とんでもない夢(3)
しばらくして、千聖くんが戻ってきた。
「お帰り」
「ただいま。やっぱり事故が起きたんだな」
千聖くんはちらっと事故現場を見た。
項垂れている運転手さんの周りには二人の大人がいて、大丈夫ですかと声をかけている。
「うん。でも、見た感じ、運転手さんは怪我はしてないみたいだよ。園田さんたちは?」
「コンビニの前で別れた。愛理が夢で見たルートとは違うルートで学校に向かったんだろ。みんな無事で良かったな」
千聖くんは微笑んだ。
「うん。千聖くんのおかげだよ。私じゃ道案内してもらって遠ざける、なんて思いつかないもん。やっぱり千聖くんは頭いいねえ。テストもいっつも満点だし」
「まあ、確かにおれは半分以下の点数なんて取ったことないな。どこかの誰かと違って」
千聖くんは意地悪そうに笑った。
「…………」
どこかの誰か。
それは私のことだ。
この前の算数のテスト、45点だったもんな。
「ところで、朝ごはんは食べた?」
「ううん、まだ」
「おれもパン食べてる途中だった。コンビニでおにぎりでも買って食べていく? あそこ、イートインスペースあるし」
「え、でも、登下校中にコンビニに寄ったらダメなんだよ?」
「馬鹿だなー、校則は破るためにあるんだよ」
「嘘だ! 破ったら先生に怒られるよ!?」
「人助けしたんだからいいじゃん、今日くらい」
「それも嘘だ! 下校中にコンビニでアイス買って食べてたって優夜くんが言ってたもん!」
「ちっ。あいつ、チクりやがったな」
「うわあ……学校じゃみんなの憧れ、素敵な爽やか王子様なのに……実はこんなに口が悪くて平気で校則を破るような人だって知ったら、みんなゲンメツするだろうなあ……」
「うるせーな、心配しなくてもおれの演技は完璧だ。おれが素を出すのは家族と愛理だけだよ」
「ふーん……」
なんだか特別みたいで嬉しくて、ついニヤニヤしてしまう。
幼馴染の特権ってやつだよね、これって。
「で、愛理はお腹減ってないのか? 昼まで我慢できるならこのまま学校行くけど、どうする?」
「…………。実はすごく減ってる」
全力疾走したせいで、きゅう、とお腹の虫が鳴いている。
「やっぱり減ってんじゃん」
千聖くんは小さく笑って、コンビニに向かって歩き出した。
朝の風に吹かれて、彼の茶色の髪がふわふわ揺れている。
羨ましいくらいに彼の髪はサラサラで、ツヤツヤ。
私の髪とは大違い。
私を生んですぐに亡くなったお母さん譲りの私の髪はひどい癖っ毛だ。
今日は寝起きそのままな上に、かなりの距離を走ったから、大爆発してる……。
すれ違った綺麗な女の人に、「まあ、すごい頭」みたいに笑われて、私は急に恥ずかしくなった。
少し遅れて歩いていると、千聖くんが立ち止まって振り返った。
「なんでそんな後ろにいるんだよ」
「だって……私の頭、今日は櫛も通してないから、爆発してるし……」
私は友達から「美人」とか「可愛い」とか言われたことないけど、千聖くんは人形みたいに綺麗な顔をしていて、いろんな人から褒められまくっている。
クラスの女子も、他のクラスの女子も、みんな千聖くんのファンだ。
「千聖くんはすごく格好良いからさ。並んで歩くのは恥ずかしいんだよ……」
ボサボサの頭を押さえて俯いていると、千聖くんは呆れ顔になった。
「馬鹿じゃねーの」
「馬鹿って言わないでよ! 馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだよ!?」
ムッとして口を尖らせる。
「うるせー、馬鹿に馬鹿って言って何が悪い」
千聖くんは言い返してきた。
「愛理は櫛を通す暇も惜しんで一生懸命人助けしたんだろ。それはすごいことだよ」
「すごい……?」
「ああ。おれだったら誰かが傷つく予知夢を見たって、知らんぷりするよ。家族とか友達なら助けるけど、赤の他人を助けるなんて面倒くさいし大変なだけじゃん。『あなたが不幸になる未来を見ました』って伝えたところで、大抵は『何言ってんだ馬鹿かコイツ?』で終わりだし。愛理だって、これまで何回も予知夢のことを他人に話して馬鹿にされてきただろ。おれなら馬鹿にされた時点で助けねーよ。そのまま不幸になれ、ざまーみろって思う」
千聖くんはズバッと言った。
「……そ、それは……まあ……あんまり酷い態度を取られたら、ちょっと思ったりするけど……」
私だって良い子じゃない。
こっちは必死で助けようとしてるのに、馬鹿にされたら悔しいし悲しいし、腹が立つに決まってる。
もう知らんぷりして放っとこうかな、って思ったときだってあるよ。
「……でも、やっぱり、誰にも不幸になって欲しくないもん……」
だから、馬鹿にされても、笑われても、行動せずにはいられない。
「そう思えるから愛理はすごいんだよ。すごいし、えらい」
千聖くんが近づいてきて、私の手をギュッと掴む。
思わず顔を上げると、私と目を合わせて千聖くんは頷いた。
「愛理は今日、車に轢かれそうになった園田さんを助けた。不幸な未来を変えた。他の誰にもできないことをしたんだから、堂々と胸を張って、前を向いてればいい」
私の手を引っ張って、千聖くんは歩き出す。
外が寒い分、繋いだ手から彼の体温が伝わってくる。
「……ありがとう。千聖くんがいてくれて良かった」
私は千聖くんの手を握り返して微笑んだ。
私が見た予知夢を信じてくれて、未来を変えるべく一緒に頑張ってくれる人がいてくれて、本当に良かった。
「おれも愛理がいて良かったよ。愛理がいなきゃ、おれは優夜と一緒に暮らせなかった」
千聖くんの両親は四年前、千聖くんが小学二年生のときに離婚している。
原因は千聖くんのお父さんの暴力と浮気だ。
子どもたちは麻弥さんが二人とも引き取る。
そう決めたはずなのに、千聖くんのお父さんは約束を破って優夜くんを連れて行った。
千聖くんは夢の中で泣いていた。
――それが、初めて見た私の予知夢。
予知夢を見た後、私は千聖くんと麻弥さんに言った。
このままじゃ優夜くんが千聖くんのお父さんに連れて行かれちゃう、って。
私の話を聞いた成海一家は大慌て。
優夜くんは乱暴者のお父さんと暮らすなんて絶対嫌だと言い、もちろん千聖くんも麻弥さんも大反対。
でも、麻弥さんには近くに味方がいなかった。
麻弥さんの親は既に亡くなっている。
非常事態に頼れるような親戚もいないらしい。
そこで私は自分のお父さんとマンションの住人たちに事情を話し、味方につけた。
決戦の日曜日、私のお父さんは果敢に千聖くんのお父さんに立ち向かった。
みんなで一致団結して優夜くんを守った結果、千聖くんのお父さんは優夜くんを諦めてマンションを出て行った。
その日の夜、私とお父さんは麻弥さんに誘われて、成海一家と共に焼き肉を食べた。
「ありがとうね、愛理ちゃん。これから大変だけど頑張るわ」
そう言って麻弥さんは初めて見るくらいにすっきりした顔で笑っていた。
夢の中で泣いていた千聖くんも、優夜くんも笑っていて、私もすごく嬉しかった。
「並んで歩くのが恥ずかしいなんて思うなよ。愛理は可愛いよ」
私の手を引っ張って歩きながら、千聖くんはぶっきらぼうに言った。
「え……」
ドキッとしてしまう。
「ブスとかいう奴がいたらおれがぶっ飛ばしてやるから心配すんな」
「……ありがとう」
それから、私たちはコンビニのイートインスペースに並んで座り、おにぎりではなく、温かい肉まんを食べた。
千聖くんと一緒に食べた肉まんはとてもおいしかったから、もしバレて先生に怒られることになっても、まあ、いいか!
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