第5話
その後もしばらく楽しく雑談をしながら、無事オムライスが完成した。
「できました。」
私は緊張した面持ちで澪さんに差し出す。
「おお!美味しそう!」
澪さんはケチャップの封を開けて私に差し出す。
「何ですか?」
嫌な予感がする。
「美味しくなる魔法、ちょうだい?」
「……そういうのはそういうお店でやってください。」
「え~いいじゃん、澪ちゃんに何か書いて欲しいな。」
私が文字を書いてくれることを確信した眼差しで上目遣いで攻めてくる。
「分かりました。」
期待に胸を膨らます澪さんに、何か仕返しをしてやろう。
『か』
「おお!」
澪さんはきっと“かわいい”だと思っているだろう。私はにやけそうになる顔をどうにか抑える。
『し』
『こ』
「……。」
「どうしました澪さん?書き終わりましたよ?」
「かしこって何?」
「え?かしこはかしこですけど?」
「恐れ入りました。かしこだけに。」
澪さんが深く頭を下げる。
「ぷっ。」
澪さんが私の顔を見上げる。
「一味違うね、
「いえ、結構です。」
「え~!何でよ!!書かせてよ!」
「結構です。私は自分で適量使いますので。」
「可愛くないなぁ!ほら!貸しなって!」
「いやです!!!」
揉み合いになる。
「あっ!!」
ケチャップは宙を舞い、お約束のごとく蓋も開いており、そのまま私のオムライスめがけて盛大にその中身を披露させた。
「……。」
私と澪さんの動きがそのまま止まり、尋常ではない量のケチャップを浴びたオムライスを注視する。
「わ、私のと交換しようか?」
「結構です。ケチャップは好きですので。」
何とも気まずい食事へと変化してしまった。
―――
夜。
私はいつもの時間にお風呂を済ませ、
「あと1分。」
ワクワクしながら配信を待つ。
『みんさん!こんばんは!』
澪が元気に挨拶をする。私はコメントではなくいつものスタンプを贈る。
『みんな挨拶ありがとう!今日はね、雑談ではなくてちょっとゲーム配信のテストをしようと思うの!』
え?ゲーム配信?
『多分みんな知っているゲーム、アックスだよ!』
ドクンと鼓動が一瞬高鳴る。
もしかして、本当にあの澪さんなのではないだろうか?でもちょっと声質が違う。
『それじゃ、始めていくね!』
ゲーム画面が起動し、視聴者がどんどん増えてゆく。
『予め言っておくと、私、このゲーム初なんだよね。』
≪問題ないです!≫
≪がんばれ!≫
≪視聴者参加ありですか?≫
たくさんのコメントが飛び交う。そんな中、澪がアックスをはじめて30分ほどしたあたりに違和感が出始めた。
≪下手くそかよ≫
≪何でそこで攻撃しねぇんだよ!≫
所謂アンチコメント。
≪澪は初心者なんだぞ!黙れアンチ共!≫
一人の視聴者がアンチコメントに反応してしまう。こういう場合、アンチコメントは無視が基本だ。なぜなら、アンチコメントの一部はこのように配信の進行を妨げたり、自分が中心になることを好むタイプが存在するからだ。
≪黙れよクズリスナーが!だったらお前の腕前はどうなんだよ?≫
澪はコメント無視でゲームを進行している。
≪配信者はゲームがクソで、リスナーもクソじゃ、どうしようもねぇ配信だな!つまんねぇww≫
≪わかるwwwくっそつまんねぇわこの配信www≫
悪意あるコメントが増えてゆく。私はどうすることもできない。擁護コメントをしてしまうと余計拡大していく。何もできない自分に悔しさが募り、配信を楽しむという感覚は完全になくなっていた。視聴者もどんどん減っていく。
ある程度ゲームも一段落したあたりで、澪が遂に口を開く。
『あの、コメント欄、本当にごめんね。不快だったら帰ってもらってもいいから。みんなも相手にしないで私のゲームを見てほしいな。』
≪見に来てやったのに感謝もできねぇのかよこいつww≫
≪澪が謝ってくれたのにふざけんなアンチ共!≫
配信は大荒れ。大体の人はアンチコメントを相手にしないという暗黙のルールを弁えているのでコメントをしない。そのせいでアンチコメントとそれを知らずに対抗する視聴者のコメントが目立つようになる。
『みんな、落ち着いて?ね?』
珍しく澪も動揺しているようだ。
≪配信者がまともにゲームできねぇのにやってんのが悪いんだろ!謝れw≫
攻撃はエスカレート。さすがにここまで執拗に攻撃する意図が分からない。きっとこの人はこのゲームがすごく好きで、自分のイメージ通りの動きをしない澪にイラつきを覚えているのだと思う。でも、ゲームはみんな最初は初心者なのではないだろうか?
『あはは。本当にごめんね。今日はこのゲーム、やめるね。不快な思いにさせてしまったみんな、本当にごめんなさい。』
澪が誠意を見せる。しかし、アンチはここでも引くことは無かった。
≪大変申し訳ございませんでしただろボケ≫
配信の支配権がアンチへと移りつつある。私はここで思い切ってコメントを打つ覚悟を決めた。
【澪さん、今日のオムライスはどうでした?】
あの澪さんへ向けてコメントを打つ。もちろん、日中会った時は否定された。でも、もし、もしも本当に同一人物だったらここで私がいることを澪さんに伝えたい。
『オム・・・ライス?』
動揺している澪はそのコメントに反応を示す。
『えへへ、美味しかった!』
その一言は、さっきまでの動揺を打ち消すようなほど元気なものだった。
≪逃げんな!!≫
アンチコメントは続き、そしてアンチの数も増えていく。
『みんな、今日は本当にごめんなさい。また後日、改めて別配信でこのお詫びはするね。今日は見に来てくれてありがとう!ゲームもうまくなれるようにがんばるね!それじゃ、お疲れ様!』
そう
私はベッドに横になり、天井を見上げる。
「やっぱり、澪って澪さんだったんだ。」
今日のあの一言が頭をよぎる。
「私、知らないうちに推しに出会っていたんだ。」
天井に差し伸べた手を見つめる。
「でも、声がちょっとリアルと違う気がする。ボイスチェンジャーでちょっと声質下げてるのかな?」
でも、澪は配信のコメントへの返しがとてもうまい。だから、本当はあの澪さんではないけど答えただけの可能性がある。
「今日も配信、楽しみにしてたのにな。」
いつも元気を貰う配信が、今日は不穏な空気となり、今後どうなっていくのか心配で何とも言えない複雑な気持ちになった夜だった。
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