第8話 母からの言いつけ
ある日の薄暮時。
この時間が一番危ない。
歩行者が見えづらくなり、音が聞こえない來夢にとっては危険しかない。
來夢の耳が聞こえなくなるに連れて店の仲間に許可を得て、來夢の出勤日は近くまで迎えに行くことになった。
その日もいつもの様に迎えに行くと、
大きな信号を渡っている途中に信号が点滅し始めた。渡り切る直前で信号に突っ込んで来た車が見えたので舗道へ來夢を突き飛ばした。
來夢は上手いこと押されて轢かれなくて済んだが僕が飛ばされた。
來夢はすぐに近くの人に救急車を呼ぶように求めた。
來夢を引きそうになった車はもうそこにはいなかった。
僕はと言うと、数日目を覚まさなかった。
その間幸せな夢を見ていた。
來夢とどこか遠い国へ旅に出ていた。
新婚旅行かな。暖かい国。美味しいお酒。
プールに入ってボールで遊んでまたプールサイドに出てビーチチェアに寝転んで今しかない時を存分に味わっていた。
でも、そんな楽しい時間を過ごす中、
僕のそばに母が現れた。
「稜太。ここはあなたの居るべきところじゃない。戻りなさい。」
「でも、…來夢おいてけない。」
「あんた気付いてるんでしょ?そんなに馬鹿じゃない。來夢も心配してる。あっちのご両親も。早く戻りなさい。」
「…ママ」
「なに?」
「聞いてもいい?」
「なに?」
「ママは、來夢でもいいの?俺の奥さんになる人。」
「迷ってるの?」
「違う。ママはどうなんだろうって。」
「私は、あの子以外認めない。」
「ママ。それ
「言うからさっさと帰ってこい。いい?こんなとこでくたばったら承知しないから。」
「…じゃあさ。」
「なに?」
僕は母を抱きしめた。
「1回だけでいい。やらせて。溜まってる。」
「あのねぇ、來夢いるでしょ。」
「1回だけでいい。」
「…知ってんのよ?あんたが物好きだってことくらい。」
「…?」
「あんた、
「あれだけじゃない。全部。」
「…あんたこそいいの?人の体の一部になるって本当に大変な事よ。」
「わかってる。でも俺、あいつがいい。聞こえてても聞こえてなくてもあいつがいい。ママならわかってくれるよね?」
「わかってる。わかってるから言ってんの。」
「…会って欲しいな。」
僕の母親はもう死んでる。
僕の冗談も本気も全部わかってる。
その上で会いに来た。
決して誘いに来た訳ではなく、戻しに来た。
「いつか、連れてきなさい?待っててあげるから。」
「ママ…。」
「大丈夫。ママはいつでもあんたのそばに居る。寂しくない。でも、來夢はあたしにはなれない。だから、甘えすぎないこと。いい?」
「はい…。…あいついいな。ママいて。」
「あんたにだっているでしょ。ここに。」
「…ずっとここに居たい。」
「だめ。帰りなさい。ママはそばに居る。いつでもあんた見てるから。それでもダメなら真里亜の所に行きなさい。伝えておくから。」
「いい。真里亜は…ママにはなれない。息子だって言ってくれるけど、ママにはなってくれない。」
「じゃあしっかり戻って來夢と生きて。目一杯生きてここにおいで。そうしたらこれでもかってくらい褒めてあげる。」
「…真里亜には言っといて。行くかもしれない。」
「わかった。…來夢ちゃんと守りなさいね。こんなとこ来てる場合じゃない。」
「わかった。」
────────────『來夢。』
僕は來夢が側にいてくれてる時に目を覚ました。
「稜太。稜太?…ごめんね。」
「…」
來夢は僕の目を見て、何かを感じて布団を上だけどかしてくれた。
不思議と痛みはかんじなかった。
「お前は悪くない。どん臭くてごめん。次こそちゃんと守るから。來夢、一生着いてこい。いいな?」
凄くゆっくりだが僕がそう伝えると、
「稜太…細かいこと言うとそれ逆。…こうね。でもいい。ちゃんと伝わってるから。」
「逆か…独学だから。間違ってるとこもあるかも。」
「そういえば、稜太と初めてあった日、稜太が手話できるの見てびっくりした。でも嬉しかったな。なんで始めたか知りたかったけどそのタイミングにならなかったもんね。」
本当は…來夢と近付きたくて始めた。
うちの店にお客として来てる時に一度だけ耳に髪をかける仕草を見せた。多分、何かの音を聞きたかったんだと思う。
その時に補聴器を見た。耳の形もピアスも全部好きだった。
だから『近付きたい。』その気持ちに突き動かされて僕は手話を始めた。
僕は來夢の手に僕の手を重ねた。
「うん?なに?」
僕は、『愛してる』と伝えた。
「…なるほど?」
來夢はこの一言で勘づいた。
──────翌日。
起き上がって來夢と話せるまで回復していた。
僕はもう一度來夢の手を取って來夢に拳を作らせてその上に手のひらで円を書いた。
「したいの?」
來夢はわざと僕にそう聞く。
「正解。」と答えると、
「いつから私が耳悪いって気付いてたの?」と聞いてきた。
だから素直に、「來夢が店に来てた時から。たまたま見かけたんだよね。補聴器つけてるの。ピアスもありなんだって思ってさ。」
「支障ない所ならつけられるよ。それに補聴器にも色々あるから」
「みたいだね。」
「でも、稜太はこれが好きなんでしょ?耳の中もある程度見えるしね。」
「來夢、お前俺を、変態扱いしてるな?」
「え?違った?」
僕が微笑みながら來夢の髪を耳にかけて耳に触れようとすると手を掴まれた。そして滅多にしない手話で僕に伝えてきた。
「知ってる?」
「え??」
「私、耳弱いの。特にこの手!罪深いよ!この手のせいでそうなったの!」
僕は笑ってしまった。笑いながら來夢の頭を撫でていた。
「お前は本当に可愛いね。可愛い…。」
來夢は僕の口を読み取っていた。
「変態。」
そう言ってベットにカーテンをかけると
僕にキスした。
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