第6話
あれから一週間が過ぎた。
澪は一度も配信をしていない。
「やっぱりアンチのせいなのかな。」
特にやることもなく自室のベッドに横たわり、天井に手を掲げる。
「もう一週間か……。」
私はスマホを手に取り、ホーム画面を起動する。
ピコッ。
LIMEの通知音。
「澪さんからだ。」
噂をしていれば一週間ぶりのLIME。
『今から駅前に出れる?』
私は時計を見る。今は11時ちょうど。お昼ご飯にはちょうどいいかもしれない。
『大丈夫です。行けます。』
『何時くらいになりそう?』
『30分後に着けそうです。』
『それじゃ、11時30分駅前で。気を付けてきてね。』
私はスマホを閉じ、すぐさま準備する。
―――
「お待たせしました。」
駅前に着くと、澪さんが先に待っていた。
「
「おはようございます。もうお昼ですけどね。」
「あはは。とりあえず、先にご飯でもどう?」
「いいですね。どこにしましょう?」
幸い駅前は飲食店が網羅されているので、どんな料理でも狙うことができる。
「陽菜乃ちゃんはどんな気分?」
「私ですか?パスタ系の気分です。」
「あらら。私はラーメンの気分だったんだけど。」
「ラーメンって、お家でも食べれるじゃないですか?」
「陽菜乃ちゃん、ラーメンはね、お店でしか味わえない究極の味なんだよ!!」
突然肩を掴まれ力説される。
「いい?ラーメンと一言で言っても、お店によってスープも違うし、材料も違う、すべてが違うの。だからひとくくりにするのはラーメンへの冒涜なの?いい?」
「あ、はい……。」
「じゃあ、行こう?」
「あ、はい……。」
急に何かのスイッチが入ったようで、私の提案にすら触れることなくラーメン屋さんへと向かう。
店内に入るとお客が全くいない。
「らっしゃぁい!!」
「おっす親方!!」
「おー!澪ちゃんかい!お友達も連れてきたのか?」
「友達というか、マブよマブ!陽菜乃ちゃん、おいで?」
店主の正面のカウンターへ腰かける。
「あの、ここって?」
「ここはね、穴場なんだよ。知ってる人は全然いないけど、味は最高なんだよ。」
「ありがとね。いつものでいいかい?」
店主さんがいつものというくらい通っているらしい。
「陽菜乃ちゃんも同じのでいいよね?」
「あ、はい……。」
いつものが分からないけど、ここは任せた方がいいだろう。
「あの、ひとつ聞いていいですか?」
「何?」
「お客さん、他にいませんけど今日営業しているんですよね?」
「このお店はね、一言さんお断りなの。」
「え?」
「あはは!そんな大層なもんじゃねぇよ!ただ、知ってるやつに食べてほしいだけなんだよ!」
経営大丈夫なのだろうか。
「今、経営大丈夫かしらって思わなかった?」
「え?いや、そんなことは!!」
澪さんに不意を突かれる。
「このお店はね、身分を隠したい人がお忍びで日常を楽しみに来る場所なんだよ。」
「どういうことですか?」
「社会に出るとね、立場的にお店も選ばないといけなくなる。あとは察してほしいとしか言えないね。」
「分かりました。」
結構偉い人も御用達ということらしい。
「どうしてもね、ここを教えておきたくて。」
「私はただの高校生ですけど?」
「陽菜乃ちゃんは私の中で特別なの。だから、ここも教えておきたくて。」
「え?あ、ありがとうございます。」
急に真面目な眼差しを向ける澪さん。
「ま、そんな堅苦しくなんなくてもいいから、味わっていきなよ!」
店主さんが調理しながら声をかける。
「お待ち!」
二人分、同時に差し出される。
「わぁ。」
思わず声が出る。
「陽菜乃ちゃんが私と同じ反応でほほえましい限りだよ。」
「ガッツリ系かと思ったら、標準よりちょっと少な目な量だけど盛り付けが日本料理みたいなラーメンですね。」
「そうなんだよ、これが美しくて美味しいんだよ。」
「いただきます。」
髪を押さえながらスープからいただく。
「陽菜乃ちゃん、ちょっとお顔おいで?」
手招きする澪さん。
「何ですか?」
澪さんに顔を近づけると、ヘアゴムで髪を結んでくれた。
「あ、ありがとうございます。」
「さ、楽しみたまえよ。」
「いただきます。」
美味しい。ラーメン屋さんはたくさん行ったことがあるけど、このお店も独特の風味があって素晴らしい。どちらかというとあっさり系で食べやすい。
「こってり系にはちょっと向かないかもしれないけど、陽菜乃ちゃんはどっち系?」
「私もあっさり系なので最高です!」
思わず笑顔が出る。
「その笑顔、可愛いね。」
すごく母性に溢れた微笑みを見せる澪さん。嬉しさと寂しさが入り混じった違和感のある微笑みだった。
店主さんは他にお客がいないので、椅子に腰かけて新聞を読み始めていた。
「か、可愛くないですよ私なんて……。」
「何言ってるのよ、陽菜乃ちゃんは可愛いよ。すごくね。」
「もう。」
私は照れくさくなりラーメンを食べる。
「ふふっ。」
澪さんもラーメンに手を付ける。
しばらく会話もなく、黙々と食べる。
「ごちそうさまでした。」
少量に見えたけどすごくちょうどいい量だった。とりあえず食べきれてよかった。
「あいよ!ありがとね!」
「あ、お会計は私が出すよ。」
「悪いですよ!私も出します!」
「私が連れてきたんだから、ね?」
「ダメです!」
これでは前回と同じになってしまう。
「あはは!お互い素晴らしい精神だね!陽菜乃ちゃんははじめてのお客さんだから半額でいいよ!」
「え?あ、ありがとございます。」
「ほら、そういうことだから。」
「……分かりました。」
結局、澪さんにおごってもらうことになったけど、お店の外で待つように言われ一体いくらだったのか知ることはできなかった。
「おまたせ~。」
満足そうにお店から出てくる澪さん。
「これからどうしますか?」
「ちょっと気晴らしでもしようか?」
「いいですね。」
「それじゃ、水族館行かない?ちょっと幻想的な世界に行きたくて。」
「はい。」
澪さんは私の手を握ってくる。
「え?」
「ふふっ、はぐれないようにね。」
「もう……。」
すごく嬉しそうな澪さんの笑顔に、私は何も言えないまま素直に手を握り返した。
心の一片は、君だから。 ゆきづきせいな @yukiduki_seina
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