第二幕

第9話 心を開きなさい

僕の入院中、意識を戻したあと、ある人が見舞いに来た。


─────────お昼頃。


「お昼ご飯です。食べれそうですか?先生は食べていいと言ってましたよ。」


看護師さんがご飯を持ってきてくれた。


そんな時、病室にある人が来た。


來夢の顔をチラッとだけ見て枕を背中に入れて座っている僕の前に来て思い切り頬を叩いた。


さすがに看護師さんが止めに入ったが、

その人が看護師を睨みつけると、怯えて去っていった。


その人は、少し空気の抜けたような発音で僕に手の動きをつけて言った。


『あんたいつまであたしの事避けてんの?これだけあたしはあんたが大事だって言ってんの。なのになんで呼ばない?!なんであいつが呼ぶまであんたは呼ばない?!そんなにあたしが嫌い?!耳が聞こえないから?!話し方がおかしいから?!恥ずかしいから?!』


この人は真里亜。母の友達。

母は僕が小さいときに亡くなった。亡くなったその時間、僕はこの人に預けられてた。

僕がこの人に若干の距離を置くのはこの人に僕からすると二つ下の息子がいるから。要は『他人よその親』。そう思うことで寂しさをぶつける対象からずらしていた。


僕が黙っていると、


『何とかいいな!』とまた僕につかみかかってきた。


すると、來夢が止めに入ろうとするが、真里亜は睨みつけた。でも來夢も引かない。


『あなたが誰かは知らない。でも近い人なのはわかる。だからといっていまこうするのは間違ってる!』


そう上から真里亜に言うと、真里亜は何かを察して僕から離れた。


僕は真里亜の目を見て、


『真里亜、真里亜が嫌いで言わなかったんじゃない。真里亜にはかけるがいるよね?大人とはいえ息子に変わりない。でも俺は所詮『友達の子』どれだけ頑張ってもあいつにはなれない。だから言わなかった。』


と手話で伝えた。


すると、『誰が「遠慮しろ」って言った?あんたはあたしの子なの。分かる?!翔も稜太もあたしの子!!私はあんたの母親!!』と返してきた後にふと我に返った。


『…あんたそれどこで覚えたの?』


僕は來夢を指さした。


『この子?』


『こいつも耳聞こえないの。この2年で残ってた聴力も失った。…俺、うちの店で來夢を見て一目惚れした。だから下心で始めた。』


そう答えると、


『所々間違ってるけど言いたいことはわかる。』


そう言って真里亜は僕を抱き締めた。

正直やめて欲しかった。



閉じよう、閉じようって努力してきたのに、開いてしまいそうになるから。

全力で甘えてしまいそうになるから。


でもそれを、真里亜はちゃんとわかっていた。


一旦僕から離れると、


『甘えていいの。甘えなさい。麗美があたしに言いに来た。「稜太をお願い」って。言われなくてもわかってる。けど問題はあんた。麗美ママ

あんたを私に任せたの。なのに何?いつまでてんの?!いつまで心閉じてるの?ちゃんと開きなさい!私はあいつの代わりなの!』


僕はそう声と手で訴える真里亜に負けた。


堰を切ったように涙で溢れた。


そんな僕を真里亜は優しく抱きしめてくれた。


『それでいいの。それで。あたしはあんたのママなんだから。可愛いお嫁さんもらうんでしょ?孫の顔だって見たいんだから。耳が0でも目は4つ。私とは違う。』



そう。真里亜はシングルで翔を育てあげた。

僕の母は、2年ほど僕を育てて自死した。

自分で自分をおいつめてしまったから。

僕に小さな火傷が出来て父に責められたことが原因だった。それまでも父の両親に責められていた。


真里亜は何度も何度も乗り込んでくれていた。

でも耳の聞こえない2人は相手にされなかった。


そう…僕の母親も耳に障害をもっていた。


だからなのか、僕はいわゆる『』よりも障害を持った綺麗で可愛い子に惹かれる。


この目の前にいる來夢もその一人。

運命の一人。


少しして、僕は來夢に真里亜のことを話した。

真里亜にも來夢のことを話した。


真里亜にとって、口うるさい母さんになってくれたらいいなと切に願った。

本当は優しい母が言いけれども、耳が聞こえないことは致命傷にもなる。


コンロで火をかけていても音が聞こえない。

車が来ていても音が聞こえない。


命に直結するから。でもそれを身をもって生きてきている真里亜が僕は頼もしくも見えていた。




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