ? 麻弥さん一家と一緒に暮らす……ってなったら、愛理は嫌かな?」
テーブルを挟んだお父さんの顔は真剣だ。
「ううん、嫌じゃないよ?」
あっさり言うと、お父さんはびっくりしたように目を丸くした。
「え? いいの?」
「うん。幼稚園の頃から麻弥さんの家にはよく出入りしてたし。何回か泊まったことだってあるし。逆に千聖くんたちが私の家に泊まったことだってあるでしょ? ほら、麻弥さんが夜勤のときとか、入院したときとかさ。そりゃ、知らない人と一緒に暮らすってなったら嫌だけど。麻弥さんたちとは長い付き合いだから。別にいいよ」
「……嫌じゃないのかい?」
「うん」
「本当に? 無理してない?」
「うん」
もう一度頷くと、お父さんはほっとしたように笑った。
「そうか。うん、それなら良いんだ。じゃあ、麻弥さんにもそう伝えておくから」
お父さんはいそいそとスマホを取り上げ、俯いてスマホを弄り始めた。
嬉しそうなお父さんを横目に見ながら、私も立ち上がった。
ジロさんがいるソファに戻ってスマホを取り上げ、この壁の向こうにいるであろう千聖くんにメッセージを送る。
『千聖くんたちと一緒に暮らすことになっても良いかって、いま、お父さんに聞かれた。引っ越しとかするのかな。引っ越しっていっても、どっちかが隣の部屋に移動するだけなんだろうけど』
既読の文字は一分も経たずについた。
この速さからして、動画でも見ていたのかもしれない。
『おれもさっき母さんに言われた。二人で相談して、言うタイミングを合わせてたんだろうな』
『なんて返事したの?』
『いいよって。おれも優夜も』
『同居が上手くいったら、お父さんたち結婚するのかなあ』
『多分な』
『私と家族になるの、抵抗ない?』
『ないよ。ジロさんを思う存分撫でられるじゃん』
『猫目当てかーい!!』
私はツッコミを入れて、『ズコーッ』と派手に転んでいるウサギのスタンプを押した。
ジロさんは半年前、近所の公園に捨てられる予知夢を見て拾った猫だ。
現場に到着したとき、ジロさんは入れられていた段ボールから逃げ出していた。
ジロさんを探すのは千聖くんも優夜くんも手伝ってくれた。
ちなみにジロさんと名付けたのは千聖くん。
目つきが悪くて、ジロって睨んできたから、ジロさん。すごく単純な名前だ。
『そっちはどうなの? おれと家族になるの抵抗ない?』
『千聖くんと一つ屋根の下かと思うとドキドキしちゃうかな』
語尾にはハートマークをつけてみた。もちろん冗談だ。
冷たい目をしたウサギのスタンプが千聖くんの返事だった。
『冗談ですごめんなさい』
土下座しているクマのスタンプを返す。
『私、来見愛理じゃなくて成海愛理になるのかな。もしかしたら千聖くんが来見千聖になるかもしれないよ?』
『へー』
『もうちょっと返事に気合入れて!? 苗字が変わるって結構大ごとだよ!?』
『いや、おれ、一回苗字変わってるから』
『あ、そうか』
『なるみとくるみって一文字しか変わらねーし、来見になっても別にいいよ。優夜も隣にいるんだけど、そう言ってる。多分、おれたちのほうが変わるんじゃねーの? こういうとき、大体苗字が変わるのって母親の連れ子のほうだろ』
『本当に千聖くんたちは苗字が変わっても大丈夫なの?』
『だからそう言ってるじゃん』
『そうなんだ。どうなるかわからないけど、私は成海愛理になっても全然大丈夫だからね!』
『ふーん。じゃ、また明日』
千聖くんは早く会話を終わらせたいらしい。
用事の最中なのか、単純に文字を打つのが面倒くさいのか。
『はーい。また明日』
空気を読んで、私はスマホを置いた。
「……なんか軽いなぁ……親同士の再婚って普通は大事件のはずなんだけどな……?」
私は首を捻りつつ、膝で丸まっている猫の背中を撫でた。
ジロさんは黒と白のハチワレ猫だ。
毛のほとんどが黒く、尻尾も真っ黒で、鼻の右横に黒い斑模様がある。
ジロさんは人間の事情なんか知ったことじゃないとばかりに迷惑そうな顔でジロリと私を見上げた。
そして、私の膝から飛び下り、お気に入りの座布団の上で再び丸まったのだった。
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