シンデレラにはなれない(1)

 私たちが通う時坂ときさか小学校に着くと、校門の前に優夜くんがいた。

 ノンフレームの眼鏡をかけた優夜くんは千聖くんに良く似ている。

 千聖くんをちょっと小さくしたら、そのまま優夜くんになりそうだ。


 つまり、優夜くんも超イケメン。

 性格も優しくて、面倒見も良いから、男女問わずにモテる。


 きょろきょろ辺りを見回していた優夜くんは、私たちをすぐに見つけて近づいてきた。

 彼の緑色のランドセルにも私たちとお揃いの猫のキーホルダーがついていて、彼が歩くたびに揺れた。


「置いてった」

「ごめん」

 珍しく不機嫌そうな弟を見て、千聖くんは素直に謝った。


「もう。大丈夫だったの? お母さんも心配してたよ?」

「うん。事故は起きたけど、運転手も誰も怪我してないし、大丈夫だよ。さっき、コンビニで母さんにもラインしといた」

 千聖くんは微笑みを浮かべ、穏やかな口調で言った。


 登校中の生徒たちに見られているから、千聖くんは猫被りモードだ。

 素の彼はもっと乱暴な言葉遣いをするし、意味もなく微笑みを浮かべたりしない。


「大丈夫だったなら良いんだけど……愛理ちゃん」

「はい」

 呼び掛けられて、私はぴっと背筋を伸ばした。

 優夜くんは普段はとても優しい良い子だけど、怒ると怖い。

 それはもう、ものすごく。


「事故現場に近づくなんて危ないでしょう」

「でも、行かないと園田さんが車にはねられてたから……」

「……それはそうかもしれないけど……」

 優夜くんは口ごもって、ため息をついた。


「……ぼくは愛理ちゃんに危ない目に遭って欲しくない」

「うん。ありがとう、優夜くん」

 私は微笑んで、優夜くんと千聖くんと一緒に歩き出した。

 イケメン兄弟に挟まれて歩く私を、生徒たちが――特に女子生徒たちが――チラチラ見てくる。羨ましそうな目で。


「見ろよあれ。あいつ女子と登校してるぜ」

 ――ん?

 背後から聞こえてきた声が気になった。

 振り返ると、登校中の生徒の中に見知らぬ二人の男子がいた。

 何故かわからないけど、こっちを凄い目で睨んでいる。


「気にしなくていいよ、愛理ちゃん」

 ちらっとそちらを見て、そう言ったのは優夜くんだった。


「優夜くんと同じクラスの子?」

「うん。背が高いほうが田沼くんで、隣にいるのが三井くん。二人とも五年生になって初めて同じクラスになったんだけど、ぼくが気に入らないらしくて、何かと突っかかってくるんだ」

「え。大丈夫なの? いじめられたりしてない?」

 田沼くんたちは意地悪そうな顔をして、こちらを――優夜くんを睨んでいる。

 雰囲気が、いかにも『いじめっ子』って感じだ。


「優夜。正直に言え。いじめられてるのか?」

 問い詰める千聖くんは真顔だった。

 すぐ近くに皆がいるのに、猫を被ることも忘れている。


 千聖くんは優夜くんをいじめる人間を絶対に許さない。

 お父さんが家で暴力を振るったときも、何度も身を挺してぼくやお母さんを守ってくれたんだよって、優夜くんは言っていた。


 いつも矢面に立ってお父さんと喧嘩ばかりしてたから、口が悪くなっちゃったけど。

 本当は誰よりも優しい、自慢のお兄ちゃんだって。


「そんなことないよ。大丈夫」

 優夜くんはあっさりとした口調で答えた。


「…………」

 無理をしているようには見えない。

 数秒をかけてそう判断したらしく、千聖くんは安心したように小さく息を吐いた。


「そしあいつらに何かされたらすぐ言えよ。おれがぶっ飛ばしてやるから」

 千聖くんは胸の前でぐっと拳を握った。


「大丈夫だって。お兄ちゃんは過保護だよ」

「いいから約束!」

「はーい。約束します」

 優夜くんはくすぐったそうに笑い、そうこうしているうちに昇降口に着いた。


 昇降口にはクラスメイトの吉田さんと木下さんがいた。

 私たちを見て何かヒソヒソ囁き合っている。


 なんだろう、何を話してるのかな。

 ちょっと感じが悪い。

 吉田さんたちの棘のある視線には気づかないふりをして、私は兄弟とお喋りを続けた。


 今日、優夜くんが所属している5年4組では調理実習があるらしい。

 それから、来月行われる運動会の話もした。

 私と優夜くんは運動神経抜群の千聖くんと違って運動が苦手だ。


 運動会のことを考えるだけで憂鬱だよね、と言い合い、運動会なんてなくなっちゃえばいいのにね、と頷き合った後。

 5年生の教室がある二階で優夜くんと別れて三階へ上る。

 私は千聖くんに続いて6年2組の教室に入った。

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